「あなたが歩道に飛び出したんです」息子を奪われた父の訴え

「あなたが歩道に飛び出したんです」息子を奪われた父の訴え
安全なはずの「歩道上」で、中学生になったばかりの加藤大翔さんが亡くなりました。

見上げるほどの大きなトラックに巻き込まれて。
それから1年。最愛の息子を失った父親は言いました。

「大翔が飛び出してきたわけじゃない。あなたが歩道に飛び出してきたんです。大人がしっかりしなきゃだめなんじゃないですか」

ハンドルを握るすべての人たちにもう一度意識してほしい「一時停止」の大切さです。
(名古屋放送局記者 廣瀬瑞紀)

安全なはずの通学路の歩道で

1年前の6月19日の朝、その事故は起きました。

現場に到着すると、雨の中、見上げるほど大きなトラックとつぶれた自転車が残されていました。

自転車が通行できる通学路の歩道を走っていた中学1年生の加藤大翔さんが、道路沿いのガソリンスタンドに入ろうと歩道を横切って左折してきた大型トラックに巻き込まれ、亡くなったのです。
事故から2か月後、ご家族に手紙を送った私に、父親の二郎さんが電話をくれました。

二郎さんは、「大翔のためにできることがあるのであれば何でもしたいと思い、ご連絡しました」と話してくれました。

数日後、私は自宅を訪ねました。

両親の顔をみると、どんなお悔やみの言葉も軽く思え、言葉が詰まってなかなか口にできませんでした。
家の中にあがらせてもらった私の目に飛び込んできたのは、大翔さんの遺影でした。

中学生になったばかりだった大翔さんは、想像していたよりもずっと、まだ小さくてかわいい、色白の男の子でした。
父親の二郎さん
「中学生としての大翔って僕らにも印象薄くて。なんでしょうね。まだ中学1年生になったばっかりでしたからね。印象としては小学校6年生とあまり変わらないんですよ。きゃしゃな体で、まだ体ができていない。声変わりもまだしてませんでした」
大翔さんが好きだったアニメ「鬼滅の刃」のフィギュアもありました。

そして事故から1年がたった今も、大翔さんの遺骨が置かれていました。
父親の二郎さん
「大翔が寂しい思いしてるといけないと思って。あと、僕らも子離れできないといいますか。まだ彼とつながっていたいというか。本当はこういうのいけないのかもしれないですけど、手放すことができないです。
亡くなってから、お供えでいろいろ買い与えてますけど、生きていたらどれだけ喜んだかなっていうものばかりです。その姿を見られないというのが本当に悔しいです」

大好きだった学校

4月に中学生になったばかりだった大翔さん。

新型コロナウイルスの影響で、入学式の後すぐに休校になり、5月中旬からやっと登校できるようになりました。

大翔さんは学校に行くのを楽しみにしていました。

両親が見せてくれた小学校の卒業文集。
そこには「はずかしがりやの自分から、いろいろな子と話すことで友達と遊ぶ時間も増えました。中学校に行っても自分から話しかけて友達を増やし、楽しい思い出を作っていきたいです」と丁寧な字でつづられていました。

毎日、学校に行くのが待ちきれない様子だったといいます。
母親の正子さん
「『お母さんもう行っていい?』って7時10分頃からそわそわして。『まだ早いんじゃない』って言って。本当、時間になるのを待って出発という感じでした」
その日は朝から雨が降っていました。
母親の正子さん
「出発した時間は7時20分で普段と変わりないんですけど、その日雨が降っていて、弟の通学班が車で行くことになり、私がそれに気づかずに下の子を送り出してしまっていたので迎えに行くことになりました。

大翔が『じゃあ僕行ってきてあげる』と言ってくれましたが、雨も降っているしお母さんが行ってくるよと自分で弟を連れ戻しに行きました。私たちが下の子と一緒に家に戻ってきたときは大翔はもう合羽を着て家を出るときで、もう7時20分だから行っておいでって感じで送り出しちゃったんです」
その10分後、大翔さんは事故にあいました。

