自宅療養中の夫が救急搬送されて気付いたこと

自宅療養中の夫が救急搬送されて気付いたこと
「生きた心地がしませんでした。正直、運がよかっただけで、死という最悪の事態と紙一重のところにいたと思います」。

新型コロナウイルスに感染し、自宅療養中に容体が急変した30代の夫。救急車を呼びましたが、到着から3時間半、受け入れ先の病院が見つかりませんでした。その時の心境を語った妻のことばです。

こうしたことが誰にでも起こりうる現実を知ってほしい。大切な人や自分の命を守るために、感染した人の家族、そして、医師からのメッセージです。

(ネットワーク報道部記者 高杉北斗 秋元宏美 柳澤あゆみ)

まさかの感染 続く高熱

夫が発熱したのは、今月5日夜のことでした。

夫婦は都内で2人暮らし。

熱を測ると38度6分の高熱でした。

翌日、かかりつけの医師に勧められてPCR検査を受け、その後、新型コロナウイルスに感染していたことがわかりました。

夫は39歳。

システムエンジニアで勤め先は都内ですが、感染経路に通勤以外のはっきりとした心当たりはなく、職場でも初めての感染だったといいます。

保健所から軽症と判断されて自宅療養を始めましたが、38度を超える高熱にうなされ続けました。

ゼリー飲料以外はほとんど口にすることができませんでした。

「私にしてあげられることは氷枕の交換ぐらいでした。夫は基礎疾患もなく、これまでインフルエンザにかかったときでもあまり高熱も出ず、『人生でいちばんつらい』と話していました」

急変は突然だった

容体が急変したのは、今月11日。

発熱から7日目のことです。

それまで全くせきをしなかった夫が昼ごろからせきこみ始め、たんに血が混じるようになりました。

自宅のパルスオキシメーターで血液中の酸素の値を測ると昼前は95%。
ところが、2時間後には酸素の投与が必要な「中等症2」の目安となる93%まで低下。

さらに、夕方には88%まで一気に下がり、慌てて救急車を呼びました。
その時、電話口で「顔色は悪くないか」「唇は紫色になっていないか」「意識ははっきりしているか」など聞かれましたが、目立った変化には気付かなかったといいます。
「息苦しそうなゼエゼエする感じでもないんですよね。高い熱でもうろうとしているだけだったので、血液中の酸素の状態をみていなかったら、異変には気付けなかったかもしれません」

救急車は来たものの

救急車が到着後、隊員が受け入れ先の医療機関を探し始めましたが、なかなか見つからない様子でした。
「救急隊員の方が都内の受け入れ先の病院に何度も何度も同じ説明をしているのが聞こえてきました。『39歳男性、パルスオキシメーターの数値が88で…』と。電話をかけるたびに私は『決まってくれ』と願ったのですが何度も断られて、『ああだめだったか…』と」
「夫は起き上がるのもつらそうで、私は『頑張って探してくれてるから大丈夫だよ』と声をかけました。それでも救急隊員の方が『都内の病院、ひととおり電話したね』と話しているのを聞いた時、夫は『だめかな』とこぼしていました」
妻は、当時の状況をSNSに投稿していました。
「コロナ本当にやばい。東京まじで病床あいてないからみんな気をつけてね…。いま、救急隊員の方が電話しまくり調べまくりですでに3時間経過です」
「搬送先が見つからないというニュースは見ていましたが、これが現実だと知り、怖くなりました。本当に死んじゃうかもしれない。でも自分は何もできない。病院が決まらないとどうにもならないというのも本当に苦しかったです」
その後、都内で入院先が見つかりました。

救急車が到着してから3時間半後のことでした。

夫はその後、入院先の医療機関で「中等症2」と診断され、酸素の投与などを受けて、今は回復に向かっているということです。

感染が急拡大する中、誰もがこうした状況に陥るおそれがあると感じ、自分の経験が役に立つならと取材に応じてくれました。

「あと少し遅ければ大事な人が亡くなっていたかもしれない。新型コロナは怖いんだと改めて知りました。生きた心地がしませんでした。正直、運がよかっただけで、死という最悪の事態と紙一重のところにいたと思います。そして、何よりも飲み物も飲まず、トイレにも行かず、何とか病院を決めたいとずっと電話してくださった救急隊員の方には頭が下がります」

“予想以上に地獄”

自宅療養をする人が2万人を超えた東京都。

自宅療養者の往診をしている医師は悲劇が起こり始めている、この切迫感や危機感を知ってほしいとSNSに投稿しています。
「本当に酸素飽和度90%切っても入院先見つからない。救急車呼んでも、3時間探して搬送先見つからないから在宅医療でお願いって返ってくる。でも明日まで酸素とステロイドで粘っても、明日は明日で新たに重症化する人がいる。入院できるかはタイミング次第。予想はしていたけど、予想以上に地獄」

