オリンピック ウエイトリフティング 安藤美希子 銅メダル

東京オリンピック、ウエイトリフティングの女子59キロ級で、安藤美希子選手が合計214キロを挙げ銅メダルを獲得しました。

オリンピック2大会連続出場で28歳の安藤選手は、初めてのオリンピックだった前回のリオデジャネイロ大会では5位とメダルに届かず、今大会でのメダル獲得に期待がかかっていました。

安藤選手は、バーベルを一気に頭上に挙げる前半の「スナッチ」で94キロを挙げ、後半に進みました。

バーベルをいったん肩まで持ち上げたあと頭の上に挙げる後半の「ジャーク」を得意とする安藤選手は、1回目で116キロを成功し、120キロに挑んだ2回目はバーベルを肩まで挙げましたが、頭の上には上げることができずに失敗しました。

安藤選手は、最後の試技となった3回目で同じ120キロに挑み、スムーズに肩まで挙げたあと頭の上まで勢いよく挙げて成功し、4位の選手を1キロ上回って、合計214キロで銅メダルを獲得しました。

ウエイトリフティングで日本の女子選手がメダルを獲得するのは、ロンドン大会で銀メダル、リオデジャネイロ大会で銅メダルを獲得した三宅宏実選手に続いて2人目です。

▽金メダルは、スナッチで103キロ、ジャークで133キロで合計236キロのオリンピック記録を出した台湾の郭※コウ淳選手、
▽銀メダルはトルクメニスタンのポリーナ・グリエワ選手でした。

※「コウ」は女偏に「幸」。

「メダルはすごく重かった」

安藤美希子選手は、後半の「ジャーク」で最後の3回目に120キロを成功させた直後、メダル獲得を確信し感極まった様子で両膝と額をステージにつけてしばらくうずくまっていました。

右足を痛めていた安藤選手は、立ち上がったあとは、コーチに支えられながらステージの裏に引き上げていき、4位とわずか1キロ差でメダルをつかんだ激闘を物語っていました。

表彰式では笑顔を見せた安藤選手は、初めてのメダルについて「前回のリオデジャネイロ大会の試合後に、今回金メダルを獲得した台湾の郭選手に銅メダルをかけてもらい、次は自分が取ろうと思ったことを思い出した。メダルはすごく重かった」と話していました。

また、合計214キロの結果については「前回大会の記録よりも低く誇れる結果ではないが、メダルを取ることができたのでよい結果としてとらえたい。次のパリ大会に向けてさらに練習に励んで、もっと実力を出せるように頑張りたい」と話し、早くも次のオリンピックに目を向けていました。

3週間前の練習で負傷 厳しい状況で臨んだ安藤

メダルをつかんだジャークの120キロ。

みずからの日本記録より11キロも軽い重量でしたが、実は27日の安藤選手が挙げるのは厳しい状況でした。
日本女子の監督によりますと安藤選手は、およそ3週間前の練習でバーベルを右ひざの上に落として筋肉を損傷し、それ以来、120キロはおろか、まともな練習さえできなかったといいます。

痛み止めを2錠飲んで臨んだという2回目のオリンピック。
いつもは大会でも冷静なことが多い安藤選手の表情が、明らかに異なっていました。
まさに鬼気迫る形相。

そして、バーベルを上げる直前には叫び声をあげました。
「ファイティーン」というこの叫び、こちらもふだんの大会では行わないものでしたが韓国での練習で行っていたルーティンだったといいます。

韓国は、リオデジャネイロオリンピックのあと、安藤選手が日本で教わっていたコーチを頼り単身、渡った場所です。
レベルの高い韓国を練習拠点にするのは日本のウエイトリフティング界では異例でひとり技術を磨いていきました。
新型コロナの影響で去年2月に帰国を余儀なくされましたが、「1人で何でもやらなければならなかった。自立ができたしメンタル強化にもなった」と確かな自信をつかんでいました。

最大の目標としていた自国開催のオリンピックの舞台で訪れた最大の危機。ここで韓国で磨いてきた「自立心」が生きました。

前半、苦手のスナッチで3位まで2キロ差につけ、メダルが視野に入った後半2回目。直前まで練習できていなかった120キロは失敗でしたが、肩まで上げて立てたことに一定の手応えをつかみました。

そして3回目の同じ重量。挙げればメダル獲得に大きく近づき、失敗すればメダルが消滅する、まさに勝負の1回でした。

「焦らずいこう。そもそも出来て当たり前、こんな重量、挙げられないわけがない」。
きょう一番の叫び声、「ファイティーン」がホールに響き渡りました。
成功。
メダル獲得を確信した安藤選手は「感極まって」その場に崩れ落ちました。
ここまで感情をむき出しにする安藤選手の姿を見たことはありませんでした。

「孤高の道」を経てつかんだ初のメダル。

今大会を最後に現役引退した三宅宏実選手が2大会連続で獲得してきた日本女子のメダルをしっかりと引き継ぎました。

しかし、合計214キロはみずからの日本記録より12キロも軽い重量です。足を引きずりながら現れたインタビューエリアで「誇れる結果ではない」と話した安藤選手。
すぐにいつもの冷静な表情に戻り目線と気持ちはすでに3年後のパリへ向いていました。