オリンピック水球 志水祐介“最後の花道”

東京オリンピック、水球男子の日本は、2日の予選リーグ最終戦で南アフリカに勝ち、1984年のロサンゼルス大会以来、37年ぶりの勝利を挙げました。この試合を最後に代表引退を決めていたベテランの涙は、オリンピックでの勝利を求めて歩んできた、ここまでの険しい道のりを物語っていました。

チーム最年長の志水祐介選手、32歳。20歳で代表入りして以来、10年以上にわたり世界の舞台で戦い続け、リオデジャネイロ大会ではキャプテンとして32年ぶりのオリンピック出場の原動力となりました。

しかし、リオデジャネイロ大会で攻撃の中心に構えるセンターフォワードの志水選手は海外の強豪相手にシュートを打たせてもらえず、わずか1得点。
チームも5戦全敗に終わりました。

ほろ苦い初めての大舞台となりましたが「メダルを取りたい思いが新たに芽生えた」と、次なる目標に向け気持ちを切り替えた志水選手。帰国後は水球大国、ハンガリーのクラブチームに移籍するなど、レベルアップに向け励んでいたやさき、大きな試練に見舞われます。

2017年の秋、帰国して出場していた国内大会で、利き腕の左肩の筋肉を断裂。全治はなんと1年、選手生命すら危ぶまれる大けがでした。

「僕にとって左肩は宝物だった。大事にしなくてはいけないものを壊してしまって、僕そのものを失った。もう戻れないかもしれない」

手術を経てリハビリを始めましたが、日常生活すらままならず引退も考えました。
それでも、周囲の応援に支えられ、もう一度、東京大会の舞台に立つことを決意「オリンピックで活躍する姿を見せることがお返しになる」と最高の状態で出場することだけを考え、リハビリを続けてきました。

大会を控えた去年3月中旬、リハビリに同行した時には、歯を食いしばりながら痛みが消えない肩を鍛えていた志水選手「あと少し」だからこそ、頑張ることができたといいます。

しかし、大会はまさかの1年延期、志水選手は「頭が真っ白になり、前向きには考えることができない」と、すぐには立ち直れないほどのショックを受けたといいます。それでもコロナ禍だからこそ「周囲を元気づけるプレーがしたい」と自身を奮い立たせました。

大会まで半年に迫った、ことし1月、今度は強豪国、セルビアのチームに移籍、今、自分ができる最大限の準備を考え実行してきました。

そして迎えた集大成の大会。
若手が成長し、控えに回る時間が多かった志水選手ですが、ゴール前では体格でまさる屈強な相手に何度も体をぶつけ、味方のシュートにつなげました。

さらに、そびえ立つ海外勢の高い壁に立ち向かい、ファウルを誘っては相手を退場に追い込み、日本に有利な状況を作った志水選手。その姿は点取り屋だったかつてとは違いましたが、チームを引っ張る真のエースと呼べるものでした。

今大会、出場する機会は多くはありませんでしたが、2日の試合では、最後の花道を作るかのように、味方が志水選手にボールを集め、ともに歩んできた左腕から3得点をあげました。
「地獄だった」という東京大会までの5年間。

いばらの道で何度もはい上がり、必死に前を向き続けたベテランは、代表最後の試合と決めていた2日の一戦で悲願の1勝をつかみ、キャップを置きました。

中学生で夢みた「オリンピック出場」、それを2度もかなえた競技人生を、志水選手は次のように振り返りました。

「9割が苦しいこと、つらいことばかりの人生、でも幸せな選手生活だった。オリンピックを目指した昔の自分に『間違いじゃないよ』と教えてあげたいし、自分をほめたい」。