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街は2時間土砂に襲われた~検証・熱海土石流~

7月3日に静岡県熱海市で起きた、大規模な土石流。
濁流が住宅地を飲み込み、被害が拡大していく様子を、住民たちはスマートフォンなどで捉えていた。
私たちは撮影された動画や画像、聞き取った証言、それに情報公開請求で入手した資料などを詳細に分析。土砂の波は、およそ2時間にわたって何度も住宅地を襲っていたことが明らかになった。あの日何が起きたのか、行政の避難の呼びかけは十分だったのか、徹底検証した。

(静岡放送局記者 武友優歩)

崩れ落ちた「盛り土」被害甚大に

7月3日、熱海市伊豆山地区を流れる逢初川の上流部に造成された「盛り土」が大きく崩れ落ち、甚大な被害をもたらした。

次の動画はその全体像を示したものだ。
崩れ落ちた土砂は川沿いに流れ下り、傾斜地に立ち並ぶ住宅地に襲いかかる。

濁流は沿岸部まで到達し、伊豆山港に大量の土砂が流れ込んだ。

土砂が流れ下った全長はおよそ2キロに及んだ。

記事を掲載した8月18日の時点で23人の死亡が確認され、依然として4人が行方不明となっている。

被害を受けた住宅は128棟にのぼり、およそ190人が避難を余儀なくされている。

住民が感じていた“異変”

この土石流は、いつ発生したのか。

時系列で検証していくと、少なくとも7月3日の早朝の時点で、複数の住民が異変を感じ取っていた。

7:30ごろ
午前7時半ごろ。
伊豆山地区の70代の男性が、図のAの地点で、道路に泥水があふれ出す様子を目撃していた。

この住宅地の地下にある水路を逢初川の水が流れていて、これがあふれたものだった。

道路に泥水があふれ出る様子
撮影した男性
「水は茶色く濁り、木の破片も含まれていました。石が流れるゴロゴロという音も聞こえ、異常だと感じました」
8:17
さらに、下流側にあるBの地点では、50代の女性が、あふれ出た泥水が道路を激しく流れ下る様子をカメラに収めていた。
道路を流れる泥水
撮影した女性
「これほど茶色く濁った水が、大量にすごい勢いで流れてくるのを見たのは初めてで、明らかにいつもとは違う様子でした」
この周辺では、70代の女性も、午前6時ごろの時点で「家の前の道に泥水が川のように流れてきた」と証言している。

複数の住民が目撃していた異変は、土石流の前兆現象だったとみられている。

何度も押し寄せた土石流

7月3日、消防には合わせて50件余りの通報が相次いでいたことが、情報公開請求で入手した通報記録からわかった。

その最初の通報は、午前10時28分だった。

10:28
通報記録
「地滑りで家が跡形もなく流されました。土砂で埋まっています」
通報があったのは、伊豆山地区の住宅地の中でいちばん山側のエリアだ。
同じエリアに住む30代の男性は、図のCの地点で、この通報とほぼ同時刻に土石流を目撃したと証言する。
山側エリアに住む男性
「午前10時27分、地震のような揺れがあって停電し、『バキバキ』という音がして、おかしいなと思って外を見たら大木が飛び出してきました。山から川に沿って土砂が流れてきて、目の前の家は一瞬で飲まれました」
山側から流れ出た土砂は、下流の住宅地へと流れ下っていった。

10:43
最初の通報から15分後には、山側のエリアから200メートル余り下流まで土砂が到達していた。
10:43に送信された画像
この画像は、土石流の被害に気付いた消防団員がDの地点で撮影し、午前10時43分に仲間にLINEで一斉送信したものだ。

消防団の詰め所付近の道路が土砂に覆われていた。

10:55
この付近では、午前10時55分に大規模な土石流が押し寄せていたことが、動画の撮影時刻から明らかになった。

このとき、図のEの地点で、20代の女性が1分間で2つの動画を撮影していた。
10:55撮影の動画(1本目)
1つめの動画では、道路の上に土砂が堆積している様子が確認できる。
10:55撮影の動画(2本目)
直後に撮影された2つめの動画では、この土砂に覆い被さるように大規模な波が押し寄せ、建物や電柱をなぎ倒していく様子が捉えられていた。
撮影した女性
「1つめの動画を撮り終えてから10秒以内に、大きな波が来ました。家が何軒も巻き込まれるのを見て震えが止まらなくなり、頭も真っ白になりました。自分の家にまで来るかもしれないと感じ、すぐに避難しました」
午前10時50分ごろから、この場所の付近で避難誘導にあたっていた消防団員の小松啓文さんは、この大規模な土砂の波を目撃していた。

その後も、上流から何度も土砂が押し寄せ、下流へと進んでいく様子を見ていたという。
小松啓文さん
小松啓文さん
「前の波で壊れた建物の上を、次の波がすごいスピードで流れて、そこより先の建物を壊していきました。1回の波ごとに、50メートルから100メートルぐらいずつ壊して、下流へと進んでいったように見えました」

