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“卒業まではいたかったな…” 給付型奨学金制度にすくわれず

“給付型奨学金”。

それを知ったのは高校3年のときです。

1人で育ててくれたお母さんに負担をかけずに大学に行けると思いました。

この制度を利用して去年4月、大学に入学しましたが、その半年後、奨学金の給付額と授業料の減免額が減りました。

年度末までなら、払いきれなくなった授業料もなんとか払える、当時はそう思っていました。
ことし春、郵便局に向かった彼女は大学に学生証を返送しました。

「未練はありません」

気丈に語る彼女はふと漏らしました。

「卒業までは大学にいたかったな」

(青森放送局記者 吉元明訓)

“大学進学のすすめ”

カナさん
20歳のカナさん(仮名)は、母親と姉の3人で青森県内で暮らしています。

高校に入学した4年前には、大学に進学することはまったく考えていなかったといいます。

家族の中には大学を卒業した人はおらず、何より高校を卒業したら就職して家計を助けたいと思っていたためでした。

その考えを変えるきっかけになったのは高校1年生のときの担任の先生のアドバイスでした。

「就職するのはもったいないくらいの学力だ」

そう言って大学への進学を勧められました。
高校のころ
家計が苦しかったため、入学金や授業料などを払えるか不安だと相談すると、先生は「学費の安い大学もあるし、奨学金を借りることもできる」と応じました。

カナさんは少しずつ大学に行くことを考え始めます。

支援を受けて大学へ

3年生になると、カナさんは大学への進学を決意します。

将来は地域のにぎわい創出に携わる仕事をしたいと考えていて、さまざまな地域貢献について学べる国公立大学が青森県内にあることがわかったのです。

さらに大学を卒業して就職すれば、高卒で就職するよりも初任給が高くなることも知ります。

そして大学を目指す決め手になったのは、新たな奨学金制度が始まることを、高校が開いた説明会で知ったことでした。
この“給付型奨学金”制度は経済的な理由で大学などへの進学を諦める人たちを減らすことを目的としています。

所得の少ない世帯の学生を対象に授業料や入学金を減免し、将来、返済する必要のない奨学金を給付します。

これまでの奨学金は、返済が必要となる“貸与型”が主流でした。

しかし、利用者の中には多額の返済に追われ、奨学金を返すことが難しくなる人も増えていたことなどから、負担の軽減に向けてこうした制度が導入されたのです。

新たな制度となる令和2年度からは、対象が大きく広がり、学費の減免も始まります。

カナさんは大学入試に合格すれば、入学当初から新たな制度を利用できることになっていたのです。
それでも…。

カナさんは母親に“大学に行きたい”と伝えられませんでした。

家計の状況が厳しく、反対されるのではないかと思っていたためです。

入試が半年ほどに迫った夏のある日、意を決したカナさんは母親に大学への進学を望んでいることを打ち明けます。

予想もしていなかったことを聞いて、母親は混乱した様子で反対したといいます。

カナさんが考えている以上に家計は苦しいと言うのです。

だけど…。

大学で地域を活性化するすべを学びたい。

将来返す必要のない給付型の奨学金制度も利用できる。

カナさんは解きほぐすように説明をしていきました。

母親もその熱意を見て、カナさんの大学進学を認めてくれました。
カナさん
「もしお金を借りる貸与型の奨学金だけしかなかったら大学には行っていなかったかもしれません」
大学進学を決めたからかどうか、いまだに聞けていませんが、母親はこのころから、これまでの仕事に加えて別の職場でも働き始めました。

コロナ禍での入学

入学試験に見事合格したカナさんは去年の春、進学を希望していた青森県内の国公立大学に入学します。

そのころは新型コロナの感染が全国で拡大し始めていて、入学式は開かれませんでした。

大学生になった実感はなかなか湧きません。

そんな中で授業が始まりました。
大学の教科書
カナさん
「授業は高校のときより専門的でおもしろかったし、県外出身の学生と友達になるのも楽しかったです」
学費や通学のための交通費、そして食費の足しにしようとアルバイトも始めました。

週に2日から3日ほどシフト勤務に入って勉強と両立させていました。

なぜ…? 突然の負担増に…

後期の授業が始まりしばらくたった去年10月、カナさんは奨学金が振り込まれる銀行口座の通帳を見ていて異変に気づきます。

毎月2万円の奨学金が半分に減っていたのです。
カナさん
「これで学費などをやりくりするのは、結構厳しいなと思いました」
通知書
母親に確認すると奨学金の給付額などを決める“区分”が下がったことを知らせる通知が届いていました。

区分は1から3まで3段階あり、保護者の収入などをもとに決められます。
入学当初の4月から9月の半年間については、2年前の収入などが基準となり、カナさんの場合は2番目に給付額が多い2となっていました。

ところが、10月から次の年の9月までの区分が、前の年の夏ごろから母親が別の職場でも働くようになって収入が増えたことを反映し、最も給付額が少ない3に引き下げられてしまったのです。
授業料の減免額もこの区分に基づいて減り、カナさんの負担は半年間だけで10万円以上増えてしまいました。

コロナ禍の支援も届かず…

カナさんは、後期の授業にあわせて支払わなければならない半年分の授業料を工面できなくなってしまいました。

年度末までなら“なんとかなる”と考え、コロナ禍で導入された支援制度を利用して支払期限を延期しました。
延納通知
ただ、このころ青森県内では新型コロナの感染拡大が続き、カナさんはバイトを増やして収入を増やすことができませんでした。

