第165回芥川賞と直木賞 それぞれ2作品が決まる

14日、第165回芥川賞と直木賞の選考会が東京で開かれました。
芥川賞に、石沢麻依さんの「貝に続く場所にて」と、李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」の2作品が選ばれました。
また、直木賞には、佐藤究さんの「テスカトリポカ」と、澤田瞳子さんの「星落ちて、なお」の2作品が選ばれました。
芥川賞と直木賞に、それぞれ2作品が選ばれたのは10年ぶりになります。

芥川賞「貝に続く場所にて」石沢麻依さん

芥川賞の受賞が決まった石沢麻依さんは、宮城県生まれで、ドイツ在住の41歳。東北大学の大学院を修了し現在はドイツの大学院に在籍していて、ことし「貝に続く場所にて」が文芸誌の新人文学賞を受賞してデビューしました。

芥川賞は今回初めての候補で受賞となりました。

受賞作の「貝に続く場所にて」は新型コロナウイルスの感染が広がるドイツで生活している主人公のもとに、東日本大震災で行方不明になったはずの友人が訪ねてきて、再会するところから物語が始まります。

コロナ禍で誰もが一定の距離を保って生活する中、9年という歳月を経て突如として現れた友人とどう接すればよいのか。時間と空間の隔たりによって生じる記憶のゆがみや、忘却にあらがおうと主人公が思索を重ねる様子が巧みな比喩を用いた濃密な文章で表現されています。

石沢麻依さん「感謝、実感が追いつかない感じ」

芥川賞の受賞が決まったドイツ在住の石沢麻依さんはオンラインで行われた記者会見で「伝統ある賞をいただき感謝しています。まだ戸惑いというか、実感が追いつかない感じがあります。うれしいというよりは、とても恐ろしいという気持ちが強いです。作家として書き続けるということが重要な問題ですが、今こんな大きな賞をもらってこの先、大丈夫かという自分に対する不信感があります」と率直な思いを語りました。

また、選考委員から個性的な文章が評価されたことに関して「小さいころから昔の人たちと自分の考えにへだたりがあるのかどうかということに興味があり、古典作品を中心に本を読んできました。ドイツにいて日本の新刊を買うことが難しく今も古典文学を読み返していて、そうしたことも文章に影響としてあらわれているのかなと思います」と話していました。

また、作品が東日本大震災を題材としていることについては「“震災文学”を代表する作品ということではなく、あくまで、ある記憶、体験をめぐる、『惑星』のようなものだと考えています。今後、どうやって震災の記憶をさらに引き継いでいくのか。先人も作品を通して声を上げていますが、私もその一人になることができました。これからもっと自分の創作を発展させることで人々が震災を記憶していくことにつながればいいと思います」と話していました。

芥川賞「彼岸花が咲く島」李琴峰さん

芥川賞の受賞が決まった李琴峰さんは、台湾出身で東京都在住の31歳。15歳の時から日本語を学び、台湾の大学を卒業したのち来日して、平成29年に作家デビューしました。デビュー以来、性的マイノリティーを題材にした作品を複数発表し、作家のほか、翻訳家や通訳者としても活動しています。
芥川賞は、2回目の候補での受賞となりました。

受賞作の「彼岸花が咲く島」は、とある島に流れ着いた記憶のない少女が島での暮らしを続けていく中で、独自の風習を持つ島の文化と歴史に直面していく物語です。

島には、女性だけが話すことを許される言語が存在し、「ノロ」と呼ばれる女性によって統治されていて、自身も「ノロ」となった主人公の少女が、男性には秘密にされている島の歴史を知る中で、男女の権力構造をめぐる歴史の暗部に向き合っていく心情を、架空の言語表現を用いて巧みに描いています。

李琴峰さん「カテゴライズされることへの抵抗」

芥川賞に選ばれた李琴峰さんは記者会見で、受賞が決まった瞬間について「トイレの中で知らされたので、タイミングが悪いなと思いました」と振り返り「いちばん感謝したいのは応援してくれた読者の皆さんで、これからは私の作品を読んでいたんだと胸を張って言ってもらいたい」と述べました。

日本語を母語としない作家として、楊逸さんに続く2人目の芥川賞受賞となったことについて「母語ではない言語で小説を書くのは本当に大変で、その苦労はなかなか伝わらないと思います。作家になる前から楊逸さんのことは尊敬していたので、本当に光栄に思います」と話していました。

そして「これまで作品ごとに日本文学をアップデートしてきたという自負があります。最近の日本文学にはあまり見られませんが、政治や社会問題に言及する作品もあっていいと思います。カテゴライズされることへの抵抗というのは私の作品の通底したテーマで、核となっている部分であり、それを問題意識として書き続けるだろうという予感がありますが、それ以外にも組み合わせや手法もあると思っています。ただこれからの作品でも自分が大事だと思う問題意識を書くことに尽きると思います」と話していました。

芥川賞 選評「2作品が際立っていた」

芥川賞の選考委員の松浦寿輝さんは、石沢麻依さんの「貝に続く場所にて」と李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」が選ばれた過程について、「2作品は最初から評価がかなり高く、ダントツと言っていいほど際立っていた。その後の議論でもほかの3作との差は縮まらず、この2作品の受賞となった」と説明しました。

そのうえで、石沢さんの作品については「ファンタジー的な色彩が強い一方で、大変リアルな風景や人間関係が描かれた文章で、やや読者を拒む面も見られるのではという意見もあったが、日本の慣例的なレトリック文体を離れて、自分の個性的な文章を作ろう、小説にしかできない一つの世界を作り出そうという姿勢が評価された。直接震災を題材にした作品ではなく、10年たたなければ昇華できなかった作品であり、独創的なアプローチで震災と向き合っていると感じた」と述べました。

