オリンピック 競泳男子200m個人メドレー 瀬戸4位 萩野6位

東京オリンピック、競泳の男子200メートル個人メドレーの決勝で、瀬戸大也選手が4位、萩野公介選手が6位で、ともにメダル獲得はなりませんでした。

メダル獲得を期待されながらここまで不調だった瀬戸選手は、3種目めとなる男子200メートル個人メドレーで、今大会初めて決勝に進みました。

決勝のレースでは100メートルのターンを7番手で折り返すと、続く平泳ぎで順位を上げ、最後のターンで3番手になりました。

自由形でも粘りを見せましたが、3位の選手にわずか0秒05差届かず、1分56秒22で4位でした。

また、前回のリオデジャネイロ大会でこの種目、日本選手初となる銀メダルを獲得した萩野選手は、背泳ぎで一気に順位を上げ、100メートルのターンで3番手と好位置につけましたが、その後は伸びを欠いて、1分57秒49で6位でした。

瀬戸大也「今のコンディションでベスト」

瀬戸選手は「自分自身、もっといい結果をイメージして、これまで頑張ってきたので、最後にメダルをとりたかったのですが、今のコンディションでベストを尽くすことができました」と話していました。

レース前には萩野公介選手と「グータッチ」をしたということで「すごく心強かったです。2人で戦えて、メダルをとれなかったのは残念ですが、それ以上に幸せな時間でした」とすがすがしい表情で話していました。

今後については「まだ競技生活は続くので、今回は結果で恩返しできなかったですが、またいい泳ぎできるように頑張りたいです」と話していました。

瀬戸 本命の400mで予選敗退 歯車狂う

瀬戸選手は、出場した3種目の最後となった男子200メートル個人メドレー決勝で4位。メダルを手にすることなく、2回目のオリンピックを終えました。

今大会は金メダルを含む複数のメダル獲得を目指していましたが、競技初日に本命とする400メートル個人メドレーで予選敗退を喫してから、一気に歯車が狂いました。

400メートル個人メドレーはことしの世界ランキングトップにつけるなど、出場した中で最も金メダルに近い種目で、この種目に照準を合わせて、終盤を泳ぎ切る持久力の強化などをはかってきました。
そして、最初に金メダルをとった勢いで、よりスピードが求められる残る2種目でも表彰台をうかがう作戦でした。

2回目のオリンピック メダルはならず

しかしその初戦で、金メダルはおろか決勝にも進めず、その後のレースでも思うようにタイムが伸びない状況に陥り「悔しいを通り越して、よくわからない」と焦りを深めていきました。

今大会では選手村に入らず会場近くに拠点を確保し、みずから声をかけて集めたサポートスタッフとともに自身のレースに集中する考えで臨みましたが、軌道修正を図れずにいました。

最後の種目となった200メートル個人メドレーでは、去年まで指導を仰いだ梅原孝之コーチなど、代表チームに帯同するコーチ陣から泳ぎやレース運びのアドバイスを受け、準決勝で「ようやく納得できる泳ぎができた」と、今大会で初めて決勝に進みました。

しかし、200メートル個人メドレーは、2019年の世界選手権で金メダルを獲得したものの、ことしはスピード強化が十分にはかれず、世界ランキング11位。
決勝でもメダルには届かず、2大会目のオリンピックをメダルなしで終えることになりました。

萩野公介「決勝のレースで全力出しきった」

萩野選手は「泳ぐ前からいろいろなことを思い出していました。瀬戸選手と何度も泳いできたので、一緒に泳ぐことができて、うれしかったです。タイムが遅くても決勝のレースで全力を出しきったので、これ以上幸せなことはないです」と話していました。

萩野 万感の思いを込めて

前回リオデジャネイロ大会の金メダリストが、長く苦しいトンネルを抜けてたどり着いた、3回目のオリンピックが終わりました。
萩野公介選手は、男子200メートル個人メドレーの決勝のレースに万感の思いを込めて泳ぎました。

