長崎原爆の日 原爆さく裂の午前11時2分 長崎市内各地で黙とう

長崎に原爆が投下されて9日で76年、長崎市内では原爆がさく裂した午前11時2分にあわせて人々が黙とうをささげていました。

長崎市の平和公園の中にある爆心地では、原爆がさく裂した午前11時2分にあわせて訪れた人たちが黙とうし、犠牲者に祈りをささげました。

このうち、妻の両親が被爆者だという長崎市の51歳の男性は「平和への意識が年々、希薄になっている気がします。平和の大切さをかみしめながら祈りをささげました。子どもたちにもこの日に何があったのか伝えていきたいと思います」と話していました。

曽祖母が被爆者だという30歳の男性は「曽祖母が生きていたころは原爆の恐ろしさについてよく話を聞きました。平和の尊さについて勉強して未来に語り継いでいきたいと思います」と話していました。

福岡県から家族で訪れた48歳の男性は「去年に続きこの日に長崎を訪れました。世界中が平和になり、核もこの世からなくなってほしいと祈りました」と話していました。

路面電車でも

市内を走る路面電車の中でも乗客が祈りをささげました。

午前11時2分が近づくと平和公園の近くを走る路面電車の車内では「黙とうのため停車します」というアナウンスが流れ電車は一旦止まりました。

窓の外からサイレンが聞こえると乗客が静かに祈りをささげていました。

長崎市の被爆3世の女性は「きょうは原爆のことを改めて思い出す日にしたい。長崎以外では原爆を知らない若い人が増えているので、語り継いでいきたい」と話していました。

また、長崎県長与町に住む女性は「亡くなられた方を思って安らかに眠って欲しいという気持ちで祈った」と話していました。

繁華街では

市内の繁華街でも、午前11時2分にあわせて足をとめて祈りをささげる人たちの姿がみられました。

このうち、4歳の子どもと訪れていた長崎市の30代の女性は「祖母が被爆者で後遺症で今でも苦しんでいる姿を見ていて、2度と同じ被害が起きないようにと願いをこめて黙とうをしました。いまは新型コロナで原爆資料館に行けませんが、祖母の体験を話すなど息子にも原爆の記憶を継承していきたいと思います」と話していました。

観光名所の「眼鏡橋」でも

長崎を代表する観光名所として知られる江戸時代に建てられた石橋、眼鏡橋でも、市民や観光客が黙とうをささげ、犠牲者を追悼しました。

このうち、5歳の息子とともに黙とうした長崎市の40歳の女性は「息子には、たくさんの人が長崎で亡くなった日であることを伝えました。2度と戦争が起きないように、平和な世の中で子どもたちが生きていけるようにと祈りました」と話していました。

また福岡県から来た観光客の女性は「黙とうのサイレンの音が実際に使われることのない平和な世の中であってほしい」と話していました。