WEB特集

かつての“熱狂”はなくても~無観客のオリンピックが示す価値

直前に決まった無観客開催。開会式担当者の相次ぐスキャンダル。
1年の延期を経て東京オリンピックは暗雲漂う中で幕を開けた。
その厚い雲を吹き飛ばすようなアスリートたちの躍進によって、オリンピックへの厳しい見方は薄らいだように見える。
しかし、コロナ禍で開催されている初めてのオリンピックは、かつての大会で見たことない光景の連続だ。感染して棄権を余儀なくされる選手、そもそも日本に来ることすらかなわない選手たち。そして、歓声のない会場。
開幕から1週間、57年ぶりのオリンピックで目にしたものは。
(東京オリンピック取材班 清水瑤平 山本脩太 櫻澤健太)

失われた大歓声

武道の聖地 日本武道館。
観客用の受付や手荷物確認所として設置されたテントが無人のまま並んでいる。
直前に無観客が決まったため撤去する時間がなかったという。

入り口に日傘を差した女性の姿があった。
柔道会場を訪れた女性
「柔道をどうしても見たいと思ってチケットを申し込んでいたんですけど、当たらなかったんです。結局無観客になりましたがせめて近くに来てみようと思って」
女性は寂しそうに笑ったあと、会場に向かって「がんばれー」と小さくつぶやいた。
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、無観客での開催はやむをえない決断だった。
ただ、やるせない思いを抱えた人たちもいるのだろう。
開会式が行われた国立競技場の周辺には「雰囲気を感じたい」と多くの人が訪れた。
公道を使って行われた自転車競技でも同様の光景が見られた。
会場を訪れていた、1984年ロサンゼルスオリンピックのレスリング金メダリスト、富山英明さんは観客の大切さを語ってくれた。
富山英明さん
富山さん
「自分は満員の会場で、その場にいる人と一緒に喜びや悔しさを共有できたことが一番の財産になった。そういう盛り上がりには欠けるし、選手にとっても残念なことだ」

“神聖な場所で2人だけ”

無観客のオリンピックで、印象的だったシーンがある。

24日に日本選手の第1号となる金メダルを獲得した、柔道の高藤直寿選手。
7分を超える決勝の激闘を終えると、喜びをあらわにする前にまず相手に歩み寄り、相手の手を掲げて健闘をたたえた。
高藤直寿選手(右)
高藤選手
「無観客の中で、相手の息の音も聞こえる、その感じがしびれましたね。メダルを取ったときも歓声がなく、しんとしていて、自然とお互いをたたえ合うことができました。神聖な場所で2人だけで戦えたということを誇りに思います」
観客のいないオリンピックだからこそ、あらためて感じたスポーツマンシップ。
ほかの競技の会場でも、選手や関係者が次々に口にしたのは「大会が開催されたことへの感謝の言葉」だ。
コロナに覆われた社会では、スポーツができることは、もはや当たり前ではない。

トップ選手 不在の中で

コロナの影響は選手が棄権や欠場を余儀なくされるなど競技そのものへも広がっている。
26日まで行われた射撃の女子スキート。
世界ランキング1位、イギリスのアンバー・ヒル選手は日本に向かう直前の今月20日に新型コロナに感染。棄権を余儀なくされた。
アンバー・ヒル選手(イギリス)
23歳のヒル選手は自身のSNSで「5年間のトレーニングと準備の後、昨夜陽性が告げられ、私の心は粉々になった」と悲痛な思いをつづった。

もちろん、感染した選手が競技に出場すれば、さらなる感染拡大を招く恐れがあるため、運営側の判断は間違っていない。だが、これがコロナ禍のオリンピックの現実だ。
イタリア スポーツ紙の記者
スポーツ紙の記者
「彼女の欠場は大きな問題でナンバー1が抜け、ほかの選手には簡単な状況になった」
しかし、現場で取材していたフィンランドのテレビ局の記者はこうも言った。
「彼女の欠場は悲しいが、数年たてば誰が欠場したかということより誰がメダルを取ったかの方が記憶に残るだろう」
新型コロナによる欠場はほかの競技にも広がっている。
ラーム選手 と ガウフ選手(右)
ゴルフ男子では世界ランキング1位でことしの全米オープンを制したスペインのジョン・ラーム選手などトップ選手が相次いで欠場。
テニス女子でも新星として注目されたアメリカの17歳、コーリ・ガウフ選手が欠場した。
選手たちは日本での滞在中、毎日検査を義務づけられ、陽性反応を示した場合、選手が競技に復帰できるようになるには最短で7日かかると大会組織委員会は説明している。
感染が判明したあとに選手が競技に復帰したケースもある。
22日の日本との初戦を欠場したサッカー男子の南アフリカの選手2人は25日のフランス戦で復帰した。

