ベラルーシ選手が帰国を拒否して亡命 なぜ? 何が起きたの?

東京オリンピックに出場していたベラルーシ代表の1人の選手が急きょ離日。

しかし向かった先は母国ではなく、西の隣国ポーランドでした。帰国を拒否して亡命したのです。

国を代表してオリンピックに出場した選手にいったい何が起きたのか?

担当記者に聞きました。

(国際部・塚越靖一)

Q 亡命したのはどんな選手?

陸上女子のベラルーシ代表、クリスチナ・チマノウスカヤ選手(24)です。

ユースの世界選手権などで結果を残し、今回オリンピックの代表に初めて選ばれました。

7月30日に陸上女子100メートル予選に出場。

その後、今月2日には200メートルにも出場する予定でした。

Q 選手に何が起きたの?

チマノウスカヤ選手がメディアに語ったところによりますと、今月1日、陸上チームの監督や代表者から急に「あなたを帰国させるという決定が下された」と言われ、急ぎ荷物をまとめるよう指示されたということです。

これについてベラルーシのオリンピック委員会は、チマノウスカヤ選手の感情面や心理的な状態が原因だという医師の判断に基づき、チームから外して帰国させることを決めたと主張しています。

Q 発端は何だったの?

きっかけは突然の出場種目の追加でした。

チマノウスカヤ選手によりますと、事前のドーピング検査を受けずに出場できなくなった他の選手に代わって、自分には経験がない1600メートルリレーに出場するよう一方的に決められたというのです。

選手は、自身のインスタグラムで不満をあらわにしています。

「監督などは、事前に私の体の状態を知ろうとしたり、400メートルを走る準備ができているか尋ねたりすることもありませんでした。上に立つ人たちはアスリートに敬意を払い、時には意見を聞く必要があります」(7月30日)。

これが監督などの怒りを買ったというのです。

Q 帰国するはずが、なぜ亡命という決断に?

帰国後の身の安全を心配したためです。

チマノウスカヤ選手は、帰国に向けて羽田空港に向かう途中、電話で話した祖母から「安全ではないので戻らないで。精神病院か刑務所に入れられるかもしれない」と伝えられ、亡命を決意したということです。

1日夜、空港までチームスタッフに連れて行かれたところでチマノウスカヤ選手は帰国を拒否し、近くにいた警察官などに保護を求めたのです。

Q ベラルーシはどんな国なの?

ベラルーシは30年前、旧ソビエトの崩壊に伴い独立しました。

27年間にわたって国を率いるルカシェンコ大統領はメディアへの統制を強め、反政権派を徹底的に弾圧。

欧米からは「ヨーロッパ最後の独裁者」と批判されています。

ことし5月には、国際線の旅客機をベラルーシに強制的に着陸させ、乗っていた反政権派のジャーナリストを拘束する暴挙にも出ました。

Q チマノウスカヤ選手の急な帰国決定には政権側の関与があるの?

はっきりしたことは分かっていません。

ただチマノウスカヤ選手によりますと、監督から「帰国をめぐる問題は、競技団体やスポーツ省よりも上のレベルの扱いになっている」と伝えられたということです。

またベラルーシの政治評論家やジャーナリストは地元メディアに対して「この国では上司への抵抗や批判は権力への挑戦とみなされる」と指摘したうえで、選手が急な帰国を指示された背景には、ルカシェンコ大統領の判断があったという見方を示しています。

Q チマノウスカヤ選手が亡命先にポーランドを選んだのはなぜ?

ポーランドは、ベラルーシのルカシェンコ政権の弾圧から逃れる反政権派の人たちが集まり、情報を発信する場にもなっています。

ポーランド政府は、こうした人たちを積極的に支援する姿勢を示し、チマノウスカヤ選手に対しても人道的な配慮からビザを緊急で発給し、亡命を受け入れたのです。

チマノウスカヤ選手は都内のポーランド大使館に身を寄せたあと、4日に成田空港をたちました。

Q IOC(国際オリンピック委員会)はどんな対応を?

IOCは、ベラルーシの陸上チームの監督など2人がチマノウスカヤ選手に帰国を求めていたことを確認し、6日、大会参加に必要なIDカードを剥奪したことを明らかにしました。

実はベラルーシオリンピック委員会の会長は、ことし2月までルカシェンコ大統領自身が務めていたのですが、IOCは、スポーツ選手を政治的な差別から守っていないとして、東京オリンピックには参加させない処分を出しています。

今回の事態を受けて欧米各国などはルカシェンコ政権の対応を非難していて、このうちアメリカのブリンケン国務長官は「表現の自由を行使しただけなのに、ルカシェンコ政権は帰国を強制しようとした。オリンピックの精神に反し、基本的な人権をないがしろにするもので容認できない」と述べています。

Q 選手の今後は?

チマノウスカヤ選手は、ポーランドで今後もアスリートとして活動していく決意を示しています。

5日の記者会見では「スポーツ上の問題が政治的なスキャンダルになり驚いている。私は母国を愛している。生まれ育った国を離れるつもりなど決してなかった」などと複雑な心境を語っています。

そして会見の最後には「I JUST WANT TO RUN(私はただ走りたい)」と書かれたTシャツを掲げていました。

独裁的な国々が、国威発揚の手段として利用してきたオリンピックですが、東京大会でも改めてその現実が浮き彫りとなりました。

成田空港で飛行機に乗り込む直前、チマノウスカヤ選手が浮かべたかすかな笑顔。

その裏に、夢の舞台から、そして愛する祖国からも離れることになった悲しみを感じました。

今なおアスリートが政治に振り回されるオリンピックとは。

1人の選手の亡命が問いかけています。