限界に近い状態

投稿したのは、首都圏を中心に合わせて18の在宅医療クリニックを運営する医療法人の理事長、佐々木淳医師です。

投稿した今月11日、都の医師会の委託を受けて自宅療養者の往診を始めました。

保健所からの依頼で1日15件ほどの往診にあたっているといいます。
ふだんの在宅医療では末期のがん患者や認知症のお年寄りなどが多くを占めますが、新型コロナの自宅療養者は、40代を中心に20代や30代といった働き盛りの若い世代が大半。

このうち、およそ7割が「中等症」以上で、本来なら入院が必要な状態だといいます。

中には、血液中の酸素の値が85%と「中等症」にあたり、酸素の投与が必要な状態になりながらも救急搬送先が見つからず、さらなる自宅での療養を余儀なくされている人もいるといいます。
こうした人には、在宅で酸素の吸入やステロイド剤を投与して、重症化のリスクを抑える処置をしています。

自宅で入院を待つしかない療養者が相次ぐ今の状況は、限界に近いといいます。
佐々木淳医師
「在宅ではこれ以上の治療はできません。悪化した時、必ず入院できる保証もありません。救急隊が運べなければその時は諦めてもらうしかないということも無くは無い、と患者さんに説明しなくてはいけないんです。病院に連れて行けば絶対に救命できるとわかっている人を、助けられないかもしれないし、覚悟しておいてくださいと言わないといけない。東京でこんなことは医者になって23年で初めてのことです」

酸素が足りない

さらに深刻なのは、自宅療養者の急増で在宅のまま酸素吸入を行う「酸素濃縮装置」が確保しづらくなっていることだといいます。
「今後、酸素が一時的に供給できなくなる可能性もあると思っています。救急車で病院に行きたいけど行けない、さらに家で酸素が吸えないとなったら、どうすることもできない。僕らは今、付け焼き刃ですが、酸素ボンベをかき集めています」

さらに増える!?自宅療養者

そして、自宅療養者の数は今後さらに増えると想定していると話しました。
「これから加速度的に増えていくと思っています。今の感染者数を考えるとピークは今から2~3週間後。増え続けたら地獄の度合いが増していく。都内で自宅療養中に亡くなる人も増えていくと思います」

どうしたら自分事として…

佐々木医師が目の当たりにしている状況は多くの人の目には届きにくく、どうしたらこの危機感をもっと共有してもらるのか、考えることも多いといいます。
「日本は救急車を呼べばすぐに来て病院に運んでくれて何とかしてくれる、最高の医療を受けられるというこれまでの常識と、潤沢な医療サービスが提供されるという前提が崩れている。こんな医療になるなんて想像していなかったと思います」
「一見すると、平和に見える東京で悲惨な状況が起きているという違和感。救急車は走ってる、病院はそこにあるし壊れていない。でも治療ができない。どうやったらもっと気付いてもらえるんだろうか。自分事として考えてもらえるんだろうかと思っています」
「これは大災害だという認識を持たないとダメだと思います。目には見えないけど、実はひそかに大災害が進行していて、いざ自分が被災者になった時に初めて医療崩壊の悲惨さを知るということなんだと思います」

もし自宅療養になったら

では、万が一感染して自宅療養になった時に備えて、どんなことをすればよいのでしょうか。
「なるべく体調のいいうちに、必要な食事と水分を確保してほしいです。特に1人暮らしの人は具合が悪いと買い物に行けないですし、ネットスーパーなどでもいいですが、実際発症するとそこまでする元気がないという人もいます。自宅療養者向けに自治体には食料品の支援をするところもありますが、カップラーメンなど病人にとっては食べにくいものもあるので、自分が食べやすいものを確保しておくことが大事です。そして、スポーツ飲料を用意してもいい」
「あとは、孤立しないことが大切です。連絡が取れる友人がいるということがとても重要です。また、かかりつけの医師が新型コロナに対応しているか確認した方がいいと思います」

自分と大切な人を守る行動を

取材の最後に佐々木医師に伝えたいことを聞くと、次のように答えてくれました。
佐々木淳医師
「自分の命は自分で守る、今はそれを考えなくてはいけない時期に来ています。そして、ひとりひとりがコミュニティーの一員で、当事者だと知ってほしい。あなたが知らないうちに大切な人に感染させてしまって重症化しても入院先が見つからず自宅で亡くなってしまったら。感染は人から人に伝わっていく。もし、どこかで誰かがその感染をストップさせていたら。そんな後悔はしたくないと思います。災害の規模を決めるのは、ひとりひとりの行動。医療現場でできるのは最後の最後のお手伝いなんです」