ヘアドネーション 髪の毛の贈りかた

ヘアドネーション 髪の毛の贈りかた
莉愛(りな)さんは去年、10歳で脳腫瘍が再発しました。

治療の副作用で髪が抜けてしまったとき、ダンス教室の仲間がくれたのが自分たちの髪を切って作った「医療用ウイッグ」でした。

(ネットワーク報道部記者 吉永なつみ 芋野達郎)

病気との闘い

脳腫瘍が見つかったのは1歳8か月のときでした。

「一刻も早く手術しないと呼吸が止まる可能性がある」

医師からそう告げられ、翌朝には腫瘍を取り除く手術が行われました。

その影響で右半身がまひ。

のどに呼吸をするための器具を取り付けたため、声が出せなくなりました。
莉愛さんの父・浩和さん
「手術をすれば治ると思っていました。医師からは5年生存率が2割とも言われ、本当にショックでした」

フラダンスとの出会い

当初はまひが残るといわれましたが、莉愛さんは医師も驚くほどの回復力をみせます。

リハビリをしてひとりで歩けるようになると、次は縄跳び、側転と、どんどんできることが増えていきました。

そして8歳になったころ、旅先の空港でフラダンスに出会いました。

髪をなびかせて踊るダンサーを飽きることなく見る様子に、浩和さんが「やりたい?」と聞くと「やりたい」と答えました。
近所のフラダンス教室に通い始めた莉愛さん。

ことばを声にできないぶん、自分の気持ちを表現するかのように生き生きとした表情で踊りました。

フラダンスの発祥の地、ハワイでは、髪に「マナ(神の力)」が宿るとされ、ダンサーは髪を長く伸ばします。

莉愛さんも習い始めてすぐに髪を伸ばし始めました。
それから3年。

髪が腰の辺りまで伸びた去年7月、脳腫瘍が再発しました。

今回は抗がん剤治療を行うことになり、副作用で髪はほとんど脱け落ちてしまいました。

これでもかと試練が…

いったんは治療を終えて退院しましたが、ことし3月に再発。

今度は手術が必要になりました。

「神様がいるとしたら、これでもかというくらい試練を与え続けるな」

浩和さんはそう感じたといいます。

そんな時でした。

ダンス教室の仲間が莉愛さんを励まそうと提案してくれたのが、みんなで「ヘアドネーション」をして医療用ウイッグをプレゼントすることでした。
莉愛さんの父・浩和さん
「実は当時、すでに人工毛のウイッグを持っていましたし、フラのダンサーにとって髪の毛は大切なものだと知っていましたので、提案を受けた時は戸惑いもありました。でも莉愛がみんなに愛されている証拠だと思ってありがたくいただくことにしました」
髪を切る様子はオンラインでつないで莉愛さんも見ました。

タブレット越しに、じっと見つめていたそうです。

髪の毛がきれいだった

7月10日、退院した莉愛さんはその足でダンス教室に向かいました。

仲間からもらったウイッグをつけて。

先生から「似合っているね」と声をかけられると、うれしそうに笑顔を見せました。
そして髪を揺らしながら久しぶりにフラダンスを踊りました。

ウイッグをもらったときのことを文章で答えてくれました。
莉愛さん
「髪の毛がきれいでした。うれしかった」

10代に浸透 初めてのボランティア

医療用ウイッグを作るために髪を提供するヘアドネーション。

やってみたいという人が増えています。
「私たちに髪を寄付してくれる人の4割から5割は10代なんですよ」
こう話すのは大阪市北区のNPO法人「JHD&C」(ジャーダック)の代表、渡辺貴一さん。

2009年に国内で初めてヘアドネーションを専門に行う団体として活動を始めました。

寄付される髪の毛は1日に300件ほど。

この5年で10倍に増えたそうです。

その要因の1つに震災があるといいます。
渡辺貴一さん
「団体を立ち上げたあと東日本大震災があり、何か人の役に立つことをしたいという空気が社会全体で高まりました。髪の毛の寄付ならお金がなくてもできるのでボランティアがしたい若者にとって最初の一歩になったのだと思います」

