WEB特集

「働けど働けど…」 57歳“ギグワーカー”の実態

「自由に働いて、月100万円も夢じゃない」
長年、会社勤めをしてきた男性にとって、SNSのそんなことばは、とても魅力的だった。
(社会部記者 大西由夏)

必要な時に必要なだけ稼ぐ

会社員だった57歳の田中さん(仮名)が「ギグワーカー」になったのはことし2月。休日にスマートフォンで動画投稿サイトを眺めていて、目に止まったことばがきっかけだった。

動画にはこんなことばが踊っていた。
「自由な時間に好きに働いて稼げる」

「3日間、がっつり働けば10万円は余裕!」

「車でいろんなところに行くので旅をしているような生活」

「自由に働いて、月100万円も夢じゃない」
調べてみると、軽トラックのドライバー、飲食店から料理を運ぶフードデリバリーや、物流倉庫の仕分け、個人の困りごとを引き受ける「便利屋」のような仕事など…。

「ギグワーカー」は1日や数時間単位の単発の仕事をスマートフォンのアプリなどを通じて引き受け収入を得る人たちで、「必要な時に必要なだけ稼ぐ」という働き方だ。

枠にとらわれない感じに関心

40代の頃の田中さん
田中さんがこれまで、当たり前のように感じていたのは1つの会社で働き続けることだった。

大学卒業後、新卒で金融機関へ。40代で取り引き先の企業に経理や財務のスキルを求められて転職したが、あとはここで勤めるのが当然だと思っていた。

田中さんは週に5日、業務委託契約で働き、多少の残業はあるものの、毎日決まった時間に働いて月の手取りは30万円ほど。パートで働く妻の収入を合わせれば2人の子どもを十分に育てていくことができた。

そんな田中さんには「ギグワーカー」という働き方は新鮮だったと言う。
田中さん
「自分のこれまでの働き方とは全然違う、枠にとらわれない感じに関心を持ちましたし、65歳まで働いたら、次は自由で楽しく、それなりに稼げる働き方をしたいと思いました」
そう思っていたやさき、去年12月、新型コロナの影響で勤め先の会社の業績が悪化したとして、田中さんは退職を迫られた。

ハローワークやフリーペーパーで求人を探しても57歳という年齢もあり、収入の面などで納得できるものは見当たらない。

子どもの学費はあと数年、家のローンだって10年ほどあるので働かなければ生活が成り立たない。すぐにでも収入を得られる手段を考えたとき、田中さんの頭に浮かんだのは「ギグワーカー」だった。

憧れの仕事の現実は…

仕事を辞めた田中さんは、早速、スマートフォンにフードデリバリーや宅配の仕事を受けられるアプリをインストール。もともと通勤や子どもの送迎に使っていた軽ワゴン車を事業用車両として届け出て、ギグワーカー初日を迎えた。

午前9時から車を走らせ、仕事が舞い込むのをわくわくしながら待った。しかし、スマートフォンにはなかなか通知が来ない。

この日、夜遅くまで粘って配送したのは6件。得られた金額は、4000円余りだった。
「初日だし、まぁ、こんなもんか」

しかし、日を追うごとに焦り始めた。この日以降も、なかなか思うように仕事が受けられない。
田中さん
「仕事は奪い合いみたいなものですよ。SNSを見ていると、新型コロナをきっかけに本業や副業で始めた人が多いようで、どんどん競争率が上がっている」
結局、働き始めた1か月間で得られた収入はわずか6万円。ガソリン代や車の保険料などを差し引くと、手元に残ったのは1万円ほどだった。

働けど、働けど…

「このままでは家族を養えない」

焦りを感じた田中さんは、およそ1か月後、知り合いを通じて「ギグワーカー」を募集していた地元の運送会社を紹介してもらった。この会社は大手運送会社の下請けで、配送拠点から個人宅へ荷物を届けるドライバーが足りないということだった。

地元の運送会社の担当者はこう話していたという。
運送会社の担当者
「仕事に慣れたら頑張って運んだだけ収入になります。荷物1つにつき150円ほどの報酬が受け取れる仕組みです。ドライバーが足りないぐらいなので十分、稼げます」
新たな仕事を見つける必要に迫られていた田中さんは、担当者のことばを信じることにした。ことし3月から月の半分ほど、この運送会社に宅配の仕事を回してもらうことになった。