また、李さんの作品については「架空の3つの言語を織り交ぜて、衝突しあったり共鳴しあったりする言語空間を作り上げようとしたことの野心的な冒険性を評価した。言語以外にも習俗を文化人類学的な知見も踏まえて大変リアルに描いていて説得力があり、書き方がやや乱暴だという意見もあったがその力強さとポテンシャルが最終的には評価された」と説明しました。

直木賞「テスカトリポカ」佐藤究さん

直木賞の受賞が決まった佐藤究さんは、福岡市出身の43歳。高校を卒業後、佐藤憲胤名義で発表した「サージウスの死神」が、平成16年に文芸誌の新人文学賞優秀作となってデビューしました。その後、平成28年には「QJKJQ」が江戸川乱歩賞を受賞するなどの活躍を続け、直木賞は今回初めての候補での受賞となりました。

受賞作の「テスカトリポカ」は、現代の日本やメキシコ、インドネシアを舞台に、麻薬の密売と臓器売買を行う人々を描いた長編小説です。

敵対組織に追われるメキシコの麻薬密売人と臓器売買を仕事とする日本人がインドネシアで出会うことで物語が展開していき、多くの登場人物が次々と犯罪に巻き込まれ、暴力と支配に飲み込まれていく様子が生々しく描かれています。

佐藤究さん「読者の生活に変化をもたらすことが仕事」

直木賞に選ばれた佐藤究さんは記者会見で「3年半かけて書いている間はこのような大きい賞を取るなんてことは頭になかったので、何事もやってみないとわからないんだなという印象です」と受賞の感想を語りました。

そのうえで「読者の人生を変えるといったら大げさですが、皆さんの生活に変化をもたらすことが私の仕事だと思っています。賞をもらってもそれは変わりません。今回の受賞は読者の日々にちょっとした変化を与えるという仕事を引き続きやりなさいということなんだなと思います」と話しました。

また、作品の描写があまりに残酷だなどと選考委員の間で激論になったことについては「暴力というのがどの程度、文学なのかという問いかけはまさしくそのとおりだと思います。これまでもバイオレンスを描いてきましたが、今作の執筆中にはじめて夢にうなされる経験をしました。“意味があるのか、やめようか”と思ったこともあったのですが、資本主義というシステムの中で人々を搾取するために麻薬戦争のようなことが起きているということを、たとえフィクションでも描くことが社会における犯罪小説の一つの役割になると思い書きました」と話しました。

直木賞「星落ちて、なお」澤田瞳子さん

直木賞の受賞が決まった澤田瞳子さんは、京都市出身の43歳。同志社大学の大学院で奈良時代の仏教の歴史を研究したあと、小説の執筆を始め、平成22年に『狐鷹の天』でデビューしました。その後も、古代を舞台にしたものなど、歴史・時代小説を多く発表し、直木賞は今回、5回目の候補での受賞となりました。

受賞作の「星落ちて、なお」は、幕末から明治にかけて活躍した絵師=河鍋暁斎の娘で、自身も絵の道に進む主人公「とよ」の目線で描かれた父と娘の物語です。

天才と称された父の死後、画業を継ぐことを宿命づけられた「とよ」が、越えられない才能の壁や、時代の変遷に伴う日本画の流行の変化に直面しながらも、画家として生きる道を探し続ける一代記を通じて、家族の愛憎と芸術の道の険しさや喜びを描いています。

澤田瞳子さん「日々の悩みをすくい上げたい」

直木賞に選ばれた澤田瞳子さんは記者会見で、今の心境について「実感が湧かずにまだぽかんとしております」と述べました。

そして、5回目の候補で受賞したことについて、同じ時代小説を書く先輩作家で、2017年に亡くなった葉室麟さんについて触れ「葉室さんと同じ5回目の候補で受賞できたことはうれしいし、ご報告できます。『どんなときでも書け』と言っていた葉室さんほどのストイックさはありませんが、その姿勢は学んでいきたい」と話しました。

そのうえで、歴史を扱った小説を書く理由については「われわれが生きている時間は長い時の流れの中のほんの一瞬にすぎませんが、その一瞬に数え切れないほどの悩みや苦しみがあります。そうしたなかで、有名ではない人々にも日々の悩みがあったということを少しでもすくい上げられれば」と説明しました。

さらに幕末から昭和の初めを舞台にした受賞作については「これまで書いた中では、いちばん新しい時代を描いた作品です。もう少し現代に近い時代も書いていけるかなという自信がつきました」と話し、今後について「これからも手探りで題材を探していきたい」と抱負を述べました。

直木賞選考の林真理子さん「これほどの白熱した議論はじめて」

直木賞の選考委員の1人、林真理子さんは今回の選考について「長く選考委員をしているが、このような白熱した議論は、はじめてといっていいくらいだった」としたうえで、2回目の決選投票で佐藤さんと澤田さんの2作が同点となったことを明かし、「これだけきっ抗したところで一方を落とすことはできず、2作受賞ということになった。激論を交わした結果、すばらしい作品を選べたと思っている」と説明しました。

佐藤さんの「テスカトリポカ」については「“あまりにも暴力シーンが多いのではないか”という反対意見なども出た。しかし、これだけスケールの大きい作品を受賞させないのはあまりに惜しい。ある意味で希望の物語とも捉えられるとして、受賞にいたった」と説明しました。

また、澤田さんの「星落ちて、なお」については「ベテランであり、何度も候補になった末の受賞で熟練の技である。淡々としているところにややもの足りなさがあったもののやはりこれだけものを書く技量はすばらしく、澤田さんでなければ書けない文章だ」と評価していました。