“巨大な富”は分配されるか

“巨大な富”は分配されるか
新たに10兆円を超える財源が生み出されるかもしれない。こんな国際的な課税ルールが大枠で合意された。課税の対象となるのは、コロナ禍でも業績を伸ばし続ける「GAFA」などの巨大グローバル企業。巨大企業の“富の独占”に歯止めはかかるのか。交渉の舞台裏に迫った。(経済部記者 楠谷遼)

G20「歴史的な合意」

イタリア・ベネチアで開かれたG20=主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議。

日本時間の今月11日未明に発表された共同声明では、「GAFA」など急速に台頭するグローバル企業に対する新たな課税のルールで「歴史的合意を成し遂げた」と宣言した。

会議を終えた各国の閣僚からは、成果を強調するメッセージが相次いだ。
「100年ぶりくらいの歴史的な変化だ」(麻生副総理・財務相)
「世紀に1度の大きな変革だ」(フランス・ルメール経済相)
「世界中の中間層や労働者にとって歓迎されるべきニュースだ」(アメリカ・イエレン財務長官)

新たな国際課税ルールとは

歴史的な課税ルールとはいったい何か。

ポイントは2つ。
1.巨大グローバル企業の誘致を目的とした法人税の引き下げ競争に歯止めをかけるため各国共通の最低税率を15%以上とすること、
2.国境を越えて音楽や動画のネット配信などのサービスを展開している巨大企業のビジネスモデルに即して各国が課税できるようにすることだ。

今の国際課税ルールは、およそ100年前にできたが、製造業中心の考え方に基づき、その国に工場やオフィスなどの“物理的な拠点”を持つ企業が課税の対象となっている。

このため、物理的な拠点がなくてもサービスの利用者がいれば各国が課税できる新たなルールは、これまでの“税の常識”を覆す「歴史的な変化」というわけだ。

“富の独占”デジタル時代に追いつけず…

なぜ今、国際課税のルールの見直しなのか。

それはコロナ禍でも業績を伸ばし続ける「GAFA」(グーグル・アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される巨大グローバル企業に「富が偏っている」という問題意識が、コロナ禍によって強まったからだ。

各国は、感染拡大で打撃を受けた経済を支えるため、巨額の財政出動を行っており、今度は税収を増やす必要がある。

しかし100年前の課税ルールが、世界経済の急速なデジタル化と企業のグローバル化によって、時代に追いついていないことがあらわになっていた。

「GAFA」のように、動画や音楽のコンテンツ販売などの国境を越えるデジタルサービスを提供する場合、市場となる国に、わざわざオフィスなどの拠点を持つ必要はない。

そうなると、どんなに多くの国民がそのサービスに料金を支払っても、企業に対して適正に課税できず、国民の富が一方的に吸い上げられることになりかねない。
さらに、グローバル企業の中には、「タックスヘイブン」と呼ばれる税率の低い国や地域に利益を移すことで、“節税”に励むところも増えている。

どこかの国が企業を呼び込もうと法人税を低くすれば、他の国もそれに追随し、結果として法人税の引き下げ競争に歯止めがかからない状況も続いていた。

真っ先に声を上げた日本

こうした状況を是正しようと、真っ先に声を上げたのは、実は日本だったとされている。

2013年のG7=主要7か国の財務相・中央銀行総裁会議で、麻生副総理兼財務大臣が各国の閣僚に呼びかけて議論が本格化。
さらに、財務省の浅川雅嗣副財務官(当時・その後、財務官。現在ADB=アジア開発銀行総裁)がOECD=経済協力開発機構の租税委員会議長として議論をリードし、2016年には京都で大規模な国際会議も開催した。

この会議を契機に、OECD加盟国以外の税率の低い国もメンバーに加えた現在の交渉の枠組みが作られたとされている。

それから5年。
絡みあった糸を解きほぐすように、一歩一歩議論は進められてきた。
とはいえ税は、国家の主権に関わり、各国の利害が真正面からぶつかり合う問題だ。
それだけに、具体的な制度設計に話が及ぶと、議論はたびたび頓挫。

特に当時、アメリカのトランプ政権が、自国のグローバル企業に影響が出るのをおそれ、消極的な態度を鮮明にしたことで、議論は一時、暗礁に乗り上げていた。

交渉を一気に進展させたのは…

風向きが一変したのがことし春。
きっかけはバイデン政権の方針転換だった。

4月、イエレン財務長官は「各国共通の最低税率の導入」を呼びかけると、5月にはOECDの加盟国などで作る交渉会合で「15%以上」という具体的な数値を提案した。

さらに、コロナ禍で各国が巨額の財政出動を行った結果、財政事情が悪化していたことも原動力となった。

財源を確保するため、グローバル企業から適正に税金を徴収しようという機運がアメリカ国内でも高まってきたのだ。
6月に行われたG7の財務相会議では、
▼共通の最低税率を「15%以上」とすることと、▼巨大グローバル企業に対して、国内に拠点がなくても利益の一部に課税ができるルールを整備することで合意にこぎつけていた。

