船員不足を救う“切り札”に 瀬戸内から業界に変革を

船員不足を救う“切り札”に 瀬戸内から業界に変革を
「内航船」、国内の貨物輸送を担う船舶のことだ。陸上を走るトラック運送と違ってふだん目にする機会は少ないかもしれないが、国内の貨物輸送のおよそ4割はこの内航船が担っている。まさに日本の“血流”そのものと言えるが、慢性的な船員の人手不足と高齢化に業界は悩まされている。この長年の課題解決に向けて瀬戸内の企業がある取り組みを加速させている。(松山放送局記者 武田智成)

「確保が困難」深刻な高齢化と人手不足

貨物輸送を行う内航船は国内に5000隻余り、船員はおよそ2万8000人いる。(2019年、国土交通省調べ)
船員の年齢構成を見ると、60歳以上が全体の24%、50歳以上だとほぼ半数の47%を占め、高齢化が進んでいる。
労働の実態はどうか。

平成29年度に国が行った調査では内航船員1人当たり1か月の平均労働時間は238時間となっている。これは一般労働者の170時間や建設業の180時間と比べて圧倒的に長い。しかも1か月(31日)の平均労働日数は29.86日と、ほとんど休日を取得できていないことになる。
貨物船では3か月乗船してその後に1か月休暇を取るのが一般的だという。長期にわたって陸を離れる業務上、船員法という法律でこうした働き方が認められているというが、労働現場の厳しさが想像できる。

実際、働き始めてすぐに辞めてしまう若者も少なくなく、国が内航船の事業者を対象に行った調査で40%近くが「船員の確保が困難」と答え、人手不足が深刻だ。

課題克服に向け動き出したプロジェクト

こうした中、環境改善につながるのではと業界が期待しているプロジェクトがある。ことし5月、広島県の「本瓦造船」と山口県の「冨士汽船」、愛媛県の「SKウインチ」が共同で発表した「次世代型デジタル内航船」だ。
畝河内代表
「これまでも課題解決に向けた動きはあったがなかなか実現しなかった。今回の取り組みは、荷主、船主、造船所、そして内航海運業界が一つになって長年の課題を克服する大きな一歩となる」
どんな船なのか。6月にしゅんこうしたデジタル内航船「りゅうと」は全長40メートル、幅8メートル、総トン数は199トンのケミカルタンカーだ。
最大の特長はデジタル技術によって作業の負担を大幅に少なくできることにある。

甲板での作業から解放される!?

内航船は安全管理のため、船員法などによって4人以上の乗船が義務づけられている。

船員の仕事の中でもっとも時間をとられるのが、荷役つまり荷物の積み降ろし作業だ。
例えばケミカルタンカーで液体の積み降ろしをするさい、船員は総出で船体とパイプをつないだり、量を調整するためバルブを回したり長時間労働を強いられる。計量器を見ながら手動で行っている。

バルブの操作がすべて手動の場合、いちばん時間がかかる作業で早くても1時間、大きい船だと3時間かかることもあるという。

一方、新たなデジタル船では、パイプをつないだあとは操縦室で1人での作業が可能になる。
ディスプレー画面の「荷役開始」ボタンに触れるだけで液体が流れ始め、タンクの容量の確認やバルブの調整も遠隔で行うことができる。甲板での作業から解放されるのだ。

世界初!の技術を搭載し 安全性も向上

また、船が接岸する際、いかりやロープを巻き上げるための装置、ウインチの操作も課題となっていた。これまでの一般的なウインチは、油圧式のモーターで動き、複数の船員が岸壁との距離などを測りながら手動で操作する。
ここに電動化の技術を搭載した。愛媛県の企業が開発した新しいウインチは電気自動車のモーターを応用した世界初のものだという。

操作も操縦室のモニターを見ながら行える。
搭載するセンサーとウインチが連動して動くことで接岸作業の精度がより高くなっただけでなく、そばで目視する必要もなくなったため、船員がロープに巻き込まれるといった事故のリスクもなくなるという。

開発した会社によると、こうしたデジタル技術の導入で船員の労働時間は従来の船と比べて2割程度、削減できるとしている。
その分仕事に余裕が生まれ、安全性が高まることも期待される。
本瓦社長
「デジタル技術の力で何とかして乗組員の負担を減らして、より仕事をしやすい環境を作りたい。ほかのさまざまな船舶に導入するのはまだ時間がかかると思うが、長年の課題の克服に向けて期待を持てる取り組みだ」

海事産業の集積地 四国に寄せられる期待

こうした取り組みに業界団体も大きな期待を寄せている。
安藤専務理事
「業界としてもデジタル化に注目しています。海外に荷物を運び運航距離が長い外航船は運転の自動化が求められますし、内航船は負担が重い荷物の積み降ろしの作業の省力化が必要です。デジタル化による業務の削減と若い人への魅力の発信という2つの課題を同時に解決できる船の開発は、内航海運業界全体にとっても大事な1歩になることは間違いないと思います」
今治を中心に海事産業の取材を始めてほぼ1年になる。造船会社からは中韓のライバル会社との激しい価格競争やコロナで商談ができないという窮状を聞いてきた。また、内航船の会社ではとにかく人が足りないという現実も目の当たりにした。

デジタル船は人手不足を解決する一助になるだろうが、貨物船と一口にいってもケミカルタンカーやコンテナ船、ばら積み船など用途によって形状はさまざまだ。最も時間がかかる荷役作業を軽減するには、それぞれに対応した技術が必要になるだろう。

四国ではほかにも、香川県と徳島県の造船会社が重油を使わずリチウムイオン電池で動く世界初の「電動タンカー」を建造することが決まっている。世界でも有数の海事産業の集積地で最新の動きを伝えていきたい。
松山放送局記者
武田智成
2018年入局
経済担当として金融や観光、造船などを取材
鉛筆で風景画を描くことと読書が趣味