アジアのリゾートいつ行ける?

アジアのリゾートいつ行ける?
タイやインドネシアで、7月から外国人観光客の受け入れ再開の動きが大きく前進する。これが当初の取材テーマだった。しかし、変異ウイルスによる感染再拡大で、世論や政府の方針は揺れる。タイのプーケット島は「隔離いらず」の観光再開にどうにか道を開いたが、インドネシアはそのめどさえ立たない。世界有数のリゾート地は今どうなっているのだろうか。(アジア総局記者 影圭太/ジャカルタ支局長 伊藤麗)

タイ 始まった“隔離なし観光”

イスラエルからの女性観光客
「ずっとここに来たいと思っていました。休みを過ごすには完璧な島だし、隔離がなくなって本当によかった」
タイのプーケット島を訪れたイスラエルからの女性観光客はビーチで休日を満喫していた。

女性は7月1日から始まった「隔離なし」の外国人観光客の受け入れ制度を使って入国した。
タイ政府は、外国から訪れた人に対して2週間の隔離を義務づけているが、これを、プーケット島に限って免除したのだ。

新型コロナウイルスの感染拡大で、去年タイを訪れた外国人観光客はおよそ670万人と、前年の6分の1まで減少。

観光業は壊滅的な打撃を受けた。

GDP=国内総生産の2割が観光関連とも言われるタイで、何とか観光業を、そして経済を上向かせたいという政府の危機感が、隔離免除の制度につながった。

どうリスク封じ込める?

プーケットで始まった制度は、「島」という特徴をいかして感染リスクを封じ込めようとするものだ。
政府はまず、島に住む人に重点的にワクチン接種を進め、すでに対象のおよそ7割が接種を済ませた。

そのうえで、受け入れる観光客を感染リスクが一定程度低いと認めた69の国と地域にかぎり(7月12日時点)、ワクチン接種を終えていること、飛行機の搭乗直前にPCR検査で陰性になっていることなどの条件も加えた。

さらに、観光客は島で2週間以上過ごさないとタイの別の地域に行くことはできないことにした。

島の外に出ていないことがわかるよう、位置情報を提供するアプリの登録と利用が義務づけられ、そのうえで検査で陰性を証明する必要もある。
いわばバブル=泡で島全体を覆うことで、観光客の受け入れ増加と感染拡大の防止とを両立させることを目指している。

島では期待も

政府は、この制度を利用して3か月間で10万人の観光客が海外から来ると見込んでいる。
実際、外国人観光客に人気だった島のムエタイジムには、7月だけでおよそ50件の予約が入っていると言う。
ムエタイジム経営者
「多くの利用者がプーケットに来たがっている。今後、隔離なしの受け入れはタイのほかの地域にも広がっていくはずだ」
タイ政府はプーケット島での受け入れを先例に10月中旬までに隔離なしでの受け入れを全土で始めたいとしてきた。

6月中旬には首相みずからテレビ演説を行ってこの計画を公表し、これから経済を前に進めていくというメッセージを国民に伝えた。

青写真通り?

しかしその後、1か月の間に状況は一変した。

インドで確認された変異ウイルスのデルタ株によって感染が急増し、7月9日には1日当たりの感染者数が9000人を超えた。

感染の中心となっている首都バンコクでは夜間の外出が原則禁止され、経済活動の制限がむしろ強まっている。

同じ国の中で、規制の「緩和」と「強化」が同居する形になり、国民からは、プーケット方式での観光客受け入れに反対する意見が強まっている。

全土で感染が拡大し、医療体制がひっ迫する中では、無謀だという声も聞こえてくる。

さらに厳しいインドネシア

さらに状況が厳しいのが、インドネシアだ。

水際対策の強化を続け、観光目的の外国人の入国は1年以上禁止されている。

政府は、まず世界有数のリゾート地であるバリ島から外国人観光客の受け入れを再開する計画を示しているが、去年から何度も実施が先延ばしにされてきた。

ことしは早ければ7月にも受け入れ再開という計画もあったが、感染拡大が収まらず、今なお実現の見通しは立っていない。

“ワーケーション”で下支え

これまでバリ島では、外国人観光客の入国が始まるまで、国内旅行で観光業を支えようという取り組みが続けられてきた。

その名も「ワーク・フロム・バリ」。

ことし1月に政府が始めた国内プロジェクトで、公務員や民間企業の従業員が、バリ島のホテルなどに滞在しながら仕事をする「ワーケーション」を進めようというものだ。
ジャカルタからバリ島を訪れてワーケーションをしているエンジニアの男性に話を聞くと、「コロナ禍で憂うつな気分になり、都会から離れたいと思っていました。仕事を終えてビーチで夕日を眺めると落ち着きます。バリに来てサーフィンも始めたんです」との答えが返ってきた。
男性の会社は来年までリモートワークだという。

それならば、休み時間に豊かな自然やマリンスポーツを満喫できるバリ島での滞在は向いているだろう。
ワーケーションを受け入れているホテルに話を聞いても、10%から20%ほどだった部屋の稼働率が、6月には50%まで上がったという前向きな声が聞かれた。

国内旅行さえも

政府は7月からワーケーションのプロジェクトを拡大するとともに、外国人観光客の受け入れ再開も視野に入れていた。

ところが、だ。
インドネシアでは、6月下旬から、首都ジャカルタを中心に全土で感染状況が急速に悪化した。

1日当たりの感染者は5万人を超え(7月14日時点)、医療体制は極めて深刻な状況にある。

ジャカルタの病床は、一時、9割まで埋まった。
国内旅行さえままならなくなり、7月からはバリ島でもビーチは閉鎖、飲食店の店内での飲食も禁止された。

ワーケーションもキャンセルや延期が相次いでいるという。
バリ島の食堂で働く女性
「つい最近まで国内の観光客が来ていて、まだよかったのに…。ずっとこんな状態が続けば、私たちはどうやって生きていけばいいのでしょうか」
バリ島の食堂で働く女性からは、こんな嘆きが聞かれた。

改めて示す両立の難しさ

タイとインドネシアに共通しているのは、ワクチンの接種率が低く、医療体制のひっ迫が強まっていることだ。

少なくとも1回ワクチンを打った人の割合は、いずれも13%程度にとどまっている(Our World in Data/7月11日時点)。
こうした状況で観光業を支えるために人の移動を促し、結果として感染拡大を招いてしまうと、さらなる経済の落ち込みにつながる懸念が出てしまう。

感染拡大防止と経済活動の再開とのバランスをどう取るかは非常に難しい課題だ。

ワクチン接種の進み方や変異株の拡大など、さまざまな要因で今後もバランスの取り方が変わってくるだろう。

東南アジア各国は、まだしばらく、この課題に向き合うことになる。
アジア総局記者
影 圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し、去年夏からアジア総局
ジャカルタ支局長
伊藤 麗
2015年入局
盛岡局、国際部を経て、ことしからジャカルタ支局でインドネシアと東ティモールを取材