オリンピック スケートボード 西矢が最年少13歳で金 中山が銅

スケートボードの女子ストリートで13歳の西矢椛選手が日本選手で史上最年少となる金メダルを獲得しました。また、16歳の中山楓奈選手が銅メダルを獲得し、東京オリンピックの新競技で2人の10代のメダリストが誕生しました。

東京 江東区の有明アーバンスポーツパークで行われたスケートボードの女子ストリートの決勝には、世界ランキング11位の中山選手が予選トップで、世界5位の西矢選手が予選2位、世界3位で19歳の西村碧莉選手が予選5位で決勝に進みました。

ストリートは、街中のようなコースで行われ、
▽45秒の間に何回も技を繰り出す「ラン」を2回、
▽一発の大技で勝負する「ベストトリック」を5回行い、
得点の高い4回の合計点で競います。

このうち西矢選手は2回の「ラン」を終えた時点で3位でしたが、「ベストトリック」の3回目で4.15の高得点をマークし、続く4回目もボードを回転させながら手すりに飛び乗りボードを滑らせる大技、「ビッグスピンボードスライド」を決めるなど勢いある滑りを見せ、得点を15.26として金メダルを獲得しました。

西矢選手は13歳10か月での金メダル獲得で、1992年のバルセロナ大会で金メダルを獲得した競泳の岩崎恭子さんの14歳0か月を抜いて、日本選手で史上最年少のメダル獲得となりました。

また、中山選手も「ベストトリック」の2回目で5.00と高得点をマークするなど合計で14.49として銅メダルを獲得し、東京オリンピックの新競技で2人の10代のメダリストが誕生しました。

西村選手は「ベストトリック」で得点を伸ばせず8位でした。

銀メダルはブラジルの13歳、ライッサ・レアウ選手でした。

スケートボードは25日の男子ストリートの堀米雄斗選手の金メダルに続いて、男女での金メダル獲得となりました。

金メダルの西矢 “負けず嫌い”の一面も

女子ストリートで金メダルを獲得した西矢選手。13歳10か月でのオリンピックのメダル獲得は、日本選手で史上最年少となりました。

「笑顔で楽しく滑りきりたい」

西矢選手は東京オリンピックでの目標を聞かれると、いつもこう答えます。しかしその笑顔の裏には、アスリートにはなくてはならない負けず嫌いな一面も持っていると周囲は言います。

6月に行われたストリートの世界選手権。西矢選手はこのオリンピックの前哨戦で安定した滑りで2位に入り、東京大会への出場を確実としました。表彰台では持ち前の笑顔を見せていましたが、優勝した6歳年上の西村碧莉選手の目には西矢選手がこう映っていました。

「表彰式で椛は悔しがっていた。頑張っているのがすごい伝わってくる」

さらに日本代表の西川隆監督も「シャイだけど、意外とものおじしないし、負けず嫌い」と評します。この気持ちの強さが、大一番で力を発揮する大きな要因となっています。

2019年には世界最高峰の大会「Xゲーム」で準優勝。そしてことしの世界選手権でも準優勝と、急成長を見せ続ける13歳。「夢の舞台」だという東京オリンピックで歴史に名を刻みました。

西矢椛「周りが励ましてくれてうれしかった」

西矢選手は、競技が終わった直後のインタビューで「途中までは勝てないと思っていたけど、周りが励ましてくれてうれしかった。最初はそんなだったけど、途中からできたと思います」と振り返りました。

日本選手で史上最年少となる13歳10か月での金メダル獲得となったことについて「記録だと思うのでうれしいです」と満面の笑みを浮かべながらこたえていました。

このあとの記者会見で西矢選手は、はじめに「うれしいです」とひと言、はにかみながら答えました。

中学2年生の西矢選手は、学校の友達から『頑張って』『応援しているよ』というメッセージを受け取っていたことを明かし、友達に向けて「頑張って金メダルとったよ」とメッセージを送っていました。