さらに母親の勤務シフトも少なくなったことで収入が減ってしまいました。

新型コロナの影響を受ける学生を支援する国の支援策もありました。

最大で20万円を支給するというものでしたが、1人暮らしをしているなどの条件に当てはまらず利用できませんでした。

1年間だけの大学生活

状況がよくならないまま迎えた年度末の3月。

このころには“大学をやめることになるかもしれない”と覚悟を決め始めていました。

大学からは将来、返済が必要な“貸与型”の奨学金も案内されましたが、借金になると考えて利用しませんでした。
カナさん
「家族が苦しんでいるのに自分だけ大学に行って、無理して奨学金を借りてまで学ぶのはおかしい話だなと思った」
3月も終わるころ、新年度から始まる2年生の講義についての説明会がキャンパスで開かれました。

もう大学をやめる覚悟をしていたカナさんでしたが、説明会には出席しました。

2年生になっても通い続ける可能性があるんじゃないかと、どこかで思っていたのかもしれない。

カナさんはそんな風にこの時の心境を振り返ります。

3月31日。

期限までに授業料を支払うことができず、残された選択肢は退学しかありませんでした。

必要な手続きは郵便局で学生証を大学に送るだけ。

入学式はなく、やめるときは大学に行くことすらない。

実感を伴わない、大学生だけど大学生じゃないような1年間に終止符を打ちました。

苦境訴える声 全国で相次ぐ

“給付型奨学金”の支援の手ではすくえなかったカナさん。

こうしたケースは全国でも相次いでいると見られます。

労働団体や福祉団体などからなる全国的な組織、労働者福祉中央協議会には、この制度が実態にあっていないと苦境を訴える学生などの声が全国から寄せられています。
「前年や前々年の収入で給付額などを判断されても実態とはかけ離れている」

「家計が苦しいから保護者が共働きしているのに、今度は収入で条件から外れてしまう。この制度には矛盾しか感じられません」
新型コロナの影響があった去年は、こうした悩みが前の年の2倍近く、112件に上ったといいます。
国の調査によりますと、“給付型奨学金”の新たな制度が始まった昨年度、大学などを退学した学生は5万8000人近くで、前の年度に比べて約2割減っています。

一方、このうちカナさんのように「経済的困窮」によって退学した学生の割合は16%余りで、制度導入にもかかわらず、依然として多くの学生が経済的な理由で退学している実態が浮き彫りになっています。

専門家 “支援制度の拡充を”

こうした学生たちに支援を届けるにはどうしたらいいのか。

奨学金の制度に詳しい中京大学の大内裕和教授に聞くと、まずこの制度についてこう指摘しました。
中京大学 大内裕和教授
奨学金の制度に詳しい中京大学の大内裕和教授
「昨年度から始まったこの制度は、支援する対象も支援の額も不十分だった。できる限り多くの学生が支援を受けられる制度にしないと、対象のはざまで困っているのに救われないということが起きてしまう」
そして、次のような制度の大幅な拡充が求められていると訴えました。
1 対象を選ばず、すべての学生に届く支援を。

2 すべての学生が難しければ、収入の基準を引き下げてより多くの学生が利用できるようにする。

3 コロナ禍という緊急事態に際しては、学費を卒業後に払うといった大胆な延納を実施する。

“卒業まではいたかったな”

カナさんの半年間の授業料は退学した時点で支払う必要はなくなりました。

いまは週5日ほどアルバイトをしていて、職場の人間関係もよく、充実した日々を過ごしているといいます。

でも、1年で大学をやめざるをえなくなり、思い残すことはないのだろうか。

私は少しためらいながらカナさんに聞いてみました。

すると…。
カナさん
「未練はないといったらあれですけど、そういうことだったんだなって」
そう答えるカナさんの表情を見て、最後の最後まで退学するかどうか悩んでいたのではないかと思った私はさらに問いかけました。

「経済的な問題がなければ、まだ大学に通っていたと思いますか?」

カナさんはつぶやくようにこう漏らしました。
「せっかく大学に入ったので、卒業まではいたかったなって思ったりもします」

取材を終えて

「経済的な理由で、この春、大学をやめた女性がいる」

別の取材をしていた際にそう聞いた私には、すぐに疑問が浮かびました。

「昨年度からそうした学生に向けた新たな支援制度ができたのではなかったのか?」

私は大学進学のために貸与型の奨学金制度を利用したことがあり、この制度のことを知った時には、卒業後に奨学金の返済に悩むこともない、いい制度だと思っていました。

なのになぜ、退学にまで至ってしまったのか。

ぜひ話を聞きたいと思った私はさまざまな取材をへて、カナさんにたどりつきました。
決して楽しい話題ではない、つらい思いをさせないだろうか。

心苦しく思いながらも話を聞くと、カナさんは1つ1つ丁寧に答えてくれました。

“大学は義務教育ではない”

“大学進学は結局、自分への投資ではないか”

“奨学金を借りても、将来働いて返せばいい”

経済的に困窮する学生への支援をめぐってはこうした意見も確かにあります。

一方でこの“給付型奨学金制度”の基本的な考え方を示した方針にはこう書かれています。

「経済状況が困難な家庭の子どもほど大学などへの進学率が低い」

「最終学歴によって平均賃金に歴然とした差がある」

「しっかりとした進路への意識や進学意欲があれば、家庭の経済状況にかかわらず大学や専門学校などへ進学できるチャンスを確保するべきだ」

大学で学びたいのに、学べなかったカナさん。

コロナ禍でいっそう厳しい状況に置かれる学生たちをどう支えていくのかと問いかけているように感じました。
青森放送局記者
吉元明訓
平成24年入局
初任地の熊本局で熊本地震や火山を取材
三沢支局を経て、現在は青森局で教育や労働、経済などを担当

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