“自業自得ではないんです” 悪質商法と闘う71歳 執念の法改正

“自業自得ではないんです” 悪質商法と闘う71歳 執念の法改正
豊田商事事件や安愚楽牧場事件、ジャパンライフなど、長年、日本の詐欺事件で繰り返し用いられてきた「オーナー商法」。高い配当をうたい、高額な物品を買わせることで多くの人々の人生を狂わせてきました。

6月、その負の歴史を塗り替える画期的な法改正が行われました。オーナー商法を初めて、原則禁止と定めたのです。

この法改正の陰の立て役者と言われているのが、弁護士でも政治家でもない、71歳の民間人です。
(政経・国際番組部ディレクター 水野景太)

半世紀近く悪質商法と闘い続ける71歳

民間の消費者団体「悪徳商法被害者対策委員会」会長、堺次夫さん。71歳。

アルバイトや講演などで生計を立てながら50年近く、さまざまな悪質商法の被害者の相談にのるなどの活動を続けてきました。

被害者から寄せられた手紙の数は少なくとも6000通を超え、数えきれないほどになっています。
この日、訪ねたのは、東北地方で建設会社を営む男性とその従業員の女性。2人とも悪質商法の被害者です。男性の被害額は約7000万円、女性は約1700万円と言います。

2人は知り合いの男に勧められ、3年前まで高額な磁気治療器に出資していました。ジャパンライフによるオーナー商法です。
その手口です。ジャパンライフは磁気治療器への出資者を募ります。

そして、ジャパンライフが、これを第三者に貸し出します。

出資者はそのレンタル料で年率6%もの高額な配当金を受け取れるというものです。

しかし、磁気治療器が実際に貸し出されることはほとんどなく、7000人の出資者が金をだまし取られていました。

政治家との結び付きをPR 弱い心につけ込むオーナー商法

ジャパンライフが勧誘に使っていたパンフレットには、多額のカネを受け取った官僚OBや大手マスコミOBなどが顧問として名を連ねていました。

オーナー商法に関わる法律を所管する、消費者庁の元官僚の名前もありました。
さらに、勧誘セミナーでの資料に、安倍晋三前首相主催の「桜を見る会」に山口隆祥元会長が招待されたことを示す招待状が使用されていたと言います。
被害者の男性
「安倍さんの桜を見る会の招待状をスライドでデカデカと見せましたからね。それを信用せざるをえないですよね。日本の国のトップを信用しなかったら日本国民じゃない」
被害者の女性
「大臣がいるということになると、まあこれは絶対大丈夫だなって」
男性は自分が亡くなった後も、子どもたちに配当金が渡ればみんな幸せになれると思って出資しました。

一方、女性は老後、子どもたちに金銭的な負担をかけたくないと、60代まで働いて蓄えた唯一の財産を出資しました。

女性は、被害のことはまだ子どもたちに話せていないと言います。
堺さん
「世の中の人は、自業自得なんだということをおっしゃるんだけどもね、そうではないということです。人間誰しもが持つ心の弱さというのがあるんです。そこにつけ込むやつが一番悪いんです。だます方が悪いんですよ、これは。だます人間はそれこそ放逐しなきゃいけない」

原点は“だまされた経験”と“一通の遺書”

堺さんの活動の原点は、かつての苦い経験です。18歳で岡山から上京し、働きながら夜間大学に通っていました。

そんな時、化粧品を購入し販売することで大もうけできるという悪質商法の被害に遭いました。
堺さん
「数人の成功者と称する人間が壇上に立って、自分はこういう経験をした。惨めな生活からこんなすばらしい生活に変わったというのを繰り返すんですが、『ああ、自分の探してたものはこれだ』と思い込んでしまうんですね。若かったし、いろいろやりたいという気持ちもあって」
数十万円をだましとられた堺さんは、被害者を集め、悪質商法との闘いを始めました。

活動を続ける中で、堺さんの心に深く刻まれるある事件が起きます。
1975年9月。17歳の高校生が堺さんと同様の手口でだまされた末、自ら命を絶ったのです。

堺さんが大切にしてきた、高校生が残した遺書の写し。そこには、借金を返せず追い詰められた若者の悲痛な思いがつづられています。
「八方手を尽くしたがもう遅かりし。もう俺には金を作ることはできず死をもってお詫びしたく。こんなことをしでかしてのうのうとよう生きていられん。お父ちゃん、裏切って悪かった」
堺さん
「大変ショッキングな事件でしてね。人生棒に振るといいますか、命まで失うこともある。これは本当に何とかしなければと強く思ったわけです」

因縁の相手 ジャパンライフ創業者・山口隆祥被告との闘い

堺さんが長年、悪質商法と闘う中で力を入れて取り組んできたのが「オーナー商法」の撲滅です。

豊田商事事件で用いられた貴金属のオーナー商法。安愚楽牧場事件で問題になった和牛を使ったオーナー商法。堺さんは、被害の実態を訴えるなどして対峙(たいじ)してきました。

そして、貴金属や和牛を使ったオーナー商法は、いずれも規制の対象となりました。

しかし国は、「オーナー商法」という手法そのものを規制することはありませんでした。特定のビジネスへの規制は健全な経済活動を妨げるおそれがあると考えていたのです。
ジャパンライフを創業した山口隆祥被告。堺さんにとって、長年闘ってきた因縁の相手でした。

1975年、当時健康食品などの会社を経営していた山口被告は参考人として国会に招致されました。うそのもうけ話でだまされたという声が殺到していたのです。

この時、被害者の思いを代弁するために対峙したのが、消費者団体を作って2年目だった堺さんでした。
堺参考人(当時25歳)
『多額のお金を投資した方々が皆さん泣いております。まだまだいまあらわれている被害者は氷山の一角です』※国会会議録より