“時間差”で発生した被害

何度も押し寄せた土砂の波は、一気に沿岸部へと到達したわけではなかった。
上の図で点線で囲んだ、東海道新幹線の線路の西側にある住宅地は、大きな被害に見舞われ、ここに自宅などがあった少なくとも6人の死亡が確認されている。

このエリアでは、最初に消防に通報が入ってから40分以上たったあとに、大規模な土石流が押し寄せていたことが、住民への取材で明らかになった。

11:15
次の動画は、午前11時15分に撮影されたものだ。

路上で立往生した白い車に向かって、がれきや土砂がゆっくりと流れ下り、車がなんとか動き出した直後、猛スピードの土石流が住宅などを一気に押し流す様子が捉えられていた。
11:15撮影の動画
動画を撮影した20代の女性は、上流部の様子がわからないまま、この時間帯に急に土砂が流れてきたと証言する。
撮影した女性
「部屋にいたのですが、母から『急いで上に逃げて』と言われて、急いで階段をあがって外を見たら、もう土砂が流れてきました。上流部でどんなことが起きているのかは全くわからない状態でした」
11:17
同じエリアでは、50代の女性も、午前11時17分に激しい濁流が住宅地を流れ下る様子を撮影していた。
11:17撮影の動画
なぜ、最初の通報から40分以上たったあとで、このエリアに大規模な土石流が押し寄せたのか。

現地での調査も行った、地質学が専門の静岡大学防災総合センターの北村晃寿教授は、この住宅地の上流側で、土砂やがれきが一時、せき止められたと分析している。
静岡大学防災総合センター 北村晃寿教授
「この住宅地に入る手前は、谷が狭まる地形になっていて、地形の影響で土砂の流れが停滞した可能性があります。さらに、この住宅地に向かう道路は道幅も狭くなっていて、上流側で倒壊した家屋がこの付近で詰まり、住宅地に流れ込む土砂を一時的にせき止めていた可能性もあって、複数の要因が重なったと考えられます」

約2時間 土砂は住宅地に押し寄せた

11:19
新幹線の線路西側の住宅地を襲った土砂の波は、高架下を通って東側にある沿岸部の地域まで流れ出た。
12:10前後
さらに、沿岸部を走る国道135号線上の図のFの地点で住民が撮影した複数の動画には、正午をすぎても土砂が押し寄せ続け、家がなぎ倒される様子が記録されていた。
12:10前後に撮影された動画
12:29
同じ国道上のGの地点で午後0時半前に撮影された画像からは、ようやく土砂の動きがおさまったことが確認できる。
12:29に撮影された画像
上流側で避難誘導をしていた消防団員の小松さんも、「昼すぎにかけて土石流の波を10回以上見た」と証言している。

最初の通報から計算すると、土石流は少なくともおよそ2時間にわたって、繰り返し伊豆山地区の住宅地を襲っていたことがわかった。

出されなかった「避難指示」

多くの犠牲者を出し、地域に大きな爪痕を残した土石流。

ここからは、当時の行政の対応について検証していく。
雨雲レーダー
気象台によると、熱海市周辺では、土石流発生の3日前の6月30日午後6時から雨が降り始め、強まったり弱まったりを繰り返しながら降水が続いた。

熱海市網代のアメダスでは、7月3日午前11時までの総雨量は389ミリで、平年の7月1か月の雨量の1.5倍以上となる記録的な大雨になっていた。

その一方で、1時間に30ミリ以上のいわゆる「激しい雨」は観測されず、長い時間降り続き、土の中に水分が蓄積される“長雨蓄積型”の降り方だった。

こうした中、熱海市がどのような対応を取ったのか、時系列で振り返る。
7月2日(土石流前日)

7:40
気象台が熱海市に1回目の連絡。土砂災害警戒情報の発表見通しを伝える
10:00
熱海市が警戒レベル3「高齢者等避難」を発表
12:29
気象台が熱海市に2回目の連絡。土砂災害警戒情報の発表予定を伝える
12:30
気象台と県が「土砂災害警戒情報」を発表
7月2日、熱海市は、気象台から土砂災害警戒情報の発表が近づいているという連絡を受け、午前10時に警戒レベル3の「高齢者等避難」を発表。

また、気象台と県は、午後0時半に、土砂災害の危険性が非常に高まっているとして、自治体が避難指示を発表する目安となる警戒レベル4の「土砂災害警戒情報」を発表していた。
7月3日(土石流発生日)


複数の住民から熱海市に異変を知らせる連絡が入る
9:04
気象台が熱海市に3回目の連絡。土砂災害に厳重な警戒が必要だと伝える
10:28
消防に最初の通報「家が跡形もなく流されました」
10:52
熱海市消防本部が防災無線で避難を呼びかけ
11:05
熱海市が警戒レベル5「緊急安全確保」を発表
今回の取材では、7月3日の朝、異変を感じた複数の住民から、市に連絡が寄せられていたこともわかった。

