新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットに熱視線

新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットに熱視線
アメリカのある農家が、みずからの広大な畑を利用して1900万円を手にできることになりました。農作物の販売で?
いえ、違います。二酸化炭素の削減に取り組み、その「削減量」を売ったのです。こうした「削減量」の売買の仕組み。「炭素クレジット」と呼ばれ、いま、民間どうしの取り引きが活発化しています。かつてアメリカでは、金の採掘に人々が殺到する“ゴールドラッシュ”が起きましたが、炭素クレジットをめぐる状況は、新たな“ゴールドラッシュ”とさえ呼ばれています。(国際部記者 梶原佐里)

新たなゴールドラッシュ?!

炭素クレジットが大きな収入につながったのは、アメリカ中西部オハイオ州の農家、リック・クリフトンさん。

およそ1200ヘクタールの広大な畑で、秋に大豆を収穫したあと、畑を使わない春までの間、収穫用ではないライ麦などを植えています。

もともとは土壌の改善のために始めましたが、より多くの二酸化炭素を土の中にとどめ、大気中の二酸化炭素の削減につながる効果があるとして、その「削減量」を売れることを知りました。
業者による調査を経て契約したところ、得られる金額は、5年間で17万5000ドル(1900万円あまり)に上ったということです。

クリフトンさんは、「土に養分を与えられ、炭素の貯蔵もできる。その取り組みによる“削減量”に誰かがお金を出したいというなら、取り組まない理由はないですね」と話します。

アメリカでは、環境政策を重視するバイデン政権のもと、炭素クレジットが“新たなゴールドラッシュ”とも表現され、農家などの期待を集めています。

なぜ市場が急拡大?

このように、炭素クレジットとは、森林や畑などでの取り組みで削減した二酸化炭素の量を、「クレジット」として発行し、企業などが買えるようにする仕組みです。
市場規模はここ数年で拡大し、2020年に世界で発行された炭素クレジットは、二酸化炭素2億2300万トン分。
5年間で3.8倍に増えました。
誰が、なぜ、買うのでしょうか?

よく聞くようになった温室効果ガスの排出量の“実質ゼロ”がポイントです。

気候変動対策の国際的な機運の高まりで、特に大手企業には、社会や投資家から厳しい目が向けられています。
企業が排出量をゼロにすることがどうしても難しい場合、クレジットを購入することで、その分を“削減したこと”にできるといいます。

排出量の実質ゼロを目指す企業が増えていることで、クレジットの需要が伸びているのです。

現在は1トンあたり平均5ドルほどで取り引きされていますが、2030年までに、価格が最大10倍ほどになるとも予測されています。

巨大IT企業がけん引 その狙いは

この分野に積極的に取り組み、注目されているのが、IT大手のマイクロソフト。

みずからの排出削減の取り組みとともに、炭素クレジットも活用し、2030年に排出量を“実質マイナス”にする目標を掲げています。

単にクレジットの買い手となるだけでなく、大気中から二酸化炭素を直接回収する設備を手がけるスイスの企業へ出資したほか、森林の管理や農業ビジネスを手がける企業と相次いで提携しています。

クレジットを“生み出す側”にも多額の資金を投じているのです。
なぜこうした事業に資金を振り向けるのか。

同社のカーボン・プログラム・マネージャー、エリザベス・ウィルモット氏がインタビューに応じました。

ウィルモット氏は、企業や家庭が排出を削減するだけでは不十分で、大気中からも二酸化炭素を減らしていく必要があり、炭素クレジットはそのためのツールだと説明します。
エリザベス・ウィルモット氏
「二酸化炭素を取り除く技術の開発は重要ですが、大きなコストがかかります。資金力のある企業がまず動いて、まだ規模の小さい炭素クレジット市場を健全に成長させなければなりません」
「炭素クレジットには課題もありますが、市場が完全なものになるまで、10年待つつもりはありません。最近のアメリカ西海岸の熱波でも見られたように、“気候危機”は緊急性が高く、いま取り組みを始める必要があるのです」
さらに会社は、衛星写真をAI=人工知能で解析する自社の技術を森林の管理に生かしてもらうなど、自社ビジネスの拡大にもつなげています。

この点についてウィルモット氏は、環境対策が会社のDNAの一部になっていると説明したうえで、「気候変動に強い経済社会を目指しながら、ビジネスも発展させる機会だと捉えています」と話していました。

日本企業も一歩踏み出す

日本の企業の中にも、炭素クレジットの事業に乗り出す動きが出始めています。

石油元売り最大手のENEOSホールディングスは、環境関連の企業に相次いで出資していて、このうちことし3月には、森林を管理するシステムを手がけるスタートアップ企業に出資しました。

そのスタートアップ企業が持つノウハウを生かして、茨城県日立市にあるグループ会社の遊休林で、クレジットを生むための調査を行っています。
調査では、100ヘクタールの山林をドローンで撮影して木の種類などを調べるほか、リュックサック型の機材を背負って森林を歩き、立体的に幹の太さや木の量を把握します。
データを解析することで、森林がより多くの二酸化炭素を吸収するために、どのエリアをどう手入れすべきか、効率的に割り出せるということです。
事業を担当する大間知孝博さんは、「エネルギーの供給会社として完全に排出をなくすのは難しく、最後は炭素クレジットが必要になります。そうした状況の中で、先端技術を使って自然を後世に残す取り組みに資金がまわるようにしたいと考えていて、まずは1つ実績をつくることを目指しています」と話していました。

炭素クレジットの課題とは

炭素クレジットには課題もあります。

削減量をどう適正に評価するかに加えて、過去には、企業が新興国で行った植林プロジェクトが、地元の住民たちと土地利用をめぐるトラブルになった例もあります。

課題の解決に向けて、共通の基準づくりのための国際的な議論が進んでいて、ことし秋に開かれる気候変動対策の国際会議、COP26で方向性が示される見通しです。

日本でも2030年から50年にかけて、排出量の実質ゼロを掲げる企業が増えています。

この分野に詳しい、みずほリサーチ&テクノロジーズの内藤秀治さんは、炭素クレジット市場の拡大に、日本企業が積極的に関わる重要性を指摘します。
内藤秀治さん
「目標達成のために単にクレジットを買うだけでなく、創出する側にもなることが望ましいと思います。海外がまず先行していますが、二酸化炭素の回収などは関連する技術を持つ日本企業も多いので技術を普及させていくチャンスがあります」

前向きな資金循環につなげよう

もちろん、企業には徹底した自社による排出削減の努力が求められ、最初から、クレジット購入による“相殺頼み”では本末転倒になりかねません。

一方、炭素クレジット市場が健全に大きくなっていけば、大気中から二酸化炭素を回収する取り組みなどに資金が循環し、さらなる技術開発につながるといったことも期待できます。

“新たなゴールドラッシュ”が一過性のブームではなく、定着していくのか、しっかり見ていきたいと思います。
国際部記者
梶原佐里
平成22年入局
大阪局・
経済部などを経て
2020年から現所属