7割以上は脱毛症の子どもたち

1つ作るのに50人分の髪を使うというヘアドネーションのウイッグ。

ニーズは高く、今も300人余りができるのを待っています。
このうちおよそ7割以上は脱毛症の子どもたち。

3割弱が抗がん剤治療などで髪が抜けてしまった子どもです。

特に脱毛症は治療法が確立しておらず長期間にわたるケースもあります。

このため18歳以下で一度受け取ってから2年たっていれば、無償で成長に合わせたウイッグを作ってくれるそうです。

一方で渡辺さんは、髪を提供するのもウイッグを使うのも、あくまで本人の意思で、やるやらないは個人の自由だと話します。
渡辺貴一さん
「ヘアドネーションをすることが偉いねとことさら強調されるのは望んでいません。やる自由だけでなく、やらない自由も担保されてほしい。

また、ウイッグを希望するのは9割が女の子、しかも肩より下の長さを希望します。もちろん髪型は自己表現の1つであって、ロングヘアにしたいという思いに対して他人が口をはさめることではありません。

ただ、こうあるべきだという押しつけになってはいけないとも思います。ウイッグは、使っても使わなくてもいいのです」

ヘアドネーション、やってみた

私(吉永)は妊娠中にたまたま読んだ記事がきっかけで「しばらく育児で美容院に行くのも大変だし、せっかくなら髪を伸ばして寄付しよう」と決心しました。

それから2年半。

髪を2つに結んでメジャーで測ると、いちばん長い毛で34センチありました。

ウイッグを作るには31センチ以上必要だと聞いていたので、これなら大丈夫だろうと活動に協賛する近所の美容室に向かったのです。

疑問が次々と…これでいいの?

その日は東京がことしいちばんの暑さを記録した日でした。

5歳の息子を連れて出かける準備に手間取った私は、予約の時間に遅れそうになって猛ダッシュ。

美容室に着いたときには全身から汗が噴き出していました。

ヘアドネーションを行う団体のホームページには、カット前の注意点として“決して髪の毛をぬらさないこと”と書いてありました。

雑菌が繁殖したりカビが生えたりして、使えなくなるからです。

担当した美容師は「汗でぬれるのは髪の根元だけだから大丈夫ですよ」と言ってくれましたが、不安になりました。

そしていざカット台に座ると。

美容師が顔の横の毛を束ねて見せながら言いました。
「ここを31センチとると刈り上げになっちゃいますね。スポーツ刈りは嫌ですよね…?」

そう、考えてみれば当然なのですが、頭の前と後ろでは髪の長さが違います。

カットしたあとの髪型を考えていなかったことに、この時、気付きました。
そこまで短くする覚悟はしていなかったものの、すでにクロスをかぶり、あとは切るだけという状態。

ハサミを手にした美容師を前に「やっぱりやめます」とは言いだしづらい。

しかも、さっきまでおとなしく塗り絵をして待っていたはずの息子が店内を走り始めます。

焦った私は、31センチには足りなくなるけれど横の髪は少し長めに残して切ることにしたのです。
美容師は「後ろの毛は十分な長さがあるし、31センチに満たなかったとしても使いみちはあるから大丈夫」と言ってくれましたが、自分の準備不足を大いに反省しました。

神経質にならなくてもいい?

やってみて感じた疑問や不安を聞いてみました。

Q髪は汗などでぬれても大丈夫?
渡辺さん
「そんなに神経質にならなくて大丈夫ですよ。“完全に乾いた状態”というのは美容室でカットする直前に、切りやすくするためにぬらすことはしないでというだけです。ふだんどおりシャンプーして乾かしていれば、オイルをつけていようが、ちょっと汗をかいていようが全く問題ないです」
Q長さは31センチ以上でないとだめですか?
渡辺さん
「ウイッグは髪の毛を半分に折り返して植えています。31センチだと半分の15センチの長さになるのでショートヘアのウイッグになります。ロングヘアにしたい場合は60センチは必要です」
渡辺さん
「ただ、すべての束が31センチ以上ある必要はありません。カットした髪には短い髪も必ず含まれています。そうした毛は美容師さんが練習で使うマネキン用などとして販売し、活動資金として役立てる方法もあるので送ってもらって問題ありません」
コロナ禍で外出する機会がめっきり減って気がついたら髪が伸びていたという人も多いのでは。

ばっさり切るなら、ヘアドネーションもアリかもしれません。