止まらなかった大型トラック

そのとき大翔さんは自転車も通行できる通学路の歩道を走っていました。

そしてちょうどガソリンスタンドの前にさしかかったとき、大型トラックが車道からガソリンスタンドに入ろうと左折してきました。

裁判の判決によると運転手は時速約10キロで歩道を横切り、大翔さんを巻き込んだということでした。
事故の3時間後、私は現場に着きました。

見上げるほど大きなトラックと、ひしゃげてつぶれてしまった大翔さんの自転車が運ばれようとしていました。

周辺で入手した防犯カメラの映像。

そこには自転車に乗った小さな男の子が大きなトラックに巻き込まれる痛ましい光景がうつっていました。

目を覆いたくなるようなその映像を見ていたとき、あることに驚きました。

大型トラックが歩道に入る際、大翔さんが自転車で走ってきているのに、まったく一時停止をしていなかったのです。

道路交通法では、車が歩道に進入する際は、歩行者がいなくても一時停止しなければならないと定められています。

私も自動車教習所で習った記憶がありました。
当然すべき一時停止をしなかったトラック。

しかし事故のあと、意識しながら歩道を歩いてみると、実際にはほとんどの車がきちんと一時停止をしていないことに気づきました。

警察に疑問をぶつけてみました。

返ってきたのは「歩道進入時の一時停止は定められてはいるものの浸透しているとは言いがたい」という驚きの答えでした。

NHKが過去に放送した交通事故を調べたところ、同じような事故がたびたび起きていることもわかりました。

しかし、警察によるとこうした「歩道進入時の事故」や「歩道を横切る際の一時停止違反」についての統計はないということでした。

歩道を横切る際に一時停止を怠る行為は、道路交通法上「通行区分違反」と分類されますが、この分類の中には、別の形態の違反も含まれていて、実態を把握・分析することが難しいというのです。
そこで交通工学が専門の愛知工科大学の小塚一宏名誉教授に協力を求め、一緒に大翔さんが事故に巻き込まれた現場に足を運びました。

事故から1年がたった現場には「通学路につき注意」と書かれた看板が立てられ、いまも花や飲み物が手向けられていました。
小塚名誉教授と私は1時間の間、どのくらいの車が一時停止をしているのか検証しました。

すると驚きの結果が得られました。

ガソリンスタンドを出入りした車は64台。

そのうち一時停止した車はわずか2台しかありませんでした。
その2台はいずれもガソリンスタンドから出た車で、車道から歩道に入ってきた車34台の中に一時停止した車はありませんでした。

歩道に進入する前に徐行する車はありましたが、多くは一時停止も徐行もしていませんでした。

なかには歩行者が手前にいるのに全くスピードを落とさない車もありました。
小塚名誉教授
「多くのドライバーに、『歩道に入るときは止まらないといけない』という意識が欠落していると思います。入るときは、入った先のガソリンスタンドのどこに入れるかとか、混み具合とか、そこに意識がいっていて、出るときも、これから自分が入る車線の混み具合とか、右から車が来ないかとかに意識や視線がいっています。

先の方に視線をもっていってしまっていると、脇からくる歩行者や自転車は視界になかなか入りませんから、今回のような巻き込み事故につながりやすい。ドライバーは徐行したつもりかもしれませんが、徐行では足りません。止まる、一旦停止する、そして安全であれば発進する、という基本が重要です。今回が特殊なケースではなくて、全国でも十分起こりうると考えるべきだと思います」
大翔さんが命を奪われた現場の状況は1年たっても何も変わっていませんでした。

教訓が生かされているとは思えませんでした。

事故を起こしたトラックの運転手は裁判で、「一時停止について免許を取る時に習ったが、長年の運転手の経験もあり、慣れから一時停止しなくなっていた」と話しました。

それを聞いた二郎さんは私にこう話しました。
父親の二郎さん
「それは慣れじゃないです、怠慢ですよ。だって大翔が飛び出してきたわけじゃないですから。あなたが歩道に飛び出してきたんですよ、10トントラックで、絶対にあらがうことのできない圧倒的な力で、人間を押しつぶしていくわけですから。

そういう凶器をあつかってるっていう認識が薄いんじゃないですか。大人がしっかりしなきゃだめなんじゃないですか。みんな止まらないと。残念ですよそんなの」

取材後記

私がこの事故を取材したのは、社会人になり、記者として名古屋に赴任した11日後のことでした。

「10代の男の子が事故で亡くなった」

そう言われて、初めて1人で現場に向かい取材をしました。

雨の中、痛ましい現場を一目見て動揺し、どうしたらいいのか、自分は何をしに来たのか、よくわからなくなりました。

「自分の半分ほどの歳の小さな子が通学途中に」
「どんなに怖くて痛かっただろう」
「きちんとヘルメットをかぶり、通学路の歩道をゆっくりと走っていたのにどうして」

1日の取材を終えて、家に帰ってきたとき涙が出ました。

そしてなぜか自分の家族のことが心配になり泣きながら電話をしました。

多くの人が、通勤で、通学で、仕事で、毎日のように乗る車。

私たちの生活になくてはならないものですが、時に取り返しのつかない結果を生む凶器にもなりえてしまいます。

「あなたが歩道に飛び出してきたんですよ」

大切な息子を亡くした父親の言葉を、1人でも多くのハンドルを握る「あなた」に伝えたいと思います。
名古屋放送局記者
廣瀬瑞紀

2020年入局
名古屋局が初任地
愛知県警担当として
事件・事故の取材に日々駆け回る