宅配の仕事は午前9時に配送拠点に集合。その日に配りきらなければならない荷物を割り当てられ、軽ワゴン車に詰め込む。
車いっぱいに積み込まれた荷物
日によって荷物の数は異なり、70個ほどの時もあれば100個以上の時もある。

道に迷うと時間をロスしてしまうので、出発前に届け先のリストと地図を念入りに確認し、効率的に配れるルートを考えてから出発する。

しかし、荷物を届ける時間が指定されていたのに住人が不在だったり、書かれている住所が間違っていたりと、どれだけ念入りに準備をしても思うようにはいかないことが多い。

昼食を食べられない日も多く、食べられたとしても車の中で菓子パンをかじる程度だ。

すべての荷物を配り終え、配送拠点で片付けなどをしていると帰宅できるのは午後10時過ぎになる。忙しい日は休みもなく毎日12時間以上ひたすら荷物を届ける。

ここまで収入に波があるとは…

しかし、荷物の量が多い日と少ない日の差が激しいのが実態だった。

荷物が少ない日は1日の収入を1時間当たりに計算すると時給750円ほどと、最低賃金を下回ることもある。田中さんもこの契約は知っていたが、まさかここまで収入に波があるとは思ってもみなかったという。
宅配の仕事がない日は朝からスマートフォンを握りしめ、フードデリバリーなどの仕事を受ける日々だ。

憧れは後悔に

田中さんは、ことし2月にギグワーカーとして働き始めてから半年間、1日も休みがないと話す。

それでも、6月の収入は40万円ほど。ガソリン代などを差し引くと、手元に残るのはおよそ30万円。

抱いていた憧れは、後悔に変わった。
田中さん
「計算してみたら、会社勤めの頃と手取りは大して変わらないのに、労働時間は3倍以上に増えていたんですよ。収入を維持するためには、これからもこのペースかそれ以上に働き続けないといけないけど、先に体壊すんじゃないかって。だからといって、この年齢で、コロナで景気が悪い中、好条件で働かせてくれる仕事は見つからないだろうし…。抜け出す策をじっくり考えられるほどの余裕も今は無くて」
ギグワーカーになる前、田中さんの唯一の楽しみはバイクでの1人旅だった。休日に日帰りで海や山に出かけ、ボーッと景色を眺めて息抜きをしていた。
シートがかけられたままのバイク
しかし、今、愛車は自宅のガレージでほこりをかぶっている。

ことしに入ってから一度もエンジンをかけていない。

疲れをとるために、1日だけでも休むことは考えなかったのか、記者が尋ねると、田中さんは少し思いをめぐらせたあと、こう答えた。
田中さん
「怖いですよね、動いていないと。いま働いておかないと、あしたは稼げないんじゃないかって」

「いいね」が唯一の支え

休みのない日々を送る田中さんにとって、ささやかな楽しみの1つがSNSへの投稿だ。

朝、ひと言つぶやくのが習慣になっている。
「きょうも宅配です。無理せず頑張ります!」

「配達のスピードアップに努力したいと思います」
すると、仕事を終えるころには同じ「ギグワーカー」として働いているとみられる人から「いいね」やメッセージが届いている。
うまく仕事を受けられない時や、効率よく配達ができない時に悩みを書き込むと、励ましやアドバイスを寄せてくれることもあるという。
田中さん
「けっこうみんな反応してくれるんですよね。毎日、荷物の量やアプリに振り回されている中でやる気につながりますし、唯一、ホッとする瞬間です。励ましてくれている匿名の先輩たちはみんな、きっと自分よりずっと若い人たちでしょうけど年齢とか気にならない。ギグワーカーになってよかったことがあるとすれば、こういう世界を知れたことぐらいですかね」

全体像がよく分かっていない「ギグワーク」

感染拡大の影響で社会が大きく変化する中、新しい働き方や収入を求めて「ギグワーカー」として働き始めた人は急増しているとみられています。

ギグワーカーについて1年近く取材を続けていますが、新型コロナの影響で残業が減ったためその空いた時間を使い収入を得る人もいて、新しい働き方に好意的な意見も聞かれます。

その一方で、田中さんのように描いていた生活との違いに将来への不安を募らせている人がいると感じています。

欧米ではこうした働き方がすでに広がっていますが、日本では国の調査などがなく、その全体像はよく分かっていません。

できるだけ多くの方にお話を聞き、その実態を伝えていきたいと思います。
社会部記者
大西由夏
2011年入局
松山放送局を経て2016年から現所属
多様な働き方など労働問題を中心に取材

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