パナソニックはどこに向かうか?(続編)

パナソニックはどこに向かうか?(続編)
国内外24万人の従業員がいる巨大メーカー、パナソニック。業績低迷に苦しんでいます。会社の価値をあらわす株式の時価総額は、ソニーのおよそ4分の1(ことし3月末時点)、直近、2020年度の決算で売り上げは25年ぶりに7兆円を割りました。こうしたなか、9年ぶりに経営トップが交代しました。新たな船出で、ひとつのキーワードになるのが「ハードとソフトの融合」です。これまで何が課題で、どのような会社を目指そうとしているのか。新旧両社長への単独インタビューから答えを紡ぎます。(大阪放送局記者 谷川浩太朗)

新家電ブランドはハードとソフトの融合

パナソニックがことし7月、発表した新しい家電シリーズ「マイスペック」。スマホと家電を連動させているのが特徴です。

炊飯器は、米の種類を選ぶだけでなく、炊き方についても早炊きなのか冷凍用なのかなど、25通りのコースから、よく使う3つをスマホに登録し、簡単に操作することができます。

その年の米のできばえに合わせた最適な火加減の調整も、スマホを通じて更新でき、まるでパソコンやスマホのように機能をアップデートすることが可能です。

完成した家電のソフトを購入後にアップデートする。こうした発想は伝統的なものづくり企業・パナソニックにはこれまでほとんど見られませんでした。

冒頭に示したキーワード「ハードとソフトの融合」の一端が姿を現しました。

負の遺産処理

ことし6月まで社長として9年間、会社を率いてきた津賀一宏氏。

2012年の社長就任当時、会社はひん死の重傷を負っていました。2012年3月期の決算は過去最大の7700億円の赤字を計上。津賀氏は就任当初、「負の遺産処理」が任務だったと語ります。
津賀氏
「会社が100周年を迎える2018年までに6年間ありましたが、本当に100周年を迎えられるのかなというのが率直な思いでした。誰かが(会社の改革を)やらなければならない、私が選ばれたのであれば私がやらなければならない。ある意味、負の遺産処理を求められたというのは事実ですね」
津賀氏が真っ先に取り組んだのは赤字の根本原因だったプラズマテレビ事業からの撤退でした。

歴代社長が薄型テレビ競争を勝ち抜くため、巨額の投資を続けてきた事業に終止符を打ったのです。
津賀氏
「プラズマに象徴されるデジタルテレビを部品から半導体まですべてを自前で生産し、グローバルに展開していく。これは成功したら非常に大きなビジネスをつくるチャンスだった。私の前3代の社長はそのチャンスに賭けたわけです」
津賀氏の「負の遺産処理」はこれにとどまりません。
液晶パネル事業、半導体事業、自動販売機、太陽電池など不採算部門からの撤退を相次いで打ち出しました。

ことし3月末にはとうとうテレビの国内生産からも撤退しました。

インタビューでは明言は避けましたが、私との個別取材で津賀氏は「テレビという箱でもうかる時代ではない」と会社の顔的存在だったテレビ事業の将来性に否定的でした。

企業向けのビジネス強化

その一方で、会社の経営戦略を企業向けのビジネス、いわゆるBtoBの分野に大きくかじを切ったのも津賀氏でした。

その顕著な例がアメリカの電気自動車メーカー、テスラとの提携です。車載用電池の事業に注力、大規模な投資も行い、2017年からはアメリカ・ネバダ州で電池工場を共同運営しています。

しかし、そのテスラ向けの事業も順風満帆とはいえません。黒字になったのは昨年度になってからで、会社を支える事業にはまだ成長していないのです。

10年先から逆算して

津賀氏
「私の時代に十分な成長ができていない、もしくは成長戦略を描ききれていないという事を言われるんですね。それは事実として受けとめています。一方、学んだことは長期的な視点で成長を考えなければ持続可能な成長はできないということです。従来のようにヒット商品を出したらそれが成長ですよっていう考え方はうまくいかないであろうと。そこで今取り組んでいるのは10年先から逆算して、10年先の成長を担保できる事業を見つけるということなのです」
逆算の方法で津賀氏が退任間際に見つけ出し、勝負に打って出たのがアメリカのソフトウエア大手、ブルーヨンダーの買収でした。買収総額はおよそ7600億円、パナソニックの歴史のなかでも1,2位を争う巨額買収案件です。

