マイホーム 買った地域は “浸水”エリア

マイホーム 買った地域は “浸水”エリア
「災害ばかり気にしていられませんから」
「安く新居を買うならここしかない」
住民のことばに割り切れない思いを抱きました。

そこはつい3年前、5メートル近く浸水した町。これからマイホームを建てようとしている人も、もう建てたという人にも、知ってほしい現実があります。
あのときと同じような被害を繰り返さないために。
(岡山放送局記者 周英煥)

浸水エリアに新たな住民?

私は社会人になりたての4年前、岡山県に赴任しました。
岡山は雨が少なく「晴れの国」とも呼ばれています。

ようやく仕事にも慣れ始めていたころ、その「晴れの国」で平成最悪の豪雨災害ともいわれる水害が起きました。西日本豪雨です。
中でも大きな被害を受けた倉敷市真備町では、町の面積のおよそ3割が水に浸かり5400棟の住宅が全半壊しました。
最愛の家族や友人を亡くした人、わが家を再建できずふるさとを離れた人、人口が流出して追い込まれる地元の商店、再開できない地域のコミュニティー…。
「まさかこんなことに」
そう思いながら日常が一変してしまった町で取材を続けてきました。

あの日から、ことしで3年です。
いまでは住まいの再建も進み、商店など町の機能も回復しつつあります。
復興が進む中、ある話を耳にしました。

「浸水した場所に新居を買って移り住んでくる人が増えているようだ」
災害で人口が流出した町にとって、新たな住民は地域のにぎわいにつながります。
私も率直に明るい話題だと感じました。
しかし真備町では、いまも決壊した堤防や河川の工事などが続けられています。
複数の川が合流している地形上、水害のリスクを完全になくすことは難しいといわれています。
なぜいま浸水した場所にマイホームを?
そもそも住むことに不安はないのか?疑問がわいてきました。

新たな住民の話が聞きたい。そう思い、取材を始めました。

転入住民を独自調査 見えてきた全体像

そもそも真備町に新たに移り住んできた人はどれくらいいるのか…。
自治体に聞くと「被災した住民が町外の仮設住宅などから戻ってきたのか、別の自治体から引っ越してきた新たな住民なのか、調べるのは難しい」という回答でした。

ならば自分で調べるしかない。
手がかりにしたのが、法務局などで誰でも閲覧や取得ができる、土地の登記簿です。
登記簿には土地の所有者の情報などが記載されています。
これをもとに豪雨後、真備町以外の住所の人が新たに購入した宅地を調べていきました。
調べてみるとその数は77件も。正直、想像以上の数でした。
そしてその場所を1か所ずつ訪れ、実際に豪雨の後に移り住んできたのかどうか尋ねて回りました。
その結果、話を聞くことができただけでも22世帯が新居を購入して移り住んでいたことが、初めてわかったのです。
私にとって、大きな驚きでした。これだけの人が真備町にマイホームを買う背景は何なのか。ますます疑問が深まりました。

新たな住民転入の背景は地価の下落

取材を進めると、1人の男性が取材に応じてくれることに。
男性はスマートフォンに数えきれないほど保存された家族写真を見せながら、移り住んだ理由を聞かせてくれました。
真備町に移り住んだ男性
「いまは妻と2人の娘と4人暮らしです。ことしで3歳と1歳。広い庭でのびのび遊ばせたいと考えて一戸建てに住みたいと思いました。でも予算的にどこも難しく、水害で土地の値段が下がっていたここ(真備町)しかないかなと」
男性がマイホームを買った大きな理由にあげたのは、土地の値段の安さでした。
真備町は豪雨によって、地価が一時、全国で最大の下落率を記録していました。
購入したのは、4LDKの庭付きの中古物件です。2階まで浸水し、以前の住民は転居していました。

値段は土地と建物をあわせて800万円で、リフォーム代を加えても、もともと住んでいた地域の相場より4割も安かったといいます。

男性は50代で、月収は27万円ほど。長期間のローンを組むことは避けたいと考え、たどりついたのが真備町の物件だったのです。
さらにどうしても気になっていた、あの疑問も尋ねてみました。

浸水した場所で暮らすことに不安はありませんか?
真備町に移り住んだ男性
「家族の幸せが一番なので、それを壊す水害は困ります。でも災害ばかり気にしているわけにもいきません。のびのび子育てできる場所を見つけることも大切です。水害の危険を理由に、安く手に入る物件に住まないというのは考えづらいです」
男性はハザードマップを確認した上で自宅に水害の保険をかけたといいます。
いつか水害にあうかもしれないというリスクは、ある程度受け入れざるを得ないということでした。
災害ばかりを気にするわけにはいかない。
男性が語ったのは、将来のリスクと目の前にある家族の幸せをてんびんにかける難しい判断でした。