次の大きな山となるのが7月のG20。
ここで前進があれば、最終合意が一気に見えてくる。

事務レベル交渉“水面下の攻防”

しかしG20直前、日本の交渉関係者から、次第に慎重な発言が目立つようになる。
「最後の最後まで頑張るがどこまでいけるか…」「そう簡単な話ではない」
G20直前にはOECD加盟国などで作るグループによる事務レベル交渉が行われていた。

交渉には139もの国と地域が参加し、中にはこれまで低い税率や優遇税制で企業を呼び込んできたアイルランドやハンガリー、中国なども含まれている。
G7と比べるとメンバーの思惑もバラバラで、合意に向けたハードルはずっと高い。

7月1日の交渉会合に向け、主要国の間では連日のようにオンラインによる調整が進められたが、交渉は難航していた。

特に難航したのが、法人税の最低税率を「15%以上」とする提案。
低税率国にとっては、最低税率をもうけること自体、“ビジネスモデル”の根底にかかわる。

そう簡単にのめる話ではないのが現実だった。

突破口は“例外措置”

交渉会合の日程が間近に迫る中、突破口の一つとなったのが「例外措置」だった。
法人税は、「企業の所得」×「税率」で計算されるが、「例外措置」は、そのベースとなる「所得」から一定の金額を差し引くことができるというもの。

差し引ける金額が大きければ、企業の税負担は実質的に増えずに済む。それが大きすぎれば最低税率の合意自体が骨抜きになりかねないというジレンマがあった。

主要国間でギリギリの調整が進められた結果、合意文書に「例外措置」の概略は盛りこむものの、詳細な制度設計は先送りし、その代わり「最低税率15%以上」を入れるという議長提案を行うことを確認。

「大枠合意」という形にこだわり、10月を目指す「最終合意」に向けて機運を高めることを優先した。
そして、7月1日、すべてのメンバーを招いて開かれた交渉会合。

139のメンバーのうち130の国と地域による「大枠合意」にこぎ着けた。

終了後の記者会見で財務省の担当者は「非常に意見の相違がある中で、9割を超える大多数が合意に参加した」と成果を強調。
難しい交渉が大きく進展したことへの安堵の様子も感じられた。

そして迎えたG20では、こうした経緯をふまえ交渉参加国による「大枠合意」を承認。

共同声明には「長年にわたる議論を経て、国際課税制度に関する歴史的な合意を成し遂げた」と盛りこまれ、10月の最終合意に向けた機運をさらに高める形となった。

新たな税収は10兆円超

新たな国際課税のルールによって、どの程度の財源が生み出されるのか。

OECDの推計によると、法人税の最低税率を15%とした場合、毎年およそ1500億ドル、日本円で16兆円余りの税収が新たに得られるとしている。

また、国内に拠点がないグローバル企業に対する新たな課税ルールが適用された場合、サービスを展開している国や地域で、毎年、合計1000億ドル、日本円で11兆円を超える収益を対象に課税できるようになるとしている。

専門家は

国際課税の専門家は、ここまでの交渉をどうみるか。
森信研究主幹
「想定外と言えるほどのスピードで交渉が進展した。非常にしっかりした合意ができたと思う。交渉が進展した背景として、各国とも新型コロナで苦しむ人たちに支援策を行うにあたり、巨大グローバル企業にも税金を払って貢献して欲しいという思いが強まったのではないか。格差の拡大防止や新自由主義の見直しといったものが、この合意には内在していると思う」
そして、今後、考えられる日本への影響については。
森信研究主幹
「日本にはGAFAなど巨大IT企業のサービスを受けているユーザーがたくさんいる。海外の企業があげた利益の一部に対して、日本でも課税されるようになり、税収増につながる可能性がある。一方、日本企業で海外の低課税国や税制優遇がある国に子会社や工場をおいているところにとっては、税負担が増えるかもしれない。ただ、具体的な制度設計が詰まっていないので、今後の焦点となるのではないか」

最終合意に向けた課題は

各国は今後、再び事務レベルで交渉をまとめた上で、10月のG20での最終合意という青写真を描いている。
ただ、最終合意までに残された課題も少なくない。

今回の合意に参加していないアイルランドやハンガリーなどの低税率国をどう説得していくのか。

そして先送りした「例外規定」の詳細設計も、内容次第では合意が骨抜きになりかねず重要な課題だ。

さらに「15%以上」としている最低税率を具体的に何%にするかについても、まだ意見の違いがある。

長年にわたる交渉を経て、ようやく最終形が見えてきた国際課税の新ルール。実効性のある「歴史的な成果」を残すことができるのか。

議論をリードしてきた日本のリーダーシップも引き続き問われている。
経済部記者
楠谷 遼
平成20年入局
鳥取局を経て経済部
現在は財務省・内閣府を
担当