長崎に原爆投下 きょうで76年 “最後の被爆地に”式典で発信へ

長崎に原爆が投下されて9日で76年です。新型コロナウイルスの影響で被爆者の記憶を伝える活動が難しくなる中、長崎は原爆の日に合わせて犠牲者に祈りをささげ、核兵器のない世界の実現に向けて「長崎を最後の被爆地に」という訴えを発信します。

長崎原爆の日の平和祈念式典は台風の影響が一時懸念されましたが、9日は予定どおり午前10時45分から長崎市の平和公園で行われ、被爆者や遺族、菅総理大臣のほか、およそ60か国の代表らが参列します。

感染防止対策から式典は2年連続で規模が縮小され、参列者は例年の1割のおよそ500人になる見通しです。

式典では、この1年に亡くなった被爆者など3202人の名前が書き加えられた18万9163人の原爆死没者名簿が納められます。

そして原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうをささげます。

ことし1月には核兵器の開発や製造、使用などを禁じる核兵器禁止条約が発効しましたが、核保有国や日本など核の傘のもとにある国は参加していません。

長崎市の田上市長は式典で、日本政府に核兵器禁止条約に参加し、核兵器のない世界の実現に向けてリーダーシップを発揮するよう求めることにしています。

また、広島のいわゆる「黒い雨」の裁判をめぐり政府が上告せずに原告を被爆者と認定したことを受けて、長崎では被爆者としての認定を求めて裁判を続けている「被爆体験者」と呼ばれる人々の救済を政府に働きかける動きが活発になっています。

式典のあとは長崎の被爆者団体が菅総理大臣と面会し、「被爆体験者」の救済を要望する予定です。

感染拡大で長崎を訪れる修学旅行生や外国人は減り、被爆者が悲惨な体験を伝える活動は難しくなっていて、10日からは原爆資料館の一時閉鎖が決まるなど、被爆者の記憶を伝える活動は難しくなっています。

それだけに被爆地・長崎は9日の原爆の日に合わせて犠牲者に祈りをささげ、二度と誰にも被爆体験をさせてはならないという意味を込め、「長崎を最後の被爆地に」という訴えを国内外に発信します。

早朝から 祈る人たちの姿

長崎市の爆心地を訪れた福岡県の69歳男性は「すさまじいことが起こり、多くの人が亡くなったことを決して忘れてはいけないと、年に1回、この日は必ずここに来るようにしています。核がある世界を次世代に残してしまった大人の責任を思いながら手をあわせました」と話していました。

長崎市の平和公園を訪れた市内に住む82歳男性は「私自身は被爆していないので実際に被害を受けたわけではないが、毎年8月9日は当時の悲惨な原爆の被害を思い起こさせる。きょうは世界の恒久平和を思いながら手を合わせたい」と話していました。