こうした新たな住民の転入を地元の人たちはどう感じているのか知りたくなりました。

被災住民は複雑な思いも…

訪ねたのは5メートル近くの高さまで浸水した地区で自治会長を務める東末明さんです。
この地区では19世帯が暮らしていましたが、豪雨のあと半数近くにあたる9世帯がもとの場所での再建を諦めました。
中には再び水害が起きるかもしれないと、恐怖心からふるさとを離れる決断をした人も少なくないといいます。

だからこそ東さんは、新たな住民を大いに歓迎しています。
人口が流出した地域の復興に欠かせない存在でもあるからです。

一方で心配しているのは、地域の防災活動への影響です。

地区では住民の理解を得て、豪雨の経験をもとにした自治会独自の防災計画を作成しました。いざというときは、住民どうしで協力して安否を確認し避難する計画です。
水害を経験していない新たな住民から理解を得られるか。自分たちの危機感を共有できるだろうか。東さんは新たな住民の転入を喜びながらも、不安を拭えずにいました。
東さん
「水害の怖さを知ったからこそ防災の大切さがわかったという住民も少なくないです。新たな住民から防災計画への協力が得られなければ、再び水害が起きた時に命を守れなくなるかもしれません。にぎわいが戻ってまずはうれしいですが、今後の不安も感じます」

十分進まない備え

東さんが懸念する住民どうしの危機感の差はどれくらい広がっているのか。
私は新たな住民と被災した住民に、防災意識などを尋ねるアンケートを行いました。
その結果です。
豪雨で被災した住民は住んでいる場所の水害の危険性について「危ないと思う」または「少し危ないと思う」と回答したのは、77.2%に上りました。
Q 住んでいる場所の水害の危険性についてどう感じますか?

A「危ないと思う」「少し危ないと思う」と回答した割合
・被災した住民……77.2%
・新たな住民………36.3%
一方で被災していない新たな住民のうち同様の回答をしたのは、なんと36.3%にとどまっていたのです。
水害リスクの認識に住民の間で大きな差が生まれていることがわかってきました。

さらに新たな住民に尋ねました。
Q 実施している水害の備えは?(複数回答)

A 「保険に加入している」………63.6%
 「避難場所や経路の確認」……36.3%
 「非常食や水の備蓄」…………31.8%
 「ハザードマップの確認」……22.7%
 「防災訓練への参加」…………18.1%
 「特にない」……………………18.1%
避難場所やルートを確認したと答えたのは36.3%で、ハザードマップを確認したという回答は22.7%にとどまりました。

結果からは、新たな住民の中では必ずしも十分に水害への備えが進められていない実態が浮かび上がりました。

「浸水工リアの人口増は全国で」

真備町だけではありません。
実は浸水リスクの高い地域に暮らす人は全国で増えているのです。

山梨大学大学院の秦康範准教授は、平成27年までの20年間に浸水リスクの高い地域で世帯や人口がどのように変化しているか調査しました。
その結果、すべての都道府県でこうした地域で暮らす世帯数が増加していることがわかりました。数にして1500万世帯、3500万人です。

こうした状況で命を守るにはどうすればいいのか。
秦 准教授
「浸水リスクの高い地域は比較的値段も安く各地で住民が増えていますが、直ちに居住を制限することは簡単ではありません。危険があるところに多くの人が住んでいることを前提に、ハザードマップの周知方法など、これまで以上にリスクの伝え方に知恵を絞らなければなりません」

「100%の安全なんてない」

豪雨の取材で、何度も耳にしてきたのが「まさかここで水害が起きるなんて」ということばでした。

それは私も同じです。
心のどこかで「たぶん大丈夫だろう」と考え、災害が起こって初めてその危険性に気づかされました。
でもそのリスクはハザードマップなどで事前に示されていたのです。
被災した自治会長の東さんは、あの日の経験から「100%の安全なんてないということを痛感した」と話してくれました。
ことしも大雨や土砂崩れなどの被害が各地で起きています。
自分や大切な人のために地域の災害リスクを正しく知り、備え続けることが大事だと思いました。

あなたの備えは、十分ですか?
岡山放送局記者
周 英煥
2017年入局
2年目のときに
西日本豪雨が発生
遺族や住宅の再建などを継続的に取材