オリンピック レスリング男子フリースタイル 高橋が敗退

東京オリンピック、レスリング男子フリースタイル57キロ級の高橋侑希選手が2回戦でカザフスタンの選手に敗れ、敗者復活戦にまわることができなかったため、敗退が決まりました。

男子フリースタイル57キロ級の高橋選手は1回戦でセルビアのステバン アンドリア・ミチッチ選手と対戦し、相手のタックルを堅い守備で防ぎつつ、素早く背後をとってポイントを重ねるなどして7対0で勝ちました。

2回戦はカザフスタンのヌリスラム・サナエフ選手と対戦しました。

高橋選手は序盤、相手の隙をつく素早いタックルから背後を取って2ポイントを奪いました。

2対0とリードして迎えた後半、高橋選手はタックルで倒されるなどして立て続けにポイントを奪われ、2対4と逆転されましたが、終盤、相手への警告によるポイントを取って追いつきました。

そのまま試合は4対4で並んで終了しましたが、カザフスタンの選手が1つの攻撃で2ポイントを獲得する技を2回決めたため、ビッグポイントと呼ばれる「得点価値の高さ」でカザフスタンの選手の勝ちとなりました。

高橋選手は敗者復活戦にまわることができず、敗退が決まりました。

高橋侑希がオリンピックで伝えたいこと

母校の山梨学院大学のコーチを務める高橋侑希選手は、このオリンピックで後輩たちに伝えたいことがありました。

「努力が必ず報われるとは思っていない。でも努力をすることでチャンスは広がるし、必ずむだにはならないから諦めずに続けてほしい」

高橋選手はみずからの姿勢でこのことばを証明し続けてきました。オリンピック出場を決めた経緯も同様です。もともと東京大会の代表選考で重要なアジア予選の57キロ級代表は別の選手で、高橋選手のオリンピック出場の可能性は非常に厳しいものでした。

しかし高橋選手は努力をやめず、大学のコーチを務めながら自分の練習量は落とさずに「いつでも試合ができる状態」を維持し続けました。そうしていると、アジア予選の計量で代表選手が失格するというまさかの事態が起こり、高橋選手がほんのわずかだったチャンスをつかんで、オリンピック代表となったのです。

「僕が諦めたら後輩の士気も下がる。僕の背中を見て1つの希望にしてくれればいい」

後輩たちに自分のレスリングを伝えていきたい。そう思って取り組むことがみずからの成長にもつながっていきました。3年ほど前、高橋選手は「もっと自分からタックルに行かないといけない」とたびたび口にし「自分から攻めるレスリング」にこだわっていました。

しかし、後輩の指導に力を入れて大学院でも指導方法を学ぶうち、みずからのレスリングも客観視できるようになりました。

「攻めても負けてしまっては意味が無い。もっと戦術の面で戦っていかなくては」

もともとの強みであったスタミナとパワーを生かしてじわじわプレッシャーをかけ、相手がタックルに来たところでカウンターを取るスタイルに変わりました。

その持ち味は今大会も発揮され、初戦は完全に圧力で上回って完勝。2回戦は敗れたものの、終了直前まで攻め続けてどちらに転ぶかわからない試合展開となり、諦めない姿勢を貫きました。

「本当に苦しい道のりを一つ一つはいあがって、やっとの思いでつかんだ舞台だった。夢は途切れてしまったかと今実感して本当に…。悔しい、きついです」

高橋選手は泣き崩れ、最後はことばになりませんでした。オリンピックにかけてきた思いの強さが感じられました。

可能性があるかぎり、誰よりも努力を続け、前に進んできた高橋選手。その姿は、次の世代を担うレスラーたちの胸に大切なものを残したに違いありません。