日本選手で史上最年少のメダリストになったことの感想を尋ねられると「年齢は関係ないと思う」と淡々と答えました。

メダルを置く場所については「自宅のリビングに飾りたい」と話し、家族と過ごす場所に飾る予定だと、うれしそうに話していました。

銅メダルの中山 自分のスタイル崩さず

銅メダルを獲得した16歳の中山楓奈選手。「自分のやりたい技を成功させたい」と臨んだ富山県の高校1年生が、オリンピックの舞台で大きく飛躍しました。

9歳で本格的に競技を始めた中山選手がこだわりを持つ得意技は、車輪をつなぐ金属部分を段差などに滑らせる「グラインド」と呼ばれる技。

おととしの日本選手権ではこの得意のグラインドを次々と決めて、13歳にして初優勝を果たし、一気に脚光を浴びました。このときから中山選手は「これからの目標は東京オリンピックを目指すこと。そのためにレールに乗る技の種類を増やしたい」と先を見据えていました。

その後の国際大会でも上位に進出するなど、急成長を見せ、先月の世界選手権では中山選手の持ち味の大技、ボードを斜めにかけて滑らせる「フロントサイドKグラインド」を成功させるなどして6位に食い込み、東京大会への切符をつかみました。

「終わったあとに悔しいとか、こうしておけばよかったとか、思わない滑りをしたい」と臨んだオリンピック本番。
予選では大きい手すりを使ってボードの先端を滑らせる技などを次々と成功させ、トップで決勝に進出。
「めっちゃ緊張しました」と話した一方で、「決勝では自分のやりたい技を決めたいです」と自分のスタイルを崩すことはありませんでした。

世界ランキング11位からのオリンピックでのメダル獲得。悔いを残さない「自分の滑り」で、メダル獲得を果たしました。

中山楓奈「いちばん見せたい技をできた」

中山選手は、表彰式後のインタビューで「全然実感はないですけど、とてもうれしいです。まずは決勝にあがれるかでドキドキしていたけど、決勝にあがれて、メダルもとれてうれしい」と喜びをかみしめました。

決勝のベストトリックの2回目で決めた持ち味の「フロントサイドKグラインド」について「自分がいちばん見せたい技です。やりたい技をできました」と話していました。

このあとの会見で、中山選手は「メダルをとれてとてもうれしい」と話し、新競技でのメダル獲得に喜びをあらわにしました。

日本での開催で、日本の選手がメダルを獲得したことを受け、海外のメディアから「日本のスケーターの置かれた環境は厳しいと聞く。それは変わるべきだと思うか」と尋ねられると「もっと日本にスケートパークが増えてくれたらいいなと思います」と応じ、練習ができる環境が増えていくことに期待を寄せていました。

25日に男子ストリートで金メダルを獲得した堀米雄斗選手の活躍については「難しい技を本番で決めて1位になっていて とてもすごいなと感じ、私も頑張ろうと思いました」と話し、前日の掘米選手の金メダルに刺激を受けていたことを明かしました。

西矢の練習拠点の運動施設では

大阪 松原市出身の西矢選手は、小学生のころから父親や母親に連れられて、市内の運動施設「スポーツパークまつばら」のスケートボード場で練習をしてきたということです。

26日は施設のスタッフが事務所で中継を見守っていたということで、施設の支配人の太健二さんは、西矢選手の金メダルについて「驚きや喜びを超えて信じられず、ことばが出なかった」と振り返っていました。

施設では、オリンピックが近づいても西矢選手に過度なプレッシャーをかけないように「ふだんどおりにふるまおう」とスタッフで声をかけ合っていたということで、7月中旬、西矢選手がオリンピック前に最後に練習で訪れた際も「いってらっしゃい」と送り出したということです。

太支配人は「まずはおめでとうとお疲れさまという気持ちがいちばんですが、こんなに身近にいる存在が東京オリンピックで金メダルをとったということで、そこに関わることができたという感謝の気持ちもいっぱいです。帰ってきたら、盛大にお祝いをしてあげたいです」と話していました。

同じ施設でスケードボードを練習している15歳の男子高校生は「家でソファに座って見ていたが、気づいたら立ち上がってテレビに向かって叫んでいました。序盤で失敗はしていたものの、失敗を生かして大きな成功につなげると信じていました。今度、このスケートボード場で会ったときは『おめでとう』と声をかけたいです」と話していました。

中山の祖父「努力が報われた」

富山市出身の中山選手の祖父の藤丸正義さんは「競技の前に楓奈から電話がかかってきて、楽しんで滑ってこいとことばをかけました。納得するまで技を練習し、天才型ではなく、練習で身につけるタイプなので、その努力が報われたと思っています。おめでとう、頑張ってくれたと伝えたいです」と話していました。