“聞こえているのに聞き取れない” APD 初の大規模調査へ

「雑音の中では話が聞き取れない」
「早口や小さな声が聞き取りにくい」
聴力は正常でも雑音の多い場所では必要な音や話を選び取れず、理解できなくなってしまう「APD(=聴覚情報処理障害)」という症状があります。専門家で作る研究グループはこうした症状がある人がどのくらいいるか実態を把握するため、大阪と首都圏を中心におよそ5000人の子どもを対象にした初めての大規模調査を始めることにしています。

APD=聴覚情報処理障害は、脳の神経機能の問題などが原因とも指摘されていますが、詳しい原因はわかっておらず、明確な治療法もありません。

専門家でつくる研究グループは、ことし秋頃から大阪と首都圏を中心に小中学校と高校のおよそ5000人を対象に調査を始めることにしています。

調査では、子どもと保護者を対象にアンケートを行い、聞き間違いや聞き返しがどの位の頻度であるかなど、およそ20の質問に回答してもらい、症状が疑われる子どもがどのくらいいるか調べることにしています。

海外では、学齢期の子どものおよそ3%に症状があるなど、さまざまな研究報告がありますが、日本では詳しい実態がつかめていないのが現状で、支援体制も整っていないと専門家は指摘しています。

研究グループの代表で、大阪市立大学医学部耳鼻咽喉科の阪本浩一准教授は「APDの症状を持つ人がどの位いるのか、子どものなかで症状がいつごろ現れるのか明らかにしたいと考えています。より多くの医療機関で検査や診断を受けられるよう体制を整えることが必要だと実感しています」と話しています。

APDの症状は?

APD(=聴覚情報処理障害)の症状に悩む笑歩さん(24)が異変を感じたのは、高校生の頃でした。
友人から「話を聞いてないよね」、「たまに変なところであいづちするよね」などといった思いがけない言葉が、きっかけでした。

当時、APDの症状を知らなかった笑歩さんは、うまく聞き取れないことを友人に説明してもわかってもらえず、戸惑ったといいます。

近所の耳鼻科など、複数の医療機関をまわって聴力検査を受けましたが、正常だと言われました。
医師に違和感を訴えたものの「そういうこともある」「気にしすぎだ」と言われ、明確な診断はつきませんでした。

悩んだ笑歩さんがインターネットなどで調べたところ、出てきたのがAPD=聴覚情報処理障害という初めて聞くことばでした。

その後、APDと診断された笑歩さんが周囲に理解されにくい症状を知ってほしいと、おととし始めたのが、動画投稿サイトの配信です。
笑歩さんには、実際どのように聞こえているのか投稿した動画で再現しています。

例えば、「携帯電話はマナーモードにしていただくか電源をお切りください」ということばも、にぎやかなレストランでは人の話し声や食器の音にまぎれてしまい、「携帯電話は・・・にしていただくか・・・切りください」と一部の音しかわからないというのです。
笑歩さんは「コンビニやスーパーなど、買い物の時が大変です。いろいろな音が入って、耳に入ってくる情報が多いし、いろいろな音が入るので、頭がパンクしてしまいます。苦手なことはいっぱいあります」と話しています。

APDの疑い まずは専門家に相談を

APDの症状を疑って、専門の医療機関を訪れる患者が相次いでいます。

大阪市立大学医学部附属病院では去年ごろから患者が増え、多い時には1日10人余りが訪れる日もあるということです。
また、詳しい検査ができる施設は全国でも限られていて、ことし10月まで予約でいっぱいの状態だということです。
問診票には「雑音の中ではことばが聞こえづらい」など患者の悩みや症状が記録され、なかには、「上司の指示が聞き取れず仕事でミスが相次いだ」「客の注文が聞き取れず辞めさせられた」といった訴えも寄せられているということです。

症状は10代や20代に目立っていて、アルバイトや仕事などでミスが相次いで症状に気付くケースが多いということです。

大阪市立大学医学部耳鼻咽喉科の阪本浩一准教授は「症状を訴える多くの人が、就職してから職場で電話の応対に困ったり、ミスをしたりして気付くケースが多い。深刻な人はうつ傾向になる場合もあり、まず専門家に相談してほしい」と話しています。

進まない理解 退職に至ったケースも

APDの症状を職場で理解してもらえないと、退職に至ったケースもあります。

去年7月、APDと診断された東京都の直美さんは、幼いころから聞き取りづらさを感じていましたが、聴力検査では異常がありませんでした。
直美さんが異変を感じたのは、働き始めてからです。

窓口で客の対応をしている最中に、上司から口頭で指示をされ、聞き取れないことがありました。客から頼まれた荷物の宛先の「香川」を「カナダ」と聞き間違え、同僚に指摘されたといいます。

「音として聞こえていても理解できないことがある」と職場で伝えましたが、なかなか分かってもらえずつらくなり、仕事をやめることにしたといいます。
直美さんは「APDの認知度がとても低いので、それが本当なんだよ、うそじゃないんだよっていうのを肯定してくださるととてもうれしいですね」と話しています。

まず診断 生活を変えるきっかけに

APDと診断されたことで、日常生活を送りやすくするきっかけを得られたという人もいます。

大阪府の中学生、遼さん(13)です。母親の香央里さんは、遼さんが3歳の頃に声をかけても気付かないことがあり、違和感を感じていたといいます。

5歳の時には医療機関で専門的な検査を受けましたが、年相応の成長で特段の問題はないという結果でした。
それでも、小学校にあがるとざわざわした教室では担任の指示が聞き取れず、集団行動にうまくついていけなかったり、提出物が遅れたりして、苦労することも多かったといいます。

この春、中学進学を前に症状に詳しい医師を訪ねたところ、初めてAPDと診断されました。
診断を受けたことについて香央里さんは、「今まで感じていた違和感はこれだったんだって、非常に納得した、安心できたというのがとても大きいです」と話しています。
また、遼さんは「自分が物事を忘れたり、動きがちょっと遅かったりするっていうので、自分と同じような人がたくさんいるのに安心しました」と話していました。そして、学校生活が送りやすくなるようにと中学校に症状への理解を求めました。

香央里さんは「APDの症状の知名度がもっと高くなって、私はその特徴がありますとカミングアウトすることで、ゆっくり、はっきりと話をしてくれる人が増えたり、プリントしてくれたりする配慮をいただけたらありがたい。そう変わっていったらうれしいなと思います」と話しています。

大阪市立大学医学部耳鼻咽喉科の阪本浩一准教授は「症状を疑ったらまず大事なのは診断をすること、そして、周囲との環境の調整が大切です。診断を受けることで、困難を持っていることを説明しやすくなり、支援を得ることでより生活しやすくなる手がかりにしてほしい」と話しています。