オリンピック 柔道を人生の支えに 難民選手 2回目の五輪

東京オリンピック6日目の28日、柔道を人生の支えにしてきた難民の選手が、2回目のオリンピックに挑みました。

その選手は、アフリカ中部のコンゴ民主共和国出身の29歳、ポポレ・ミセンガ選手です。

コンゴ民主共和国では、1998年から5年間、周辺の国々が介入した大規模な内戦が起き、およそ400万人が死亡しました。混乱の中、ミセンガ選手が9歳のときに父親は行方不明となり、母親は亡くなりましたが、逃げ込んだ施設で礼を重んじる柔道と出会ったことで心の平静を保ち、練習に打ち込んできました。

その後も紛争が続くなどしたことから、2013年の世界選手権の際にブラジルに逃れ、新たに結成された難民選手団の一員として前回のリオデジャネイロ大会に出場し、歴史的な勝利をあげました。

28日に行われた東京オリンピック、柔道男子90キロ級の初戦で、ミセンガ選手は世界ランキング3位の、ハンガリーのクリスティアン・トート選手と対戦しました。

ミセンガ選手は、足をとばしたり背負い投げを仕掛けたりするなど積極的な姿勢を見せましたが、残り30秒を切ったところで懐に入り込まれ、背負い投げで一本を奪われて敗れました。

難民選手団のインスタグラムで「スポーツに打ち込んで世界的なアスリートになりたいと夢を抱く難民はたくさんいる。メダルを獲得してみんなを喜ばせたい」と語っているミセンガ選手。その目標は31日に行われる、男女3人ずつのチームで争う新種目の混合団体に持ち越しとなりました。