山口参考人(当時33歳)
『私は道徳的にもこれは絶対だと思っています。(商売として)いいものだと思っております。(被害者支援を行っている)堺さんのところのお世話になる必要もないと思うんです』※国会会議録より
その翌年、山口被告の会社は銀行から取引停止処分を受け、倒産。自身も、詐欺罪で告訴されました。

そのおよそ10年後。山口被告が新たに創業したジャパンライフに対して再び、だまされたという声が殺到します。

山口被告はこの頃すでに、政治家との結び付きを前面に出しPRしていたと言います。

国会に呼ばれた堺さんは政治家の責任を問い、自らの信念を訴えました。
堺参考人
『数多くの政治家の方々がジャパンライフの大会に出席して祝辞を述べられるということがジャパンライフのPRに一役買ったことは間違いございません。これは決して好ましいことではない。政治は最高の道徳でなければならない』※国会会議録より
しかし、規制強化を訴える堺さんの声は届きませんでした。

ジャパンライフの営業はその後も30年以上にわたって続き被害が拡大していきました。
2020年、ついに山口被告が詐欺罪で逮捕。オーナー商法のずさんな実態が改めて浮き彫りになりました。

そして今年4月、国会でオーナー商法そのものを原則禁止とする法律の改正案の審議がようやくスタート。

オーナー商法の撲滅という堺さんの長年の悲願が実現に向けて動き出したのです。

成人年齢引き下げで若者被害拡大に懸念

5月。国会審議が続く中、堺さんは永岡桂子議員を訪ねました。

永岡議員は、今回の法改正の質疑が行われる衆議院の委員会で委員長を務めています。

堺さんは、オーナー商法の原則禁止に加えてもう一つ、訴えたいことがありました。

コロナ禍で経済的に困窮する若者が増える中、若者の消費者被害が拡大することへの懸念です。
堺さん
「若者が特に今でさえ大学のキャンパス内で広がっていて被害が増えていると、最近もっとまん延しまして、それが高校生の中にも広がる可能性があります」
これまで、20歳未満で親の同意なく契約をした場合、原則として契約を取り消すことができるとされてきました。

しかし、来年4月以降は成人年齢の引き下げによって18歳でその権利が失われることになります。

そこで、堺さんは、若者を守るための対策を打ち出すために、国会で議論してほしいと永岡議員に伝えました。
永岡議員
「成年年齢が下がるというのは本当に大きな問題で、これをしっかりやらなきゃいけない」
堺さん
「対策をいろいろと考えてもらっているようですが、もうなにせ(来年の)4月ですから時間が限られておりますので」

若者の夢につけ込む悪質商法

今、悪質商法は、言葉巧みに若者の心に忍び寄っています。

20代の男性。勧誘してきたのはアルバイト先の友人の紹介で知り合った男でした。

“渋谷のタワマンに住み、頻繁に海外に行く”など、ぜいたくな暮らしぶりを匂わせていたと言います。
男が購入を勧めたのがAIを搭載しているという為替予測のシステム。為替の変動を高確率で的中させる、しかも、知識や時間がなくても簡単に投資ができると説明を受けたと言います。

旅行好きで、もともと投資に興味があった男性は、このシステムを使って、投資でお金を稼ぎながら世界各国を旅行する夢をかなえたいと考えるようになりました。

男性は50万円の借金をして商品を購入。為替予測システムに従い30万円ほど投資しましたが、全額を失いました。合わせて80万円の借金。

いま、懸命に働いて返そうとしていますが、収入が乏しく返済は進んでいません。
男性
「うまい話はないなっていう。やっぱり自分が努力して自分で考えながら勉強したりとかしないと実際にその夢っていうのはかなわないのかなって」
堺さん
「やっぱり現実の社会の経験がないもんだから、若者にはわかんないですよね。どのように近づいてくるかも分からないし」

「オーナー商法」原則禁止の悲願かなう一方で…

6月9日。堺さんが長年、実現を目指してきた悲願。オーナー商法の原則禁止がついに法律に明記されました。

一方、若者の被害を防ぐ具体的な対策は盛り込まれず、附帯決議の中で若者への消費者教育に言及するにとどまりました。
7月、堺さんの姿は霞が関にありました。訪ねたのは、消費者庁。今回の法改正の実務担当者です。

堺さんは、この法改正で終わるのではなく、附帯決議の内容を実践するよう改めて求めました。

堺さんを突き動かすのは、活動の原点となった17歳の高校生の自殺。

「あの悲劇を繰り返してはならない」

事件から50年近くたった今こそ、ピリオドを打つべき時だという信念です。
堺さん
「まあ大変に道が遠い。どこまでいっても道半ばという感じがしますけどね。でもいつかは必ず報われることがあると思ってますよ。やっぱり悪が一時的に栄えるとしてもずっと継続的に栄えることはないと思いますので、できるだけのことを、ほんの少しでもいいからやっていきたい。この闘いは続けていきたいと思います」
人生をかけて蓄えてきた財産を奪い取られるということ、そして、信じていたものに裏切られてだまされるということは、経済的にも精神的にも極めて大きな傷を負うということを、被害者の方々のお話を聞く中で痛感しました。

今回、一つの規制が整いましたが、悪質商法は手を変え品を変え巧妙に私たちの弱い心につけ込もうとしてきます。私も堺さんのように粘り強く取材を継続し、警鐘を鳴らし続けていきたいと思います。
政経・国際番組部
ディレクター
水野景太
平成27年入局
福岡局を経て
政経・国際番組部へ
悪質商法について
入局時から取材