東京オリンピック ビクトリーブーケの物語

東京オリンピック・パラリンピックのメダリストに、副賞として贈られるビクトリーブーケ。東日本大震災の復興への願いを込めて、被災地で育てたヒマワリやリンドウなどで作られます。選手で出場する夢がかなわなかったものの、ブーケに関わることを新たな夢にし、その夢をかなえた女性がいます。

今回の大会ではオリンピックとパラリンピックで合わせて、およそ5000のビクトリーブーケが用意されています。

そのブーケには、▽福島県産のトルコギキョウとナルコラン、▽宮城県産のヒマワリ、▽岩手県産のリンドウなど東日本大震災で被災した地域で育てられた花が使われていて、
大会組織委員会のホームページには

▽トルコギキョウは福島県が県ぐるみで生産に取り組み、復興への希望を見いだしたこと。

▽ヒマワリは震災で子どもを亡くした宮城県の親たちが子どもたちが避難のために目指した丘に植えたこと。

▽リンドウは岩手県を代表する花で日本で出荷されている半数以上を生産していることなどと選ばれた理由が記されています。

ビクトリーブーケ への思い

東京都内に住む24歳の女性は、ブーケの制作ボランティアに特別な思いをもって臨んでいます。
女性はツイッターに「競泳でオリンピックに出る夢がかなえられなかった分、入社したときの新たな夢『東京五輪のビクトリーブーケを作る』がかなえられて本当にうれしい。フローリストになってよかった」と喜びをしたためました。

小学生の時から大学まで競泳に打ち込み、ジュニアオリンピックにも出場して、将来オリンピックに出ることを夢見ていました。
大学にはスポーツ推薦で入学し、クラブチームでも競泳に打ち込んだものの、スランプに陥りました。

女性は「競泳選手として表彰台になかなかあがれず、ほかの選手が、ビクトリーブーケを手に取るのを憧れの気持ちで見ていました」と選手当時の思いを振り返りました。
選手として手にできなかったビクトリーブーケ。

しかし大学を卒業し、3年前に花屋に就職した時、先輩たちに「東京オリンピックのビクトリーブーケを作りたい」と新たな夢をPRし、選手とは違う形でオリンピックに関わりたいことを伝えたそうです。

運命を感じた

そして今回、その夢がかなってブーケを担当するボランティアとなり、水球やカヌーの会場で活動することになりました。

その会場のひとつの東京辰巳国際水泳場は子どもの時から競泳の試合で通っていた思い出の場所で、「運命を感じた」と女性は言います。

女性は「東日本大震災のときは私は中学生で練習が全くできなくなったことをおぼえています。花屋として日々、花に触れていると東北の花はとても質が高いことを知り、その花を扱うことに身が引き締まります」と話していました。
最後に女性は「コロナ禍ということもありますが、どんな状況でも諦めず努力を続けてきた人たちのためのオリンピックだと思っています。そんな選手たちの勝利に“花を添える”ブーケ制作に携われることがうれしいです。心をこめて作ります」とみずからの思いを語っていました。