村から女性がいなくなる そのわけは?

村から女性がいなくなる そのわけは?
「若い女性がいなくなる村」があると聞き、ベトナム・ハノイから車を走らせること2時間ほど。

到着した村には、見渡すかぎりの田んぼが広がっていました。

しかし、そこで目にしたのは、明らかにほかとは違う豪邸。

しかも、1軒だけではありません。

この村ではいったい何が起きているのでしょうか。

(ハノイ支局長 道下航)

豪邸が建つ村 そのわけは…

記者が訪ねたのはベトナム北部の村です。

村を歩くと、田んぼの中に、周りの家とは明らかに違う、大きな家が建っていました。

しかも、1軒ではなくあちらこちらに。

いったい、どういう人たちが住んでいるのだろうか?

そのうちの1軒を訪ね、話を聞かせてもらいました。

「うちがお金持ち?娘の仕送りで建てたんだよ」

詳しく事情を聴くと、この家では、娘が海外の男性のところに嫁ぎ、娘の仕送りで、この豪邸を建てたのだといいます。

「うちだけでなくこの村の大きな家は、いずれも娘たちからの仕送りで建てられたものです。サポートしてくれる娘が誇らしいです」

つまり、この村で豪邸が目立つのは、女性たちが海外の男性のところに嫁いで仕送りをしてくれるから。

さらにこの村では多くの女性たちが海外で嫁ぐため、村から若い女性がいなくなるとまで言われるようになったとのことでした。

その嫁ぎ先を尋ねてみるとー。

「韓国です。ベトナムではいま、若い女性に韓国が人気ですから」

ベトナムではここ数年、韓国のドラマや音楽が大ブームで、近年、韓国人の男性と結婚するベトナム人の女性は増加傾向にあるといいます。
韓国統計庁のデータでは、おととし、韓国人の男性と結婚したのは6700人余りにのぼっていました。

去年までの6年間、韓国人との国際結婚で最も多かった相手はベトナム人女性でした。

ちなみに、新型コロナの感染が拡大した去年も、韓国では、ベトナムの女性3100人余りが韓国人男性と結婚していました。

海外からの移動制限があるにもかかわらずです。

韓国では、地方に住む多くの女性たちが都会に移り住み、男性は結婚相手を海外に求めるケースが増えているといいます。

ベトナム人女性と韓国人男性を結び付けているのは

では、一体どのようにして韓国人男性と出会い、結婚しているのでしょうか?

取材を進めると、ベトナム人の女性に韓国人男性を紹介するブローカーが存在することがわかってきました。

ブローカーの1人に話を聞くことができました。

ベトナムでは、結婚のあっせんビジネスは違法とされていて、こうしたブローカーのほとんどが違法です。

一方、韓国では少子化対策として国際結婚を奨励してきた自治体もあります。

韓国女性家族省の調査では、ベトナム人と結婚する韓国人男性が仲介業者に支払う金額は日本円で平均およそ130万円というデータもあります。

ブローカーはベトナム各地で「セレクションイベント」と呼ばれる催しを開いて、韓国人男性に女性をあっせん。

数人の男性に対して、数十人の女性が集められることもあるといいます。
話を聞いたブローカーによると、コロナ禍で往来が制限される中でも、ビデオチャットなどを使って、違法なあっせんビジネスが続けられていました。

それどころか、ブローカーたちは、コロナ禍で仕事を失った女性たちの心理につけこみ、わずか数分で結婚を決断するよう迫るケースも少なくないといいます。
「コロナ禍で仕事を失った女性は、結婚相手に選ばれたいという気持ちが強くなっている。紹介した相手と結婚するかは、基本的には即日で決断してもらっているが、希望すれば2日間与えている」

相次ぐトラブル

こうした中、韓国に渡って結婚したベトナム人女性がトラブルにあうケースが相次いでいます。

実際に韓国人の男性と結婚したベトナム人女性が話を聞かせてくれました。

女性は、ベトナム北部の小さな村の出身。

梱包工場で、日本円にして月におよそ2万5000円の収入を得て、家族とともに質素な暮らしを送っていたそうです。
その一方で、大好きな韓国映画を通じて触れる韓国の暮らしや文化を見ていると、よりよい生活への憧れと、家族にも仕送りができるようになりたいという思いを募らせたといいます。

