WEB特集

ただ生まれてきただけなのに

男子高校生は毎週のように薬局に通い、アルバイトで稼いだお金で化粧品を買いました。自分の肌の色を隠すためです。高校の入学試験の時には「キモイ」「将来、犯罪者になりそう」という声が耳に飛び込んできました。そこで、少しでも、自分の個性を隠したいと思ってきました。これまで自分を苦しめてきたさまざまな境遇に、くやしくて、悲しくて、死んでしまおう、そう考えたこともありました。大人になった彼が、いま、悩んでいる子どもたちに伝えたいことがあります。(NHK札幌放送局カメラマン 腹巻尚幸)

自分の存在 疑問に

兄と 右が成田淳さん
映像監督の成田淳さんは、愛知県で、フィリピン人の母親と日本人の父親との間に生まれました。もの静かで心優しい少年でした。

実の父は生まれてすぐに行方がわからなくなったため、成田さんには戸籍がありませんでした。育ての父や祖父は戸籍がなくても通える学校を探しまわり、学校が決まったあと、成田さんがランドセルを背負った姿を見て泣いて喜んでくれたといいます。

しかし、学校生活が始まるとつらい現実が待っていました。
「なくなったんだけど、知らない?」
成田さんが小学生のとき、友達のテレビゲームのカセットがなくなったことがありました。その時、友達の保護者に真っ先に疑われたのは成田さんでした。

友達と一緒に遊んでいても、なぜか彼だけ家に上げてもらえないこともあったといいます。なぜ自分だけが理不尽な仕打ちを受けるのか、成田さんにはわからず、自分に何か悪い部分があるのかと思い悩むようになりました。

そして、自分は居てはいけない人間ではないかと考えるようになったのです。
成田淳さん
「自分自身の存在って何なんだろうなって思っていました。僕は何も悪いことをしていないのに、ただ生まれてきただけなのに、ただ存在しているだけなのにって」
中学生の時に戸籍を得たものの、自分の存在に自信を失っていった成田さんは、誰も自分のことを知らない環境でもう一度やり直したいと考えるようになりました。そして、地元から離れた高校への進学を希望しました。

高校の入学試験の日。試験への緊張と、新しい環境に向かうわくわくした気持ちが入り交じりながら、成田さんは席に着きました。その時、今も忘れられない言葉が耳に飛び込んできたのです。

「あいつ外国人じゃない?」
「キモくない?」
「なんか将来犯罪しそうだよね」

楽しい高校生活を夢見た成田さんの希望は、一瞬でかき消されました。
入学すると、見た目のことをからかわれていると、強く感じるようになりました。
成田淳さん
「僕が人よりも肌の色が黒くて短髪だったからオバマ、オバマって言われて。しかも高1から高3まで全部の学年がそういうふうに呼んでいてきつかった。ここからもう1回頑張ろうって思っていたのに…」
成田さんは、小さなころから受けてきた理不尽な扱いは、自分の肌の色、自分が周りの人と違うことが原因だったんだと受け止めるようになったのです。

衝撃でした。

それから、周囲と同じ肌の色にしたいと考えるようになりました。毎週のように薬局に通い、自分の肌に化粧品を塗る生活を始めたのです。しかし、そのことをまたからかわれました。どうすることもできず、苦しみは増していきました。

さらに、成田さんにとって衝撃的な出来事がありました。

育ての父から、実の父親ではないことを打ち明けられたのです。成田さんは信じていたものが足元から揺らいでいくような衝撃を受けるとともに、自分の存在についてさらに思い悩みました。

人前に立つことが恐怖に

それでも成田さんは、高校を卒業した後の進路に希望を残していました。興味があった映像の勉強をしようと、専門学校へ進学しようと考えたのです。

しかし、ここで考えてもいなかった出来事に直面しました。バイクが好きだった父が、お気に入りのバイクを売りに出したのです。リーマンショックで収入が減り、生活が苦しくなっていたのです。

「学校に行かせてほしいなんていえない。家計を助けるために就職しよう」
そう考えた成田さんは、進学を諦め、高校を卒業して地元のスーパーで働くことを決めました。
スーパーで働く成田さん
家族を助けるために選んだ進路でしたが、働きだすとうまくいきませんでした。スーパーで人前に立つと、急に恐怖を感じるようになりました。自分の見た目について、お客さんから何か言われるのではないかと考えてしまうのです。

レジを打つ時には、怖くてお客さんと目を合わせられませんでした。成田さんは耐えきれず、レジ打ちの途中で思わずしゃがみこんでしまいました。トイレに逃げ込んだこともありました。

小さいころから心にためこんできた、「自分は居てはいけないのではないか」という感情が仕事をきっかけに一気にあふれ出し、自分を保てなくなっていたのです。

ただ寄り添うだけで

進学も諦め、職場でもうまくいかない。誰にも相談できずふさぎ込むようになっていきました。次第に生きている意味が分からなくなり、死にたいと思うようになりました。

そして、自殺をするのによい場所はないかと考えながら、街を歩くようになったといいます。
成田淳さん
「もう僕は生きてても仕方ないなと思って。その時の僕にはもう希望はありませんでした」
そうした日々が続く中で、名古屋市内を歩いていると、路上ライブに出くわしました。成田さんが感情もなくライブの様子をぼんやりと眺めていると、演奏していた男性が声をかけてきました。

