「人生を失った」~悲痛のワイン産地 始まる模索

「人生を失った」~悲痛のワイン産地 始まる模索
アメリカ・カリフォルニア州のナパバレー。

ワクチンの普及で新型コロナウイルス対策の規制が緩和され、世界的に知られるワインの産地にも観光客が戻ってきました。

その恩恵を大きく受けるワイナリーがある一方で、なお厳しい現実に向き合う人もいます。

(ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

1人8万円のコースも!

ナパバレーの高台に位置する「セオレム・ヴィンヤード」。

高級ワインを提供する人気ワイナリーの1つです。

大自然の中で景色を楽しみながらワインに合う食事を楽しむことができるのが売りで、コースは日本円で約1万円から最も高いもので約8万円まで。

8万円のコースは、ワイナリーのツアー、複数の種類のワインのテイスティング、コース料理、そしてワイングラスのお土産付きですが、なかなかのお値段です。
それでも、経済活動の全面的な再開もあって、予約はすでに10月まで埋まっています。

ことし上半期の売り上げは、すでに去年1年間の2倍以上になっているということで、担当者は、「ワインが足りるかどうかを心配しなければならないほどだ」と話していました。

少しくらい、ぜいたくを

取材に訪れた7月3日(土)は、アメリカの独立記念日を挟んだ3連休の初日。

カリフォルニアに住む友人の誕生日を祝おうと、男女5人組がランチに訪れていました。

親友の誕生日のため、ニューヨークから訪れたという女性は、新型コロナウイルスの感染拡大以降、1年半ぶりに飛行機に乗ったと興奮気味に話します。

ワクチンの接種も済ませているし、屋外で密にならないワイナリーでなら、長時間にわたる食事でも感染を気にせず楽しめるといいます。
ニューヨークから来た女性客
「コロナ禍でずっと自宅にこもっていました。1年半もの間、食事にも行かず、友達にも会わず、ほとんどお金を使っていませんでした。少しくらい自分を甘やかしてもよいですよね」

“人生を失った”

しかし、活気づくワイナリーがある一方で、厳しい現実に向き合う人もいます。

ナパバレー近郊は、去年、大規模な山火事に見舞われ、特に大きかった2件の山火事で、少なくとも30軒のワイナリーが被害を受けました。

そのうちの1つ、「ラ・ボガタ・ワイナリー」を経営していたジェリー・ユリアーノさん。

建設作業員として働きながらコツコツとためたお金で、20年ほど前、念願だったワイナリーを始めました。
しかし、去年8月の山火事でぶどう畑や施設が一晩にして跡形もなく焼失。

テイスティングルームがあった場所には、今も山火事で溶けたワインボトルのガラスの破片があちこちに残っています。

数百本のぶどうの木はみな真っ黒に焦げていて、ことし実を付けたのはわずか10本程度でした。

一度は再建を目指そうとしたものの、諦めざるをえないといいます。
ジェリー・ユリアーノさん
「ワイナリーの経営は長年の夢で、私の人生そのものでした。今回の被害は人生を失ったのと同じです。ワイナリーの運営に必要な設備を再びそろえるには1億円以上の資金が必要ですが、そんな大金を出せる余裕はないので、残念ですが、再建を諦めるしかありません」

ワインに関わりを持ち続けたい

ユリアーノさんは今、手元に残ったわずかな量のワインを、家族が経営するレストランで販売しています。

しかし、それもじきに売り切れる見通しで、自分が作ったワインをもう楽しんでもらえなくなることが悲しいと肩を落としています。

ぶどう畑やワイナリーの跡地、隣接する自宅も売却する予定です。

今後どんな仕事に就くのか、まだ答えは見つかっていないということですが、ワイナリーの経営を目指す人のコンサルティングなど、ワインに関わる仕事を模索したいとも話しています。

それだけワイナリーへの思い入れが強かったことが伝わってきました。

長期的な対策を

毎年のように起きる山火事。

その背景の1つとして指摘されているのは、地球温暖化です。

被災したワイナリーが多額の費用をかけて再建できたとしても、またいつ山火事が起きるかわからないという不安が消えることはありません。

ワイナリーとして、温暖化対策でできることはないのか。

今、現地で注目されているのが、「カーボンファーミング」と呼ばれる、温室効果ガスを少しでも出さないようにする農法です。

畑をたい肥で覆い、土壌に含まれる炭素が放出されにくくしたり、ぶどうの木の間にあえて別の植物を植え、二酸化炭素の吸収や、土壌の質の改善を図ったりします。

ナパバレーでカーボンファーミングの指導を行い、土壌の環境調査に詳しいミゲール・ガルシアさんによると、この2年ほどで70のワイナリーが取り入れているといいます。
ミゲール・ガルシアさん
「ぶどう農家は、山火事はいつ起きてもおかしくない差し迫った危険だと認識し、極度の干ばつや高温など気候変動の影響を抑えるためにどうすればいいのか真剣に考え始めています。カーボンファーミングを取り入れれば気候変動の影響を軽減できる大きな可能性があります」

「炭素を多く含めば、より肥沃(ひよく)な土壌を作ることができ、ぶどうがよく育つだけでなく、ひいては異常気象に負けない土壌環境を得ることにもつながるのです」

小さな一歩も役に立つ

ミゲールさんの指導のもと、カーボンファーミングに本格的に取り組んでいる「ホニック・ヴィンヤード&ワイナリー」を訪ねました。

去年の山火事では直接的な被害は免れましたが、経営者のクリスティン・ベレアーさんは、煙の影響で、この秋収穫するぶどうの品質に影響が出ないかを心配しています。

ベレアーさんがカーボンファーミングを取り入れたのは、自分たちの世代だけでなく、次に続く世代の人たちにも納得のいく品質のワインを作り続けてほしかったからだといいます。
クリスティン・ベレアーさん
「1人では解決できなくても、みんな自分にできることがあるはず。小さな一歩も役に立つので、諦めてはいけません」
ことしも、すでにアメリカ西部やカナダで記録的な高温となり、山火事の被害も相次いでいます。

ワイナリーができる目先の対策としては、畑で使う水やりの管などを燃えにくい素材に替えたり、畑や施設を囲う壁を設けたりすることだといいます。

そうした目先の対策と、より長期的な温暖化対策の組み合わせが、長い目でみたときに世界有数のワインの産地の持続可能性を高めるものになってほしいと思います。

ワインを口にするとき、ワイナリーの苦悩や努力にも思いをはせるようにしたいと感じました。
ロサンゼルス支局記者
山田 奈々
2009年入局
長崎放送局、経済部、国際部などを経て現所属