しかし、日程がタイトな個人競技では、感染すれば大会からの「1発アウト」を意味するのが現状だ。

感染対策“実質不可能”の声も

大会に欠かせないとされてきた「安全安心」にも疑念が生まれている。
関係者が会場でマスクを外していたり、外出して複数で食事をしていたりとルール違反が連日、確認されているのだ。

柔道の会場では、連日、海外選手やコーチが興奮した様子でマスクを外し、大声で叫ぶ姿が目撃され、現場のスタッフが「Wear a Mask」と書いた紙を持ち、注意して回っている。
それでもマスクを外す人たちは一向に減らない。

別の屋内競技の会場で働く女性スタッフによると、注意を繰り返しても素直に聞いてくれる人ばかりではなく、限られた人数ですべての人の違反を取り締まるのは実質、不可能だという。
さらに選手と海外メディアなどの関係者が接触することもしばしばあり、“バブル”が成立していないのではないかと感じている。
大会の女性スタッフ
「これだけの規模の大会で文化や習慣の違う人たちの行動を完全に縛りつけることは難しい。クラスターが起こらないよう、全力を尽くすけれど、この状況で大会を始めてしまった以上、感染が広がってしまう可能性はあると思います」

感染拡大 専門家「危機感の共有を」

新型コロナの都内の感染者数は初めて1日3000人を超え、感染拡大に歯止めがかからない。
競技大会での感染対策に詳しい専門家は、「もはや選手が感染しても入院できなくなるかもしれない」と警鐘を鳴らす。
東京大学付属病院 四柳宏病院長
四柳病院長
「現場で選手を含めた大会関係者1人1人が対策を徹底するほかない。東京は危機的状況にある中でオリンピックをやっているんだということを選手に理解してもらい、ルールの順守を求めなくてはならない」

“意義のある問題提起”

かつてない環境で開催されているオリンピックで、新たな意義を見いだそうという動きや、問題提起にも注目が集まっている。
体操女子の予選に登場したドイツチームはレオタードではなく、全身を覆うボディスーツを着用した。女性アスリートの盗撮被害や、性的な目的で画像が拡散されることへ抗議した形だ。
体操女子 ドイツの選手
ドイツの体操協会はSNSで「体操の性的な問題について女子アスリートが不安になることなく美しさを示すため」と発信。
「その日に何を着たいかで決める」という選手に選択肢があることこそが大切だという考えで、女性アスリートのユニフォームのあり方を考えるきっかけとなった。
今大会でIOC=国際オリンピック委員会は、オリンピック憲章の規定を一部緩和し、競技の前後に選手が人種差別などへの抗議の意思を示すことを認めた。
オリンピックでは、これまでこうした抗議はいっさい認められていなかったが、去年、世界中で大きく広がった「ブラック・ライブズ・マター」運動を機に条件付きではあるが、初めてルールが変更された。
サッカー女子 日本対イギリス(7月24日)
サッカー女子ではさっそく、選手たちが相次いでピッチに片ひざをついて抗議。イギリスチームの監督は「ひざをつく行為は、社会の不正義、不平等に対する平和的な抗議の象徴だ」と話した。
ハバート選手
そして、8月2日にはウエイトリフティング女子の87キロを超えるクラスにニュージーランドの43歳で、トランスジェンダーのローレル・ハバード選手が出場する。
IOCは条件をクリアすれば女性に性別を変更した選手の出場を認めているが、実際にこの条件をクリアして、トランスジェンダーの選手がオリンピックに出場するのは初めてだ。

しかし、「生物学的な優位性は変わらない」といった根強い批判もつきまとう。選手の性自認の問題は、社会全体での議論が不可欠で、これからのスポーツ界が避けては通れない問題でもある。

その難しい問題の最初の一歩が、この東京オリンピックになる。

異例ずくめの大会だからこそ

まもなく折り返しを迎える東京オリンピック。
観客の不在、有力選手の棄権、感染対策のほころび。東京の感染拡大に歯止めはかからず状況が厳しさを増す中で、最後まで走り抜くことができるのか、予断を許さない。
その中でも、全力を尽くすアスリートたちが放つ輝きや、感謝の気持ち、そして相手をたたえる姿勢は、私たちに大切なものを思い出させてくれた。
異例ずくめの大会だからこそ、かつてない何かが見えてくるのではないか。東京大会が示す「オリンピックの価値」を探し続けたい。
スポーツニュース部記者
清水 瑤平
平成20年入局
熊本局や社会部などを経て
スポーツニュース部へ
学生時代は
ボクシングに打ち込む
アメリカ総局記者
山本 脩太
平成22年入局
スポーツニュース部で
スキー、ラグビー、
陸上などを担当
去年8月からアメリカ総局
北九州局記者
櫻澤 健太
平成28年入局
北九州局で
行政やスポーツ取材を担当
今回 初めての五輪取材
高校までサッカー部に所属

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