教会の牧師の土居恵理也さんという男性でした。成田さんのただならぬ雰囲気を察し、声をかけてくれたのです。
成田さん(左)土居恵理也さん(右)
土居さんは、成田さんを励ますこともなく、ただ話を聞いてくれました。成田さんは、土居さんが寄り添ってくれていることに、これまでにない安心感を感じました。そして、これまで人生で経験した苦しみを初めて打ち明けることができました。

「淳はそのままでいいんだよ」
土居さんが成田さんにかけたことばに、成田さんは、他人が初めて自分の存在を認めてくれたように感じました。

「死ぬことばかり考えるのはやめよう」
成田さんは、少しずつ、前を向き始めました。
成田淳さん
「どんな時でも話を聞いてくれて、この人が初めて僕の存在を承認してくれて、僕自身が生きていいんだということに気がつきました」

映像制作に生きる希望を見いだす

成田さんは、土居さんから、教会の礼拝で流す映像を作ってみないかと誘われました。

パソコンに詳しかった高校時代、成田さんは音楽にあわせて10分ほどの映像を作ったことがありました。その時に周囲から認められたように感じたことが突然思い出されました。就職し、絶望の日々の中での思いがけない誘いに、成田さんはもう一度映像を作ってみようと奮い立ちました。

教会で流す映像をより魅力的なものにしようと、成田さんは、3DCGやモーショングラフィックス、プロジェクションマッピングなど、映像制作のスキルを独学で身につけました。やがて、その映像が関係者の目に留まり、企業の広告映像など仕事の依頼が少しずつ来るようになりました。
こうして、成田さんは映像監督として独り立ちしたのです。
そして、ある曲に出会いました。

生きててくれてありがとう

ナイトdeライト
北海道のロックバンド「ナイトdeライト」が、自殺を防ごうと作った曲「生きててくれてありがとう」。生きることがつらく苦しいと感じる人たちへストレートなメッセージを歌っています。

「こころとこころ重なるまで何も言わずにただ居ておくれ 生きててくれてありがとう」
成田淳さん
「これは伝えないといけないと直感で感じました。これはものすごく大切なものというか、コロナ禍でもあり、この曲がこのタイミングであることっていうのはものすごく意味があると感じたんです」
成田さんが初めて曲を聞いたとき、曲が自分の人生にぴったりと重なり、土居さんのように自分に寄り添ってくれた人の顔が思い出されました。成田さんは、この曲をもっと多くの人に届けたいと考えました。

「北海道いのちの電話」から依頼を受けて、成田さんは曲に合わせた映像を作ることになりました。
映像を作るにあたり、成田さんにはこだわりがありました。役者やエキストラではなく、実際に人生に思い悩んだ経験を持つ人たちに出演をお願いしたのです。

集まった7人の中には、いじめやパワハラ、家庭の不和など、苦しんだ過去を持つ人もいました。成田さんは、当事者だからこそ伝えられるメッセージがあると考えたのです。

座っている女性は、学校で友人関係に悩み苦しんだといいます。映像では、女性にそっと寄り添う人たちの姿を描きました。
「決してあなたはひとりではない 寄り添ってくれる人が必ずいる」
成田さんが映像にこめたメッセージです。

3月、映像が動画投稿サイトYouTubeに公開されると、たくさんのコメントが寄せられました。
「何回も見ちゃいます。良い動画です。歌も素敵。(中略)背中を押そうとせず、変えようとせず、そばにいられる人でありたいです」

「どんな人にも弱ってしまう時があります。私にも何度もありました。あの時この動画があったらもっと早く立ち直れたかもしれない、と思いました」

同じ思いをしている人へ届く映像を

成田淳さん
「何かを変えようとするわけでもなく、誰かに強い言葉を言うわけでもなく、近づくわけでもなく、ただ隣にいる。この映像が人を承認する、この映像が1人の人となってあなたは生きていていいんだよという存在になれば」
寄せられたコメントを見て、成田さんは、小さいときから考えてきた“問い”への答えが見つかったように感じたといいます。

「どうして僕は生まれたんだろう」という問いへの答え。

「苦しい経験をした自分だからこそ、同じ思いをしている人へ届く映像を作ることができる。それに僕の人生をかけて取り組みたい」

499人。
去年自ら命を絶った小中高生の数です。電話で悩み相談に応じる「北海道いのちの電話」は、コロナ禍で10代からの電話相談が増えているといいます。
「誰かが誰かのために生きている」
動画に寄せられたコメントの中で、取材をした私が忘れられないことばです。

「戸籍もない、どこにも存在しなかった僕がここまで生きてこられたのは多くの人のおかげです」

成田さんは今では、人生のさまざまな場面で、父や母、友人、職場の同僚など土居さんのほかにも多くの人が寄り添ってくれていたのだと感じることができるようになったといいます。

成田さんの動画のメッセージのように、私も、家族や友人など身近なひとりひとりに優しく寄り添い生きていきたいと思います。

いのちの電話 全国共通フリーダイヤル0120-783-556
札幌放送局カメラマン
腹巻尚幸
2012年入局
青森局、福井局を経て現職
コロナ禍の北海道いのちの電話などを継続取材

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