ウガンダ選手団 1人行方不明のまま 東京の選手村に向け出発

東京オリンピックの事前合宿で大阪 泉佐野市に滞在していたウガンダの選手団が、20日朝、東京の選手村に向けて出発しました。

ウガンダの選手団は、9人で来日したあとに新型コロナへの感染が相次いで2人確認され、メンバー全員が濃厚接触者となり、事前合宿を行うホストタウンの泉佐野市のホテルで療養や待機を余儀なくされました。

さらに、合宿中の今月16日には、オリンピックに出場できないことが決まったウエイトリフティングのジュリアス・セチトレコ選手(20)が「生活の苦しい国には戻らず、日本で仕事をしたい」などと記したメモを残し所在がわからなくなりました。

この選手は、その後、名古屋駅の防犯カメラに写っていたことが関係者への取材でわかっていますが、所在がわからないままで、ほかの選手とコーチなど8人は、20日朝、東京の選手村に向けて出発しました。

ホテルには、市の職員などおよそ20人が集まり「頑張れ」などと声をかけると、選手たちは、乗り込んだバスから笑顔で手を振っていました。

泉佐野市の千代松大耕市長は「選手たちは、じゅうぶん練習できなかったと思うが、ベストを尽くしてほしい。行方不明の選手については、ホストタウンとして責任をもって早く発見できるよう全力で対応したい」と話しました。

選手団8人のうち、ウエイトリフティングのコーチとスタッフの2人は、20日に帰国の途につくということです。

ウガンダ選手団「温かいサポートありがたく思う」

ウガンダの選手団は、東京の選手村に向けて出発するにあたって、コメントを発表しました。

この中で「泉佐野に滞在でき、とてもうれしく思います。事前合宿を受け入れてくださり感謝申し上げます。すばらしいおもてなしをいただきました」としています。

そのうえで「到着した時は隔離されるなどの非常に困難な時期を過ごしました。一方で、皆さんの温かいサポートを賜り、ありがたく思っています。皆さんのことを忘れず、泉佐野で過ごした時間を心に留めてオリンピックに参加したいと思います」とつづっています。

選手団が1か月滞在 泉佐野の市長「市民との交流できず残念」

ウガンダ選手団のホストタウン、大阪 泉佐野市は、選手の新型コロナウイルスへの感染確認や、それに伴う隔離や待機、さらには選手の1人の所在がわからなくなったことで、6月20日の選手団の到着以来、1か月にわたって対応を続けてきました。

これについて千代松大耕市長は「本当にいろいろなことがあり、ウガンダの選手団も十分な練習できなかったと思うが、市として、できる要望には応えた。選手にはベスト尽くしてもらいたい」と心境を語りました。

そのうえで、感染の確認によって市民との交流の場を全く設けることができなかったことについて「本来ならもっと交流したかったが、なかなかできずに残念だ。関西空港にいちばん近い街として国際都市を目指すことは総合計画に掲げているので、ホストタウンを引き受けたかぎりは、コロナで大変な状況ではあるが、引き続き責任を果たしたい」と話しました。

市民の反応は

大阪 泉佐野市は、ウガンダ選手団のホストタウンとして、交通費や宿泊費など合わせて、およそ7150万円の予算を計上し、市民との交流も予定していましたが、実現しないまま選手団は選手村に向け出発しました。

市民からは、さまざまな声が聞かれ、80代の女性は「コロナ禍の中で交流できないのは、しかたないが、たくさんの費用を使って交流していいのかやめるべきなのか難しいと思う」と話していました。

また、70代の主婦は「市民交流に税金を使うのは、ある程度はしかたない。スポーツをしている若い人たちも交流したかったのではないか。小さな町なので予算的に大変だと思うが、今後、さらに交流を広げてほしい」と話していました。

さらに60代の会社員の男性は「市民との交流は1つの目的だったので、非常に残念だ。今後、オリンピックが終わってからもスポーツイベントなどを開いて市民が参加できるようにしてほしい」と話していました。

一方で、この男性は、来日した際に選手団の1人の感染が確認されたものの、その場で濃厚接触者の確認がなされなかったことについて「泉佐野市に丸投げした国の対応がまずかったし、選手もかわいそうだ」と話していました。