準決勝 涙の理由は

それは29日、準決勝のレース直前のことでした。隣のレーンで泳ぐドイツのハインツ選手から声をかけられます。「最後に一緒に決勝で泳ごう」。およそ10年にわたって、しのぎを削ってきたライバルは、現役を引退するつもりだと萩野選手に告げました。

結果は、萩野選手は決勝進出、ハインツ選手は準決勝敗退となりました。
泳ぎ終えたあとハインツ選手は「いい旅だった」と、萩野選手の健闘をたたえながら言ったといいます。

ライバルのこれまでの道のりと自分自身の歩みを重ね、しばらくの間、こみ上げる涙を抑えることができませんでした。

「泳ぎで人生を表現したい」

リオデジャネイロ大会で金メダルを獲得してからの5年間は、選手としては苦しい日々の連続でした。

痛めていた右ひじにメスを入れ、おととしは極度の不振から3か月にわたって休養しました。現役引退も頭をよぎりましたが、プールへと帰ってきました。

一方で、私生活では結婚して娘が生まれ父親になりました。萩野選手は「起伏に富んだ5年間だった」と振り返ります。

そして、再び立つことができたオリンピックという舞台。「5年前は金メダルしか見ていなくて、それだけを追い求めていた」という萩野選手は「結果だけでなく、泳ぎで人生を表現したいと思うようになった」と言います。

そのすべての思いを込めて、決勝のレースに臨みました。
結果は6位。3大会連続のメダル獲得はなりませんでしたが「持てる力を出しきりたい」と挑んだ戦いが終わりました。

同い年のライバル 今回は苦しい戦いに

競泳の男子200メートル個人メドレーは、全35種目のうち26種目めで、初めて日本選手が2人決勝に進んだ種目でした。

瀬戸大也選手と萩野公介選手は、ともに1994年生まれの同い年のライバルとして注目を集めてきました。
日本代表の平井伯昌監督は「2人がそろうと個人メドレーだなと感じる」と言います。

2人が初めて同じレースで泳いだのは小学生、9歳のころに出場した全国大会でした。
当時は萩野選手が圧倒的に速く、瀬戸選手は当時を振り返り「雲の上の存在だった」と話していました。

2人の関係が変わったのは2013年、ともに初出場となった世界選手権でした。男子400メートル個人メドレーの決勝で、瀬戸選手が萩野選手をおさえて金メダルを獲得しました。

ライバルの台頭に萩野選手も燃えました。2016年のリオデジャネイロオリンピックでは萩野選手が金メダルを手にし、瀬戸選手は銅メダルでした。

互いに高め合いながら日本競泳陣を引っ張ってきた2人が臨んだ今回のオリンピックは、苦しい戦いを強いられました。

萩野選手は、連覇がかかる400メートル個人メドレーの挑戦をあきらめ、200メートル個人メドレーに絞ったものの、大会直前まで調子は上がりませんでした。

一方の瀬戸選手は、金メダルをねらった競技初日の男子400メートル個人メドレーで、まさかの予選敗退を喫し、その後も悪い流れを断ち切れませんでした。

それでも2人ともなんとか立て直して、たどり着いた決勝のレースで「勝負を楽しみたい」と話した瀬戸選手、これに対して、萩野選手は「大也と泳げることが幸せ」と話していました。

平井監督「持っている力出しきったことがよかった」

競泳日本代表の平井伯昌監督は、瀬戸選手と萩野選手が出場した男子200メートル個人メドレーのレースについて「冷静にレースを進めた大也と、背泳ぎから積極的にいった萩野の泳ぎを見比べながら、最後まですごく興奮して見ていた。2人ともいろいろあってここまできた東京オリンピックだけど、持っている力を出しきってくれたことがいちばんよかった」と話しました。

そのうえで「2人がそろって出てくるとすごく安心するなと感じた。僕らは結果を出すのが仕事で、メダルこそとれなかったが、よいレースをしてくれた」と2人をたたえました。

2012年のロンドン大会の後から指導してきた萩野選手については「ここまで本当に大変だった。東京オリンピックのレースが終わったらホッとするかなと思っていたが、感無量で、さみしい気持ちがある。ここを目標に全力でやってきたので、先のことはこれからゆっくり話をしたい」と涙をぬぐいながら話していました。