オリンピック 競泳女子400mメドレーリレー 日本は8位

東京オリンピック、競泳の女子400メートルメドレーリレーの決勝で、日本は8位でした。

女子400メートルメドレーリレーは、4人が4つの泳法で100メートルずつ泳ぎます。

日本は決勝を、背泳ぎで泳ぐ第1泳者が小西杏奈選手、平泳ぎで泳ぐ第2泳者が渡部香生子選手、バタフライで泳ぐ第3泳者が池江璃花子選手、自由形で泳ぐ第4泳者が五十嵐千尋選手の、予選と同じメンバーで臨みました。

レースは、第1泳者の小西選手が最初の50メートルは出遅れたものの、後半にスパートをかけて6番手で第2泳者の渡部選手につなぎ、このあと順位は8番手に下がりました。

第3泳者の池江選手が大きな泳ぎを見せましたが順位は変わらず、第4泳者の五十嵐選手につなぎそのまま8位でフィニッシュしました。

タイムは3分58秒12でした。

金メダルはオーストラリア、銀メダルはアメリカ、銅メダルはカナダでした。

4人の談話

背泳ぎを泳いだ第1泳者の小西杏奈選手は「たくさんの人に応援してもらう中でこのメンバーで泳げることや日本チームで戦えることに感謝しながら、最後のメドレーリレーを泳いだ」と話していました。

平泳ぎを泳いだ第2泳者の渡部香生子選手は「オリンピックの決勝で最高のメンバーでリレーを泳ぐことができて本当に幸せでした」と話していました。

バタフライを泳いだ第3泳者の池江璃花子選手は「この5年間本当にいろいろなことがあり、一度は諦めかけた東京オリンピックだったが、リレーメンバーとして決勝の舞台で泳ぐことができてすごく幸せ」と話していました。

自由形を泳いだ第4泳者の五十嵐千尋選手は「決勝に残れただけでも幸せなことだし、最後はみんな笑顔や涙もあり、いい形で終わることができた」と話していました。

池江璃花子 2回目の大舞台

病を乗り越えて出場した2回目の大舞台。世界の頂点を目指して再び歩みを進める21歳は、全力で泳ぐことができる喜びにあふれていました。

3日前、7月29日の夜、池江選手にうれしい知らせが届きました。
今大会、3種目めの出場となる女子400メートルメドレーリレーでバタフライを任されることが決まったのです。

「バタフライを泳ぎたくてうずうずしていた」

うれしそうに話した表情からは水泳を全力で楽しんでいる思いがあふれていました。「試合は楽しいだけではダメ」と勝負へのこだわりが強い池江選手ですが、水泳を愛する気持ちを忘れたことはありません。

白血病と診断される前、タイムを更新し続ける池江選手に水泳の何がいちばん好きなのか尋ねたことがありました。
彼女は少し考えたのち、「もちろん自己ベストや結果が出たらいちばんうれしいんですけど」と前置きしてこう続けました。

「泳いでいることが好きなんだと思います」

3人きょうだいの末っ子の池江選手は、小さなころから負けず嫌いで常にきょうだいに負けまいと張り合っていました。大人に怒られても言い返すくらいでしたが、「水泳を辞めさせる」と言われたときだけは素直になったといいます。

誰もがことばを失った病気との闘いも、「必ずプールに戻る」と誓って乗り越えてきました。そんな大好きな水泳を仲間たちと思いを一つにして泳ぐリレーは池江選手にとって「一番力を発揮できる種目」です。

個人種目では後半のスパートに備えて力をセーブしようとする場面でも、リレーは前半から積極的に泳ぐことができます。30日の予選では、前半から果敢に攻め、引き継ぎでのタイムながら復帰後の自己ベストより速い57秒50をマークして、日本の決勝進出に貢献しました。

「しっかり力を合わせて笑顔で終われるようにしたい」と臨んだ、今大会のラストレース。結果は8位と負けず嫌いな池江選手にとっては納得いく結果ではありませんでしたが、大舞台で仲間たちと大好きな水泳を全力で楽しんだ21歳は「3年後に向けてまだまだ速くなりたい」と思いを新たにして、2回目のオリンピックを終えました。

治療続ける女児「諦めない力を教えてもらった」

白血病から競技に復帰した池江璃花子選手の活躍を励みに同じ病気の治療を続け、メドレーリレー決勝の様子を見守った小学生の女の子は「諦めない力を教えてもらった」と語りました。

大阪 茨木市に住む小学5年生の浅田芽生さん(10)は、おととし4月に白血病を発症し、この春までの2年間、抗がん剤治療などを続けてきました。
つらい日々の中でも、同時期に闘病生活を送り、競技に復帰した池江選手の「努力は必ず報われる」という言葉やその姿に勇気をもらい治療を続けられたということで、池江選手が東京大会の代表に内定した際には応援の気持ちをつづった手紙を送るなど、活躍を楽しみにしてきました。

1日は、池江選手の今大会の最終レースとなった、400メートルメドレーリレーの決勝の様子を自宅で観戦し、テレビ画面をじっと見つめて8位でレースを終えるまで祈るように見守っていました。

芽生さんは「心の中で『池江さん、日本チーム、頑張れ』と応援しました。結果は悔しいけど頑張って泳ぐ池江選手の姿が見られてうれしかったです。つらいことやしんどいことを乗り越えてオリンピックに出たことはすごいと思います。池江選手から『諦めない力』を教えてもらったので、私もそれを胸に頑張っていきたいです」と健闘をたたえていました。

小学校時代のコーチ「気迫伝わる泳ぎ」

池江璃花子選手が3歳から中学1年生まで通った東京 江戸川区のスイミングスクールで、小学校時代の専属コーチだった清水桂さん(46)は「いつも通りの大きな泳ぎで、前の選手を抜くぞという気迫が伝わる泳ぎでした。順位は8位でしたが、日本のチームとしてみなさん力をあわせて頑張った結果だと思いますし、池江選手なりに楽しみながら泳げたオリンピックだったのではないかなと思います」と話しました。

清水さんは、池江さんが白血病を公表したあと、病院にお見舞いに行った際に、前向きに語っていた姿が印象的だったとして、「どんなにつらい状況でも前を向いて進んでいく姿勢は、今回のオリンピックにも出ていると思います。復帰後に泳ぎ始めて1年半ぐらいでここまで来るとは思ってもいませんでしたし、オリンピックの舞台に立つとは想像していませんでした。それを乗り越えて間に合わせたのは彼女しかできないことで本当に感動しました」と話していました。

そして「とにかくオリンピックが終わってゆっくりしたあと、これから次のオリンピックに向けてまだまだ長いですけど、体を本調子に戻して頑張ってもらいたいです」とエールを送っていました。