ビジネス特集

イギリス 規制撤廃は“ギャンブル”?

ワクチンの高い接種率を背景に、イギリス政府は今月19日、イングランドで新型コロナウイルスに関するほぼすべての規制の撤廃に踏み切りました。制約をなくし、経済をパンデミック以前に戻すことを目指した動きです。
しかし、規制の撤廃は、その経済を支える働き手不足を加速させ、逆に混乱を招くという懸念も出ています。一部の専門家などからは“ギャンブル”とも評されるイギリス政府の判断。経済への影響を働き手という側面から探ります。(ロンドン支局長 向井麻里)

ワクチン接種で「日常」取り戻す?

首都 ロンドンを中心に、イギリスの人口のおよそ85%を占めるイングランドで、今月19日、新型コロナウイルスの感染対策として続けられてきた規制がほぼすべて撤廃されました。屋内でのマスク着用や人数制限、人との距離の確保、在宅勤務の推奨などを取りやめて、経済や社会活動の正常化をめざします。
イギリスでは今、変異ウイルスによる感染が急拡大し、1日の感染者は5万人を超えています。
それでも、規制撤廃に踏み切った背景にあるのが、順調に進むワクチン接種です。イギリスではこれまでに18歳以上の70%近く(7月20日時点)がワクチンの接種を2回済ませています。
1日に亡くなる人の数は1000人を超えていた、ことし1月に比べると大きく減っていて、ジョンソン首相は「ワクチンの効果によって重症化は一定程度、抑えられている」と説明。ウイルスの感染拡大が懸念される秋や冬を前にした今こそ規制を撤廃するときだと訴えています。
数か月前には厳しい規制でゴーストタウンのようだった街なかは、買い物や外食を家族や友人と楽しむ人たちであふれるようになりました。

ビジネスは盛況、だけど…

しかし、経済活動の現場は大きな問題に直面しています。
働き手の不足です。
感染の拡大で陽性と確認されたり濃厚接触者になったりして、自宅での隔離を余儀なくされる人が増えているのです。
従業員がふだん通り働けなくなったことで、飲食店やスーパーの営業、さらには工場の稼働にまで影響が及んだ例が各地で相次いで伝えられています。
規制撤廃直前の今月中旬には、多くのビジネス客や観光客の玄関口となっているヒースロー空港で、スタッフおよそ100人が隔離によって出勤できなくなる事態が起こりました。
ヒースロー空港
出国前のセキュリティチェックは長い列ができ、大混乱に陥りました。空港側はあわてて別のスタッフをかき集めて対応しましたが、利用客に対する謝罪に追い込まれました。
規制撤廃によって今後、感染がさらに拡大すれば、こうしたケースはさらに増え、経済活動の支障になるとの懸念が高まっています。

もともと人手不足だったイギリス

ロンドンで複数の飲食店を経営するキーラン・スミスさんも、人手不足に不安を感じています。
春からの段階的な規制の緩和によって、大勢の人たちが外食を楽しめるようになり、ビジネスは順調です。
ただ、キッチンを担当するシェフが足りず、かき入れ時の週末に店を開けられない日もありました。人材の募集は続けていますが応募は少なく、よい人材も見つからないといいます。
店がこれまで頼りにしてきたのはイタリアやポーランド、リトアニアなどEU=ヨーロッパ連合の加盟国からの労働者です。スミスさんはすでに今、人手が足りない状況だと訴えています。
飲食店オーナー キーラン・スミスさん
スミスさん
「感染拡大とEU離脱によって、100万人を超える人がイギリスを離れたと言われています。多くは飲食業界で働いていた人たちで、シェフやバーテンダーが全く足りない状況です」

“イギリス離れ”はなぜ起きた?

EUの人たちはなぜイギリスから減ったのか。去年までイギリスで暮らしていたスペイン人のミカエラ・フェルナンデスさんに聞きました。
ミカエラさんは、働いていたカフェが感染対策で休業を余儀なくされ、去年春スペインに帰国しました。その後、イギリスには戻らないと決めました。
ミカエラさん
「パンデミックが起これば大勢の人々が亡くなります。スペインに戻ってきて、家族や故郷から離れすぎたと気付きました。仕事やお金は重要ですが、家族のそばにいる方が大切です」
さらに、ミカエラさんは、イギリスがEU市民にとって以前よりも働きにくい環境になっていると指摘します。ことし1月、EUから完全に離脱したイギリスでは、ビザの制度が大きく変わり、ポイント制度が導入されました。働くためのビザの取得には、英語の能力や技能、収入など一定のポイントを満たすことが求められ、これが大きなハードルになっているというのです。イギリス政府は、国内で人材を育成するよう求めていますが、ミカエラさんは懐疑的です。
ミカエラ・フェルナンデスさん
ミカエラさん
「イギリス人の多くは、朝早く起きてコーヒーを販売するといった仕事はやりたがらないでしょう。友人の中には『誇りがもてるたぐいの仕事ではない』と話す人もいた」

日系企業も人手不足に直面

影響は飲食業界だけにとどまりません。
物流業界は、イギリス国内やヨーロッパ諸国に商品などを運ぶ大型トラックのドライバー不足に苦しんでいます。
パンデミックの影響で高齢者の早期退職が増え、きつい長時間労働をしたがらない若い世代から人を集めるのは難しいといいます。そこにビザの制度変更でEU市民が減ったことが追い打ちをかけ、業界では6万人を超えるドライバーが足りない状況です。イギリスに拠点をおく日系の物流会社では、これまで通り荷物を運べないといった影響が出ています。
ドライバーを効率的に運用する努力を重ねていますが、限界があるといいます。業界では賃金を引き上げてドライバーを確保しようとする動きも出ていて、以前よりも20%ほど高くなっているとみられています。
英国郵船ロジスティクス 小林将広取締役
小林さん
「どこまで賃金を上げれば労働力を確保し、ビジネスを維持できるのか、難しいバランスに立たされている。最終的に消費者にコストを転嫁せざるをえない可能性もある」

“ギャンブル”は功を奏すのか

ただでさえ厳しい人手不足に苦しむイギリス。規制をほぼ撤廃して感染が拡大すれば、より深刻な状況になるのではないか。
取材したレストランの経営者からは、スタッフが1人でも出勤できなくなれば店が開けなくなってしまうといった不安の声が聞かれます。
また、専門家などからは、再び急速に拡大する中での規制撤廃はリスクが高く、まさにギャンブルだと、懸念や批判が強まっています。
こうした中で、首都ロンドンは、カーン市長の方針で、市が運営する地下鉄やバスなどでの交通機関におけるマスク着用を、規制撤廃以降も義務づけています。
利用客やスタッフの安全を守るため、マスク着用や店内の利用客の人数制限などを独自に続けるレストランもあり、政府と異なる方針が広がる事態も起きています。
ワクチン接種が進めば、経済を日常の姿に戻せるのか。イギリスの状況は、それほど簡単な話ではないことを示しているように感じます。
ジョンソン首相の“ギャンブル”がイギリス経済にどのような結果をもたらすのかは、ワクチン接種を急ぐ世界の国々にとっても気になるところです。
ロンドン支局長
向井 麻里
1998年入局
国際部や
シドニー支局を経て
現在はイギリスの政治や
社会問題など担当

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