悪質いじめ「僕は“実名・顔出し”で闘う」

悪質いじめ「僕は“実名・顔出し”で闘う」
中学時代、同級生たちから悪質ないじめを受けて重度のPTSD(=心的外傷後ストレス障害)になったという佐賀県鳥栖市の佐藤和威さん(22歳)。同級生や市などに損害賠償を求める訴えを起こし、裁判の過程で、それまで伏せていた名前を明かし、素顔で臨むことを決断しました。その思いとは。
(佐賀放送局ディレクター 栗山愛由/記者 渡邉千恵)

壮絶ないじめ PTSDと診断

ことし6月13日、22歳の誕生日を迎えた佐藤和威さん。

プレゼントを開けるために家族がはさみを取り出すと、佐藤さんは、顔をそむけました。中学時代に受けたいじめの影響で、はさみを見ると恐怖を感じるのです。
佐藤さん
「当時、カッターナイフ、はさみで脅されたりして、それから無理になりました。僕、持てないんですよ。日常生活ではさみ使わないって相当やばいなあって思う」
佐藤さんは、医者からPTSDと診断されています。前触れもなくいじめられていた当時に引き戻され、自分のコントロールができないままに、いつのまにか自殺をしようとしてしまうことがあるほどです。

佐藤さんがいじめを受けたのは、2012年。中学入学前の春休み、幼い女の子をエアガンで撃っている男の子を止めようとした佐藤さん。入学後、たまたま同じクラスになったこの生徒と仲間たちから、いじめを受けるようになったと言います。

たたかれる、蹴られる。エアガンで集中的に撃たれる、刃物を首や顔に突きつけられる、殺虫剤を顔にかけられる。

金銭も要求されるようになり、脳梗塞で倒れた母のために保管されていたお金にも手を付けざるをえない状況に追い込まれ、佐藤さんは、100万円ほどを同級生に渡したと言います。

“自分が自分でなくなっていく”

心優しく快活だった佐藤さん。しかし、いじめを受けるようになってからはカメラを向けられても笑わなくなっていきました。
当時の母親の日記には、日に日に募っていく不安が記されています。
佐藤さんの母親の日記より
「和くんがいつのまにか遊びに行ってた。勉強をまったくしなくなったと聞く。変わった気がする」(2012年4月22日)

「和、吐く。食あたり?具合悪いくせに友人と出る。あきれて主人怒る」(同年9月2日)

「(太ももまわりなどのあざについて)ニキビのようなかんじを思ってたらちがった。なんで?こわくなる」(同年9月13日)
佐藤さんは、自分が失われていくような感覚だったと振り返ります。
佐藤さん
「やがて痛みを感じなくなり、撃たれたエアガンの弾が体をすり抜けていくような感覚になった。自分が壊されて、自分が自分でなくなっていったのだと思う」
しかし、親や教師には相談できずにいました。同級生からの仕返しを恐れていたのです。

また、暴力を受けているときに目が合った担任が、助けてくれなかったと感じ、不信感も増していたと言います。

ようやく明るみに“犯罪に等しい”

半年余りたってようやくいじめが明るみに出ます。クラスの中でお金を要求している人がいると、同級生が担任に報告したのがきっかけでした。

学校は聞き取り調査を開始し、翌年3月、鳥栖市教育委員会は保護者説明会と記者会見を開きます。
学校と市はいじめがあったことを認め、天野昌明教育長は、「いじめを通り越して犯罪に等しいと思っている。早期に発見できず誠に申し訳ない」と謝罪しました。

そして、同級生たちを3日間の「別室登校」としたほか、半年間いじめを発見できなかったとして、校長や担任らを厳重注意処分としました。

すでに学校に通えなくなっていた佐藤さん。

なぜ、いじめが起き、なぜ、長期間気づいてもらえなかったのか。学校により詳細な調査を行うよう求めますが、納得のいく答えは返ってきませんでした。
佐藤さんは、同級生8人や市などに対し、損害賠償を求める裁判を起こします。

一転した主張

このころにはすでにPTSDと診断されていましたが、佐藤さんは、裁判には毎回、足を運びました。

しかし、聞こえてくるのは、同級生たちの反論ばかり。
「『プロレスごっこ』の延長だった」

「ちょっかいのつもりだった」

「お金は『あげる』と言われた」
さらに衝撃的だったのは、鳥栖市の主張でした。

「同級生たちの行為は、悪ふざけ、ちょっかいに当たる軽微なもの」

一転、いじめを認めなかったのです。佐藤さんは、絶望的な気持ちになったといいます。
迎えたおととし12月の一審判決。佐賀地方裁判所は、佐藤さんが主張した「いじめ」の多くは「中学生男子間の悪ふざけ・いたずら」としました。