そこで4年前、地元のレストランで開かれた韓国人の男性と出会うイベントに参加。

参加した男性の1人が、彼女を結婚相手として選び、翌日には婚約しました。

女性は、韓国に渡る前の6か月間、語学学校に通い、憧れの韓国での新婚生活を思い描いていました。

夢の新婚生活のはずが

しかし、新婚生活は女性が想像していたものとは、全く異なりました。

会社に勤める夫は、仕事に忙しく気遣ってもらえませんでした。

一緒に暮らす夫の両親は農家で、昼間は両親と農作業にあたりました。

思うように意思疎通ができないので、夫や両親に韓国語を学びたいと訴えたといいます。

でも夫は「そのうち先生が教えてくれるから」と言うだけ。

夫の両親も、なぜか韓国語を学ぶことを許してくれませんでした。

それだけでなく、夫の母親は、彼女が外出したり、ほかの人と話したりすることさえ、認めてくれませんでした。

ことばもわからず、外出することも禁じられ、農作業をする以外は家にこもる日々。

そんな毎日が続いたため、結婚から半年近くがたったある日、彼女は夫たちに、スマートフォンの翻訳機能を使って、ベトナムに帰らせてほしいと伝えました。

しかし、返ってきたことばは思いもよらないものでした。

「子どもを産んだら家を出て行っていい」

女性は怖くなって、ベトナムにいる弟に航空券を買うように頼み、逃げるようにベトナムへ帰国したといいます。
「お互いのことや、韓国のこと、そして韓国語を知らなかったことが、結婚生活がうまくいかなかった原因だったと思っています。少しでも暮らしぶりをよくしたい、そう思って結婚しましたが、もっと慎重に考えなければいけないと思っています」

相次ぐトラブル 暴行、殺人事件まで

こうしたトラブルは相次いでいて、ベトナムだけでなく、韓国でも社会問題になっているといいます。

2年前には、韓国人の夫が子どもの前でベトナム人の妻に暴行を加える動画がインターネット上で出回り、双方の国で波紋を呼びました。

韓国では、ベトナム人の女性が夫に殺害されるという事件まで起きています。

また、韓国統計庁によりますと、近年、韓国人の男性とベトナム人の女性の夫婦およそ1500組が毎年離婚していて、必ずしも、お互いが望んだような結婚生活に至っていない実情が浮き彫りになっています。

こうした状況の中、国際結婚でトラブルにあった女性たちの支援を始めたベトナムの団体は、違法なブローカーを取り締まる必要があるとしています。
「後を絶たないブローカーの存在が、こうした結婚を過熱させています。ベトナムでは結婚のあっせんビジネスは違法ですが、罰金よりも、あっせんによる報酬のほうが大きいため、抑止できていない実態があります。取締まりの厳格化が必要なのです」
(ベトナム女性連合/ダオ・ティ・ビ・フオンさん)

背景にあるベトナム国内の経済格差

それでも多くのベトナム人女性が韓国人の男性との結婚を目指す背景には、ベトナム国内の経済事情があると、支援団体などは指摘しています。

韓国を目指す女性の多くが地方の出身。

コロナ禍でもプラス成長を維持するベトナムですが、恩恵を受けているのは、最大都市ホーチミンや首都ハノイに限られています。

一方で、地方には主だった産業はなく、月収が都市部の半分に満たない貧しい地域も多いのが実情です。

このため、少しでも暮らしぶりをよくし、家族に仕送りをしたいと考え、韓国人との結婚を望む女性が多くいるというのです。

支援団体の担当者も次のように指摘しています。
「ベトナムの女性も、韓国のことばを学ぶことに加え、時間をかけて相手の男性のことを知り、結婚を決めるべきです。そのうえで『健全な結婚』と言えるのか判断できるよう、当事者の女性だけでなく、家族などにも正しい知識と理解を啓発していくことも必要です」
(ベトナム女性連合/ダオ・ティ・ビ・フオンさん)

続く共生に向けた模索

ベトナムでは、韓国での結婚生活を断念し、帰国することになった女性やその子どもたちを支援する事務所が、各地に相次いで開設され、支援が広がっています。

また、韓国でも、外国人配偶者を支える制度が整備され、外国人配偶者が、韓国語や生活習慣を学ぶ教室、母国語で相談ができる窓口も設けられ、共生に向けた模索が続けられています。

経済発展を続けるベトナムですが、その発展から取り残された人たちが、今も、海外を目指しています。

こうした人たちが直面する現実を、引き続き取材していきます。
ハノイ支局長
道下 航
2009年入局
仙台局、国際部を経て
2019年から現職