自動運転 “LiDAR” 最前線を担うのはイスラエル元特殊部隊員

自動運転 “LiDAR” 最前線を担うのはイスラエル元特殊部隊員
世界で激しい開発競争が繰り広げられている自動運転。この分野でいま熱い視線が注がれているのが、中東のシリコンバレーとも呼ばれるイスラエルだ。クルマのIT化が進む中、カギとなる技術を持つ企業が次々と登場している。
軍のエリート部隊の出身者が創業し、自動運転車の「目」となるセンサーの技術で急成長した新興企業に密着した。
(エルサレム支局長 曽我太一)。

自動車産業なくてもITに強み

人口930万ほどのイスラエル。
国内マーケットが小さいこともあって、自前の自動車産業は発展しておらず、街なかを走るのは海外メーカーの輸入車だ。

一方で、ITという視点でみれば、スタートアップを中心にハイテク企業がひしめき、その数は1万社以上にのぼると言われる。
背景の1つにあるのがイスラエル軍の存在だ。
サイバー分野やAI=人工知能の開発で世界トップクラスとして知られ、エリート部隊の隊員は高いIT技術を身につけている。そうした人材はマネジメント面での教育も受けていていることもあり、退役後に起業する事例が多いという。

ハイテク企業は世界各国から投資を呼び込み、海外からの投資額はことし6月までの半年間で日本円にして1兆1000億円を超え、過去最高だった去年1年間の総額をすでに上回った。そして、自動運転の開発で新たな技術がクルマに求められるようになったことで、イスラエルの存在感は自動車業界でも高まっている。

クルマの「目」ライダー開発で新星

なかでも、世界の有力メーカーから関心を集めているのが、ことし4月にアメリカのナスダック市場に上場した「イノビズ(Innoviz)」だ。

会社の創業は2016年。

ハイテクを駆使することで知られるイスラエル軍のなかでも、超エリートの極秘インテリジェンス部隊「81部隊」出身の2人が立ち上げた。

この部隊ではコンピューター科学などの高度なスキルを身につけることが求められるが、何よりもビジネスに生かされているのは、そこで学んだ「思考力」だと創業者のケイラフ氏は話す。
オメール・ケイラフCEO
「私たちは軍の特殊な部隊の出身です。そこでは、最も困難な課題をいかにして解決するかを常に考えていたのです。自動車運転に着目したときには、それが『ライダー』だったのです」
自動運転では、人の「目」にあたるセンサーが歩行者や対向車、信号など周囲の状況を把握して、「頭脳」にあたるソフトウエアが運転操作を判断し、ハンドルやブレーキ、アクセルを制御する。

イノビズは「目」にあたる高性能のセンサー「LiDAR=ライダー」の開発を手がけている。

ライダーは、英語の「Light Detection and Ranging」の略。
「光の検出と距離の計測」を意味し、光の反射を利用して物体を立体的に把握する技術だ。

装置からレーザー光を発射して物体を検知するとともに反射してくるまでの時間を計測することで、物体との距離などを3次元で測定することを可能にする。
その技術を実際に見てみた。

ライダーが搭載された車の前に立つと、人間の姿がくっきりと浮かび上がる。

自動運転で使われるセンサーには、ライダー以外にも、歩行者や車などを映像で把握するカメラ、走行中の車との距離などを測るレーダーがあり、こうしたセンサーを組み合わせることで、安全な自動運転を実現しようとしている。
それぞれ一長一短はあるが、雨天や暗闇で検知の精度が大きく落ちるカメラや、物体を細かく把握するのが難しいレーダーと比べて、ライダーは周囲の状況を高い精度の3次元データで把握でき、自動運転で安全性の飛躍的な向上が見込める。

ドライバーに代わって、クルマのシステムが主体となるレベル3以上の自動運転には欠かせない技術とされる。

ライダーの“課題”解決へ

一方で、ライダーの大きな課題は高額なコストの低減だ。

ほんの数年前は、1個800万円を超えるような製品もあって、クルマそのものが買えてしまうような価格だった。
しかし、レベル3以上の自動運転には欠かせない技術だけに、いま、世界中でコストダウンや高性能化を目指してしのぎを削っているのが実情だ。
イノビズでは価格を抑えるため、レーザー部分が固定された「ソリッドステート」方式を採用。レーザー部分が回転し、360度の範囲を検知できる「機械式」に比べると、検知できる範囲に限りがあるが、回転部分に必要な部品を減らすことができ、小型化にも成功した。

さらに、開発責任者が「パラダイムシフト」だと強調したのが、レーザーの波長だ。

長い波長のレーザーを使えば、より遠くの状況を把握できるのだが、検知には高価な半導体が必要になる。一方で、短い波長のレーザーであれば、高価な半導体は必要としないが、把握できる距離が短くなる。

そこで、この会社では、短い波長を使いながらも、独自に開発したデータ処理技術でライダーの性能を高めることに成功。今のモデルと比べて、7割のコスト削減を見込んでいる。
小型化されたライダーは、ナンバープレートの横に収まるサイズのうえ、1個で前方120度の広い範囲で、最大で250メートル先まで把握することが可能だ。

開発者たちは、現時点で製品化されているライダーでは最高レベルの性能だと胸を張る。
オメール・ケイラフCEO
「これまでは十分な性能や信頼性を備え、コンパクトでコストが安く、かつ大量生産に適しているようなライダーは存在しなかった。ライダーこそが自動運転を広く、かつ安心して普及させるさせる上で欠けていた要素で、だからこそ、私たちはそこにフォーカスしてきた。多くの企業が、コストやサイズ、電力使用量などでどこかで妥協し『近道』をしていたかもしれないが、私たちはどれにおいても妥協をしなかった」
今回、走行実験にも同行したが、前方の車や周囲の様子がくっきり映し出され、車両後部の自動車メーカーのロゴもはっきりと浮かび上がっていたのが印象的だった。

開発したライダーは、ドイツのBMWがことし発売する予定のレベル3の自動運転車に搭載されることが決まっている。

開発競争を生き抜くには

自動運転で注目されているイスラエル企業は、イノビズにとどまらない。

4年前にアメリカの半導体大手インテルに巨額買収されたモービルアイは、カメラを使った画像認識技術の分野でトップ企業に成長した。

EV=電気自動車のプラットフォームを開発するスタートアップ企業も日本のトラックメーカーの日野自動車などと提携している。

また、自動運転時代の到来を見据えて、日本の大手部品メーカーがイスラエルに拠点を置き、こうしたスタートアップ企業との提携を模索する動きも出ている。
EVをはじめとする電動化や自動運転の開発競争などを背景に、自動車業界は100年に1度の変革期と言われ、自動車メーカーを頂点とする産業構造も大きな変化を迫られている。

これまで存在しなかったような革新的な技術を武器に新たなプレーヤーが次々と業界に参入してくるなか、日本を含めた既存の自動車メーカーはどう変化に向き合うのか。

新たなプレーヤーとの連携も含め、これまでにない発想でビジネスを変革していく決意が求められていると感じた。
エルサレム支局長
曽我 太一
旭川局、国際部を経て現職。
パレスチナ問題やテクノロジー業界を重点的に取材する一方、最近はデータビジュアライゼーションを活用した報道も模索中。