このうち、午前7時半ごろに、住宅地の道路に泥水があふれ出す様子を目撃していた70代の男性も、すぐに市役所に連絡をしたと証言している。

また、午前9時4分には、気象台が熱海市に再度電話をかけて、土砂災害の危険性が高い状況で、引き続き厳重な警戒が必要だと連絡している。

しかし、熱海市は「避難指示」を出さなかった。

午前10時28分に、被害の発生についての最初の通報が入る。

その後も、救助の要請の通報が入り続ける中、市が防災無線で初めて避難の呼びかけを行ったのは、午前10時52分だった。

市は午前11時5分、警戒レベル5の「緊急安全確保」を出したが、この時点で最初の通報から37分がたっていた。

防災無線も危機感伝わらず

土石流の発生を受けて行われた、防災無線での避難の呼びかけはどのようなものだったのか。

市への情報公開請求で、その内容が明らかになった。
防災無線
「消防署からお知らせします。ただいまのサイレンは、伊豆山小杉造園付近で土石流が発生しました。付近の危険な場所にいる方は避難してください」
山側のエリアに位置する「小杉造園」
防災無線で伝えられた「小杉造園」は、伊豆山地区でも山側のエリアに位置する。

実際に防災無線を聞いた住民に取材すると、「自分には関係のないことだと感じてしまった」という声が少なくなかった。

午前10時52分の放送が録音された動画を、住民から提供してもらい確認したところ、通常の放送と同じような声の調子で呼びかけが行われていて、危機感を持ちづらいように感じた。

また、防災無線での呼びかけは、午前11時5分に「緊急安全確保」が出された後も、同じ内容の放送が繰り返されていた。
被災者アンケート
市は取材に対し、「緊急安全確保」の発表について、緊急速報用のメールなどで伝えたとしている。

これについて、NHKが被災者を対象に行ったアンケートでは、回答した60人のうちの85%が、当時「緊急安全確保」が出されていたことを認識していなかった。

また、56%の人が、市の避難の呼びかけの対応は不十分だったと回答した。

現地での調査も行った、災害時の避難に詳しい山口大学大学院の山本晴彦教授は、今回の熱海市の対応には改善すべき点があったと指摘する。
山口大学大学院 山本晴彦教授
「熱海市の伊豆山地区は土石流が堆積したところに街がつくられていて、土砂災害の警戒区域にも指定されていました。こうした特徴を考えても、熱海市は気象台から『土砂災害警戒情報』が出された時点で『避難指示』を出すべきだったと考えます」

「市の防災ガイドブックでは、土石流の前兆現象として『渓流の水が急に濁り、流木がまざる』『岩の流れる音がする』などと例示しています。こうした現象の連絡が市民から寄せられたことを、避難の呼びかけに生かすことができていればと思いました」

「防災無線では『とにかく逃げて』ということを前面に押し出して呼びかけるべきでした。今回の土石流は狭い谷の地形で起きたので高さがありましたが、浸食した幅は80メートルほどで狭かったため、住民に話を聞くと、1、2軒隣に逃げて助かったという人もいました。もっと緊迫感をもった呼びかけが必要だったと思います」
今回の避難の呼びかけは適切だったのか。

熱海市の斉藤栄市長に見解をただすと、一連の対応を検証する考えを示した。
熱海市 斉藤栄市長
「今回の判断が100%正しかったと申し上げているわけではありません。きちんと庁内でも検証する必要があると思います。ほかの自治体にとっても、避難指示をどのタイミングで出すのかは、多くの首長が悩むところではありますので、そこに対する一つの糧というか経験になればと考えています」

地域の災害リスクを避難行動に

今回の取材では、行政の対応に課題があったことが浮かび上がってきたが、現地で取材を続けていて気になった点もあった。

多くの住民が「ここは災害が起きないところだと思っていた」と話していたことだ。

NHKが被災者に行ったアンケートでも、今回の災害の前に土石流による被害の危険性を「認識していなかった」と答えた人が88%を占め、その理由として「過去に被害を受けたことがなかった」という回答が最も多くなった。

ハザードマップなどで災害のリスクを事前に認識していれば、住民どうしの声かけなどの対応も、違っていたのかもしれない。

一方で、今回の災害は、川の上流部に造成された「盛り土」が被害を拡大させる要因になったとみられ、人災としての側面も指摘されている。

熱海市は、「盛り土」が造成された当時に届け出を受けていて、土砂の搬入を把握していた。

その後も、流出の危険性があるとして業者に対策を求めるなど、繰り返し協議をしていたことが明らかになっている。

現地で話を聞かせていただいた犠牲者の遺族や被災者の無念さを思うと、遅くとも7月3日の朝に、住民が“異変”を感じ、相次いで市に連絡した段階で、より強い避難の呼びかけができなかっただろうかと思わざるをえない。

8月に入り、日本各地で大雨や土砂災害の被害が多発している。

同じような災害で命を失う人を減らせるように、これからも取材を続けていきたい。
静岡放送局 記者
武友 優歩
平成31年入局
事件・司法取材担当
熱海市の土石流被害では発生当初から現地で取材

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