兵庫 明石 11人死亡の歩道橋事故から20年 「事故忘れないで」

兵庫県明石市の歩道橋で花火大会の見物客が折り重なるように倒れ、11人が死亡した事故から21日で20年です。現場では事故の教訓を伝えるため、市の新人職員を対象にした研修会が開かれました。

平成13年7月21日、兵庫県明石市の歩道橋で、花火大会の見物客が混雑のなか折り重なって倒れ、幼い子ども9人を含む11人が亡くなり、およそ250人がけがをしました。

事故から21日で20年となり、花火大会を主催した明石市は教訓を伝えるため、事故の現場で、新人職員23人を対象に研修を行いました。

この中で、事故で当時2歳だった次男の智仁ちゃんを亡くした神戸市の下村誠治さん(63)が、「事故があったことを忘れないでください。安全のために自分ができることを考えてしっかりやってもらい少しでも優しい社会になってほしい」と訴えました。

さらに下村さんは、「事故があった年に生まれた人が社会人となり、20年の時の経過を感じますが、当日のことは現場に来ると鮮明に思い出します。事故の当事者である明石市の職員は、安全安心を発信する立場にあると思います。遺族がいなくなっても明石市には発信を続けてほしいですし、それが継承できるようにこれからも活動を続けていきます」と話していました。

参加した男性職員は「下村さんの腕の中でお子さんが亡くなったという話を聞いて悲しい気持ちになりました。安全について気をつけすぎるということはないので、小さいことから何でも提案していきたいと思います」と話していました。

「もし天国で会うことがあれば『ごめんね』と伝えたい」

20年前の歩道橋の事故で、2人の子どもを亡くした62歳の男性は、花火大会に子どもたちを連れて行ったことにいまも責任を感じ「もし天国で会うことがあれば『ごめんね』と伝えたい」と話しました。

明石市の有馬正春さん(62)は小学4年生の長女・千春さん(当時9)と、2年生の長男・大さん(当時7)を事故で亡くしました。

20年前の事故当日は小学校の夏休みの初日で、家族4人で花火大会に向かっていて、事故に巻き込まれました。

歩道橋は人が密集し、体が宙に浮き上がるような状態で、急に後ろから強く押されて多くの人が倒れ、千春さんと大さんが下敷きになったということです。

2人は仲のよいきょうだいで、有馬さんは事故の前の「父の日」に、2人が贈ってくれた、手作りのポケットティッシュ入れとカード入れを今も大切に使っています。

有馬さんは「今でも行かなければよかったと思っているし、子どもが亡くなったことは連れて行ったわれわれにも責任があると思っている。もし天国で会うことがあれば『ごめんね』と伝えたいです」と話しました。

そして「こうした事故があったことを忘れずに、イベントを開くときは安全対策を立ててほしいと思います。みんな楽しむために出かけていますし、人の命がかかっています」と話していました。