これが「ハードとソフトの融合」を体現するビジネスの代表例といえるでしょう。

ブルーヨンダーとは

ブルーヨンダーとはどのような会社なのか。

アメリカ・アリゾナ州に本拠地を置き、工場や倉庫と売り場を効率的につなぐ、いわゆるサプライチェーンのシステム開発を手がけています。1985年にJDAソフトウエアという名前で創業し、さまざまなソフトウエア企業を買収して規模を拡大してきました。AI=人工知能と機械学習を使ってサプライチェーンの改善を企業に提案し、高い収益力を誇ります。

アメリカの飲料大手コカ・コーラやドイツの物流大手DHLなど世界76カ国で3000社を超える顧客を持っています。

どのようなシステムを提供するか、例で示します。
グローバルに展開する製造メーカーの場合。各国からの注文は消費者の関心や景気動向などを細かくAIが分析。将来の需要を予測します。
必要となる部品の量もアドバイスします。生産工程はカメラで監視し、遅れがないかをチェックします。また、工場の稼働が追いつかない場合、どれぐらいの従業員を残業させるかも示します。

各国の通関の混雑状況を把握して、どれくらい遅延が発生しそうなのかが把握できます。

また、物流網にトラブルが起きると瞬時に察知し、別の方法での輸送も提案します。

買収で会社は変わるか?

パナソニックは、この会社を買収することで、いってみれば工場や倉庫、配送などの総合コンサルティングサービスに乗り出そうとしているのです。

そこに自社の強みであるセンサーやカメラなどを組み込んでいく。ハード主体からソフト主体へと大きく転換しようというねらいです。

買収はあまりに巨額だったこともあり、当初は役員のあいだで反対が相次ぎましたが、津賀氏は経営幹部が集まる会議の中で「俺はやりたいんや!」と発言。会社を変えることの重要性を説いたといいます。

津賀氏は後日、こう振り返っていました。
津賀氏
「ものづくりしかしてこなかった幹部たちの中には、腰がひけとるやつもいた」

新社長の覚悟は?

会社の未来を託されたのが楠見雄規新社長(56)です。

研究開発部門の出身で、テレビ事業を担当。直近まで電池など車載事業のトップを務めていました。社内では「こわもて」「頭は切れるが遠慮がない」など厳しい側面を強調されがちです。

楠見氏が多くを学んだのは車載部門に在籍していたとき、あのトヨタ自動車からでした。
楠見氏
「トヨタの担当者からいろいろご指導いただいた。改善の上にも改善を重ね、それがスピーディーにまわる。この力のすさまじさを感じたことがありました。パナソニックの現場のいろんなところにある非効率な部分、仕事がスムーズに進まないことを徹底して排除していく余地は、私たちのどの職場を見ても、まだそこかしこに残っている。それを撲滅するといいますか、改善を繰り返していくというところまでは私たちの会社は今、至っていないと思っています。昔、松下電器時代はそういうことをやることが伝統だった。それを取り戻していかなければならないと考えています」
就任したばかりの楠見氏ですが、今、力を入れたいと強調するのは後進の育成です。
楠見氏
「かつて創業者の松下幸之助は理想の社会、楽土の建設に250年使うと言ったんですよね。その時間感覚からすると10年なんて一瞬です。その時間軸のなかで1つやらなければならないと思っているのは、私ごときよりも優れた経営者を育て、見いださないといけないということです。この会社はモノをつくる前に人をつくる会社だということであります」

変革への思いを社員に浸透させられるか

創業103年目に入った巨大メーカー、パナソニック。高い技術力で数々のヒット商品を生み出し、人々の暮らしを豊かにしてきました。

一方、その成功が華々しすぎたため、多くの社員が過去の成功体験にしがみつき、「事なかれ主義」に陥りがちな企業体質になっているとの指摘も社内外から出ています。

経営トップの変革への熱い思いをいかに社員に浸透させることができるのか。その手腕が厳しく問われることになりそうです。
大阪放送局記者
谷川 浩太朗
平成25年入局
沖縄局を経て地元・大阪で経済取材を担当