岩手 大槌町 震災で犠牲の職員 当時の状況調査 報告書を公表

東日本大震災で多くの役場職員が犠牲になった岩手県大槌町で震災から10年を経て亡くなった職員一人一人の当時の状況について調査結果がまとめられ、21日報告書が公表されました。

10年前の東日本大震災で大槌町では、庁舎前で災害対応にあたっていた職員など合わせて40人が犠牲になりました。

町は、家族がどんな状況で亡くなったのか知りたいとの要望が2年前に遺族から出されたことを受けて職員などに聞き取り調査を行い、21日報告書を公表しました。
平野公三町長は「報告書は、声を上げてくれたご遺族とつらい気持ちをおして聞き取りに応じてくれた職員が共同でつくり上げたものです。大槌のような悲しく苦しい出来事が起こらないよう願い、教訓を残していきたい」と述べました。
報告書は109ページの冊子にまとめられ、地震が起きてから津波に襲われるまでの職員の行動を写真や証言をもとに時系列でまとめたほか、職員の最期の目撃情報が一人一人書かれています。

そして、同僚たちが思い出を振り返りながら亡くなった職員をしのぶパートで締めくくられています。

町は冊子を1000部発行し、広く教訓にしてもらいたいと県内の自治体などに配るほか、来月からはインターネットでも閲覧できるようにするということです。

当時26歳の娘を亡くした小笠原人志さんは「町には初めて真剣に向き合ってもらったと感じている。勇気を持って証言してくださった職員には本当に感謝したい」と話していました。

報告書の経緯と詳細

大槌町はこれまでに平成25年度と平成28年度の2度にわたって震災の対応について検証し、報告書にまとめました。

また、多くの職員が亡くなった庁舎周辺の状況について調査し、おととし記録誌を発行しましたが、いずれも亡くなった職員一人一人の当時の状況を具体的に明らかにするものではありませんでした。

今回まとめられた報告書は、当時の職員や町民などおよそ70人に聞き取りを要請し、応じてくれた56人の証言をもとに書かれています。

タイトルの「大槌町役場職員」は、震災で命を落とした職員も生き残った職員も、同じ志で地域に仕える職員という意味が込められています。

報告書は4つの章立てで構成され、このうち第1章は地震発生から津波が庁舎を襲うまでのそれぞれの職員の行動について写真や証言をもとに時系列で細かく再現しています。

第2章では、職員が最後に目撃された場所を時刻とともに一人一人地図上で示し、所属していた部署ごとに目撃状況がどのようなものだったかまとめています。

そして第3章では、今回の調査で集められた証言や専門家の知見をもとに被害が拡大した原因について改めて検証していて、当時の地域防災計画では津波警報が出されていても浸水するおそれがある町役場に職員が参集することになっていたことや、周辺で津波が到達した情報を災害対策本部で集約できなかったことなど6つの要因を指摘しています。

最後の第4章では、同僚たちから亡くなった職員へ「背中で語る姿。一生忘れません」などと追悼の思いが寄せられ、職場での仕事ぶりのほか旅行や飲み会といった集まりでの様子などが書かれています。

遺族「初めて真剣に向き合ってもらった」

町に調査を要望した遺族のひとり、小笠原人志さんは、最愛の娘の裕香さん(当時26)を亡くしました。

小笠原さんは、「職員が亡くなった当時の状況を説明することは雇用主である町の責任だと訴えてきました。すべての遺族にとって納得できる内容ではないかもしれませんが、初めて真剣に向き合ってもらったと思います」と一定の評価をしました。

そのうえで、「勇気をもって証言をしてくださった職員に本当に感謝したいです。さまざまな思いの中で、証言できないという人がいたのは仕方がないし、負担をかけてしまって申し訳ないと思います」と話していました。
調査を要望したもうひとりの遺族の前川壽子さんは、夫の正志さん(当時52歳)を亡くしました。

正志さんは庁舎前で津波に流され、職員が助けようとしましたが、命を落としました。

前川さんは、今回の報告書を読み、職員たちが庁舎の屋上から垂れ幕を投げるなどして夫を助けようとしていた様子や職員の名前を初めて詳しく知ることができたといいます。

前川さんは「10年がたち、当時のことがようやく詳しくわかり、ありがたいです。大切な人がいなくなり、遺影に話しかけても声が聞こえないことはすごくつらいですが、ほかの自治体にはこの冊子を教訓に同じことが起こらないようにしてもらいたいです」と話していました。