特に同級生側が主張する『プロレスごっこ』については、「男子中学生が格闘技をまねた身体的接触を伴う遊びは珍しくなく、一定の苦痛を受けることを承諾していたと言える」とその主張をそのまま認めたともとれる内容でした。

佐藤さんに不法行為を行ったとして慰謝料の支払いを命じられたのは、同級生2人だけ。

市については、「教諭がいじめを認識していたとも、認識できたとも認められない」として、退けられました。

「隠れるつもりはない」

佐藤さんにとって厳しい内容となった1審判決。ある決意を固めていました。

顔と名前を公表して、記者会見に臨むことです。

いじめの被害にあったという本人が、顔と名前を出して会見するのは、異例のこと。私たち取材陣は前日まで「佐藤さんの体調や判決によっては、匿名で顔も出さない可能性もある」と弁護士から伝えられていました。

しかし当日、佐藤さんは迷いや不安を抱えながらもしっかりと前を向きました。
佐藤さん
「間違ったことはしていないので、隠れるつもりはない。これで終わりじゃないから、当時の自分のためだけじゃなくて、似たような境遇の子たちの支えになりたい」
佐藤さんは控訴し、闘い続けることを決めます。

今も続くひぼう中傷

佐藤さんは現在、社会福祉士の資格をとるために、大学で勉強しています。しかし、深刻なPTSDに苦しめられる毎日です。

学生服の集団とすれちがうだけで体が硬直。プールでいじめられた経験から水にも強い恐怖を感じ、プールはもちろん湯船につかることさえできません。

さらに今も、いわれのないひぼう中傷を受けています。街なかで「まだ生きているのか」とののしられたり、家族も「うそつき」「鳥栖市の恥」ということばを浴びせられたりしていると言います。

同級生の“罪”は認められたけれど…

今月12日、福岡高等裁判所で2審の判決が言い渡されました。

裁判所は、「原告は継続的ないじめ行為で多大な精神的苦痛を受け、精神症状を発症し通院を余儀なくされた」などとして、同級生8人全員に、合わせて400万円余りの賠償を命じました。
『プロレスごっこ』について2審は「悪ふざけ、ちょっかいにあたる軽微なものしかなかったとは考えがたく、社会通念上許されるとか、不法行為が成立しないことになるとは解されない」などと指摘しました。

一方、市への訴えについては、学校の担任がいじめの発覚前に同級生たちの行為を複数回見ていたとしながらも、「いじめが行われていることをうかがわせるものとは認められない」などとして、1審と同様に退けました。

一瞬、思考が止まったかのような表情を見せた佐藤さんは、そのまま立ち上がって法廷を去りました。

同じ苦しみ抱える人のために

1時間半後。ふらつく様子で、会見場に姿を現した佐藤さん。

ゆっくりと、声を絞り出すように話し始めました。
佐藤さん
「加害者がしたことはだいたい認められて、だけど、市側の責任は認められなかった。このような判決だと、当時の自分含め、同じような被害に遭っている子は救われることはない」
教師が何もしてくれなかったために諦めてしまったと訴える佐藤さん。

判決では、いじめが行われていたこと、その現場を担任が見ていたことも認められました。

それだけに、深い心の傷になっているという当時の自分の姿が、脳裏に浮かんでいたのかもしれません。

佐藤さんは、苦しそうに、しかし、まっすぐに前を向き、こう結びました。
佐藤さん
「こういった被害を少しでも減らすことにつなげるためにも機会があれば、自分なりに声をあげていきたい」

目を背けずに向き合う

判決を受けて鳥栖市教育委員会は、「これまでの市の主張が認められたものと考えています」とコメントしました。

また、賠償を命じられた同級生8人の弁護士に取材を申し込みましたが、「個別の事案については回答していない」などとして、今月20日の時点でコメントはえられていません。

どこでも起こりうる「いじめ」。

日常に潜む芽に早く気付き、確かな対応をするために、学校は何ができるのか、しなければならないのか。社会に求められることは何か。

「こういった被害を少しでも減らす」

佐藤さんが勇気を出して訴えたことばに、私たちは目を背けずに向き合っていかなければならないと思います。
佐賀放送局ディレクター
栗山愛由
2019年入局
佐賀豪雨の被災者や発達障害の子どもたちなど生きづらさをテーマにした番組を制作。
佐賀放送局記者
渡邉千恵
2019年入局
警察・司法担当として事件事故の取材に加え校則など教育や子どもの問題を取材。