ビジネス特集

水素で船が動くんだって

「水素の船」と聞いてどんなイメージが浮かびますか? ちゃんと動くの? 危なくないの? 私はこんなことを思いました。そうした課題をクリアしながら国内で初めて、水素を燃料にした旅客船を広島県尾道市の造船会社が開発しました。船の分野でも、脱炭素は加速するのでしょうか。
(広島放送局福山支局 後藤祐輔)

瀬戸内海で誕生した水素船

国内初の水素を燃料にする旅客船「ハイドロびんご」。船名は、燃料の“水素”と、船が作られた“備後地域”からつけられました。重さ19トン、定員82人と小型の船で、遊覧船として使うことが検討されています。

開発期間は2年。ことし7月に公的な検査に合格し、客を乗せて走行できるという“お墨付き”を得ました。

6月下旬、沖で行われた試運転。私は伴走する船に乗って取材しました。水素を燃料にしても、速度は時速40キロと、同じ大きさの船と見劣りしないスピードに驚きました。

“環境対策”と“実用性” 両立の壁

開発したのは、瀬戸内海に面した広島県尾道市にある従業員およそ50人の「ツネイシクラフト&ファシリティーズ」。造船大手「常石造船」を傘下に持つツネイシホールディングスのグループ会社で、旅客船や漁船、官公庁の調査船など小型船の建造が専門です。

この会社は東日本大震災をきっかけに環境対策への意識を強め、10年ほど前から電力を動力源にモーターで動く船を4隻建造。大阪や富山で遊覧船として活躍しています。しかし、離島航路など長い距離を走らせようとすると、電力をためるための大きなバッテリーを船に積まなければならず、乗客の定員数を減らすことにつながってしまいます。

さらに、速度が出ないという課題も浮き彫りになりました。こうした「二酸化炭素の削減」と「船の実用性」の両立が長年の課題でした。

こうした課題を解決するため、次に取り組んだのが、水素の活用でした。2014年に、トヨタ自動車が水素を動力源にした燃料電池車を実用化。これをきっかけに、水素の利用が広がり、社会インフラの整備も進むのではないかと考えたのです。
造船会社 神原潤社長
「当初、水素が普及できるかは半信半疑だったが、燃料電池車の動きを見て水素社会が本腰をあげて私たちの生活に溶け込んでいくんだろうと考えた。実現性のある船づくりとして、水素が次のエネルギー源として有望だと思った」

水素と軽油 まずは“混焼”

燃焼する際に二酸化炭素を出さず「究極のクリーンエネルギー」とも言われる水素。一方で、技術的な扱いは難しく船舶用の水素燃料エンジンはまだ実用化されていません。
水素と軽油を一緒に燃やすエンジン
この会社が水素技術を得る足がかりとして選んだのは、水素だけでなく、一般的な燃料の軽油を一緒に燃やす“混焼”という方法でした。

水素は軽くて密度が低い分、体積が大きくなるという特徴があります。水素だけで走ろうとすると巨大なタンクが必要ですが、混焼エンジンであればタンクに場所をとられず乗客のスペースも確保できます。

さらに、この方法であれば、水素がなくなっても、もう1つの燃料である軽油だけで走行できます。水素を供給するインフラの整備が進んでいないという課題にも対応できます。

エンジンは、欧州で導入実績があるベルギーの海運会社から調達しました。燃料に占める水素の割合は最大50%。これによって、二酸化炭素の排出量を従来の半分に減らすことができるといいます。

安全確保 どうするか

また、「燃えやすい」という水素の性質から、搭載するタンクの安全性の確保にも取り組みました。

ただ、水素を発電のための燃料とする「燃料電池船」についての国のガイドラインはあるものの、今回のように直接水素を燃やしてエンジンを動かす船の厳密なルールは設けられていません。

水素タンクをどこに積み、ガス漏れのリスクをどう回避するか。万が一漏れた場合、どう対処するか。船の設計段階から協議を繰り返しました。

水素が入ったタンクは、交換が容易にでき、乗客や乗員と離れた位置の最後部に設置。ガス漏れが発生した場合は操縦席に警告が示され、自動的に船が停止する仕組みにしました。
最後部に設置した水素タンク
さらに、ガス漏れが起きた場合は、船内にガスが滞留しない仕組みも作りました。配管を二重構造にし、内側の配管が損傷してもガスが外側の配管を通って、船の外に飛散するようにしました。

この造船会社では、さまざまな船の大きさや運航する距離に対応できるよう、水素以外にもアンモニアやLNGといった次世代エネルギーを使う研究開発を進めたいとしています。
神原社長
「水素100%の船や、また別のエネルギーで動く船を造る次のステップにつながる大きな一歩がここで踏めた。2030年や2050年を見据えた船づくりというものに、ますます取り組んでいきたい」

脱炭素が進みにくい事情も

こうした脱炭素への取り組み、造船業界全体でも課題となっています。政府は温室効果ガスの排出量を2030年度に向けて2013年度と比べて46%削減するという目標を示しています。
国内の運輸関連の二酸化炭素の排出量は、自動車が86.2%。旅客船や貨物船など(内航船)は4.9%と、鉄道や航空とほぼ同じ割合を占めています。

内航船をめぐっては、国土交通省で有識者や業界団体を交えて、次世代船舶の開発などに向けた議論が今年度からようやく始まりました。

内航船には対策が進みにくい事情があります。中小規模の事業者が多く、環境分野の設備投資や開発まで手が回らないのです。

さらに、船舶は作ってから売るのではなく、船主からの依頼を受けてから作る「オーダーメード」が基本です。船舶の建造費用は、1隻当たり数億円から数十億円かかり、環境性能を高めたとしてもコストが上乗せされるため、船主からの受注につながるかは分からないといいます。

技術力で“波”に乗れるか

この「ハイドロびんご」も、建造費用は従来の船の1.5倍と割高です。費用の一部は広島県の補助金を活用しましたが、大半は自費です。

市場の開拓のため、まずは自分たちで船を作る。今回は、発注がこないのならば自分たちですればいいと、この造船会社がベルギーの海運会社と共同で新たな会社を設立し、みずからが船主となりました。

最終的に、この船の運航には国がいったん関わることになりました。環境省の事業の一環として、山口県にある化学メーカーの工場から排出される水素の活用方法を検証するために使われます。その後は、民間企業が関わる形で、遊覧船として活用することが検討されています。
人を乗せたり貨物を運んだりと重要な役割を持つ船舶。水素をはじめとした新エネルギーを活用できるかは、業界全体、そして取り組みを支援する行政がいかに足並みをそろえるかにかかっていると感じました。

かつて「造船大国」といわれた日本の技術力を発揮し、世界的に大きなうねりとなる「脱炭素」の波に乗りきれるか、今後に注目したいと思います。
広島放送局記者
後藤祐輔
平成24年入局
さいたま局と鹿児島局を経て去年秋から広島局福山支局

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