音楽プロデューサー 酒井政利さん死去 昭和歌謡界で楽曲ヒット

山口百恵さんや郷ひろみさん、南沙織さんなど、昭和の歌謡界で数多くのアイドルの楽曲をヒットさせた音楽プロデューサーの酒井政利さんが、今月16日、心不全のため東京都内の病院で亡くなりました。85歳でした。

酒井さんは、昭和10年に和歌山県で生まれ、立教大学卒業後、日本コロムビアに入社して、歌謡曲のプロデューサーとして昭和39年に手がけた青山和子さんの「愛と死をみつめて」が日本レコード大賞を受賞するなど、早くから頭角を現しました。

昭和43年に、創立にも関わったCBS・ソニーレコードに入社し、1960年代から70年代にかけては、南沙織さんの「17才」や郷ひろみさんの「男の子女の子」、山口百恵さんの「プレイバック part2」や「いい日旅立ち」、キャンディーズの「年下の男の子」や「春一番」など、数多くの才能を育てヒット曲を次々と手がけ、当時の歌謡界でアイドル路線を確立させて、一時代を築きました。

このほかにも、ジュディ・オングさんなど、多くの人気アーティストの楽曲のプロデュースを手がけました。
(酒井さんの所属事務所が説明を修正したため、一部記事を修正しました)

酒井さんの公式サイトによりますと、これまでに350人余りのアーティストを世に送り出したということです。

こうした功績で、令和2年には文化功労者に選ばれています。

所属事務所によりますと、酒井さんはことし5月に体調不良のため東京都内の大学病院に入院していましたが、体調が悪化し、今月16日に心不全のため亡くなったということです。

85歳でした。

ジュディ・オングさん「『魅せられて』は私の宝物」

酒井政利さんがプロデュースした「魅せられて」を歌った歌手のジュディ・オングさんは「どれだけ泣いても、涙が止まりません。私の大好きな酒井さんが、もういらっしゃらないなんて。歌手としての私を信じて制作してくださった『魅せられて』は私の宝物です。残された者が輝いて歌うことが一番の供養であり喜んでいただけると思い、歌い続けていくつもりです。いつまでもずっと空から見ていてくださいご冥福をお祈り申し上げます」というコメントを出しました。