「伯母が自宅ごと流された」 その時家族は 熱海 土石流

「伯母が自宅ごと流された」 その時家族は 熱海 土石流
「伯母の自宅、お袋の実家。跡形もありません。伯母も行方不明です」

静岡県熱海市で起きた土石流から2日後、SNSに撮影した写真を添えて投稿したのは、神奈川県の男性です。

伯母の安否がわからない状況を知ってほしいと投稿しました。

もし家族が被災したら、その時あなたはどうしますか?

(ネットワーク報道部記者 馬渕安代 鈴木有 /SNSリサーチ 長野希美)

自宅が跡形もなく

投稿した男性が取材に応じ、当時の状況を話してくれました。

土石流が起きた3日。

男性の母親は、伊豆山地区で1人で暮らす高齢の伯母を気遣い自宅を訪れていました。

近所の人と伯母の家を出た直後、異変を感じ、近所の人が伯母に避難するよう電話で呼びかけたといいます。

電話口で、台所にいると話したという伯母。

そして「家がミシミシして怖い」と言った直後、叫び声とともに電話が切れてしまったといいます。

絶望的な状況

母親の連絡を受けてから30分後、伯母の自宅に駆けつけた男性はことばを失いました。

家は跡形もなくなり、鉄筋コンクリートの建物以外周囲には何も残っていなかったからです。
男性
「絶望的な状況だと思いました。1人暮らしが心配で、伯母に近くに引っ越すよう説得していたのですが、こんなことならもっと強く言っておけばよかったと後悔しています」

伯母が「安否不明者」に 現場を知って

その後、伯母は所在が確認されていない「安否不明者」として名前が公表されました。

名簿の1人、太田洋子さんです。

男性は土石流の発生から毎日、伊豆山地区を訪れて伯母の手がかりを探していたといいます。

そして、発生から1週間後。
土石流で亡くなった人のうち1人が、太田さんと確認されました。

静岡県は盛り土の影響などで想定を超える土砂が出た可能性があるとしています。
男性
「怒りの気持ちがあります。僕の生まれ育った伊豆山はもうそこにはありません。現場を知ってほしいという思いで投稿しました」

流された自宅 一瞬の出来事

被災した家族の支援につなげたいとSNSの投稿を始めた女性もいます。
「母親が自宅二階から撮影したものです。この状況で危険と判断して一階に降りて裏口から逃げたそうです。この後(自宅は)流されました」
投稿したのは、静岡県熱海市の伊豆山地区に実家がある30代の女性です。

熱海で生まれ育ち、結婚を機に3年前、茨城に移り住みました。

実家には50代の母親と60代の父親が暮らしています。

土石流が実家を襲った7月3日。

午前8時すぎから母親のメッセージがLINEに届いていました。

その日は用事があり、メッセージに気付いたのは正午をすぎてから。

妹から「実家が大変なことになっている」と電話をもらったのがきかっけでした。

ふだんからLINEを使って毎日のように両親や妹ら家族と連絡を取り合っていた女性。

慌ててLINEを確認すると目に飛び込んできたのは「家の前が土砂崩れになっている」という母親のメッセージと動画。
女性は祈るような気持ちで返信しました。

「無事なの?既読つけて」。

12分後に来た母親からの返信。

「大丈夫!!無事です」。

返事を待つ間は生きた心地がしなかったといいます。

母親が自宅2階から動画を撮影した直後、父親と1階裏口から避難して命を取りとめました。

実家が土石流に飲み込まれたのはその僅か後、あっという間の出来事だったといいます。
女性
「両親があの土石流の中で無事で生きていてくれて本当にありがとうって心の底から思いました。実家は流されてしまいましたが、命があることが何よりです」

どんな小さな情報でも

その後、両親は無事に避難所に移ることができましたが、近所の人とは今でも数人と連絡が取れていません。

両親の慣れない避難所生活に、行方がわからない近所の人たち。

テレビには、生まれ育った熱海市の変わり果てた景色が映し出され、衝撃を受けました。

女性がツイッターで被災した熱海市の状況を発信し始めたのは、土石流の発生の翌日です。

断水した家庭向けに市が給水所を設置したという情報や、避難者向けに生理用品や高齢者向けの尿取りパッドが提供されたといった避難所の情報まで、被災した人たちに向けた情報を収集し、きめ細かく発信しています。
こうした発信をきっかけに女性の元には、安否がわからない家族の情報を求める人から直接連絡が寄せられるようになったほか、励ましの声も多く寄せられるということです。
女性
「どんな小さな情報でもありがたいです。安否不明の人がまだたくさんいるので、ツイッターを通して役に立てることがあるなら力になりたいです」

投稿が救助につながった

災害時に情報をやり取りするためのツールとなっているSNS。

書き込みをきかっけに救助につながったケースもあります。

長野県では2年前、台風19号による豪雨で千曲川が氾濫し、多くの住宅が浸水しました。

氾濫した10月13日は、住宅に取り残された人などから119番通報が相次ぎ、長野市消防局に寄せられた通報はふだんの8倍に。

つながりにくかった時間もあったということです。

ツイッター上には救助を要請する投稿が相次ぎました。

長野県には、防災情報の発信に使う公式のツイッターのアカウントがありましたが、当初は救助要請の情報を収集するツールとして使うことは想定していませんでした。

しかし、救助要請に関する多くの情報が寄せられたことから急きょ、「救助が必要な人は『#台風19号長野県被害』をつけてツイートしてください」と呼びかけました。
すると、救助を求める投稿が相次ぎます。

「1階浸水で老夫婦とネコが2階から動けません」

「父親が全身びしょぬれで凍えているそうです。一刻も早く救助よろしくお願いいたします」

当時、長野県庁では6人の職員が専属でツイッターでの情報収集に当たり、職員が投稿した人と直接やり取りするなどして災害対策本部の被災情報を共有するシステムへ入力していきました。

この情報が現場で救助にあたっている消防や自衛隊などに伝わり、長野県によりますと、およそ50件の投稿が実際の救助につながったということです。
防災のツイッターの担当者
「災害時に柔軟に活用しようとすると、日頃から慣れておくことが必要で、防災係で話し合いながら内容を決め、毎日1回の配信を続けています」

SNSで救助要請する時は?

もし自分や家族が被災したら、SOSを発信することもあるかもしれません。

熱海市の災害を受けて拡散されているのは、ツイッターでの救助要請の方法を紹介した投稿です。
公式アカウントの「Twitterライフライン」は、救助要請のツイートの具体例を紹介しています。

1 具体的な救援内容
2 住所がわかる場合は具体的に書く
3 #救助 ハッシュタグをつける
4 写真を添えて状況がわかるように
5 住所がわからない場合は、詳しい位置情報をつけるなど

具体的で正確な情報をつけることが大事だとしています。

そして、救助が完了したら、報告の投稿をするとともに救助要請のツイートの削除を呼びかけています。

また、災害時のツイートについて、次のような注意が必要だとしています。
▽まずは身の安全を確保すること。

▽救助要請はまず『電話』をすること。
119番や110番への救助要請がもっとも迅速で、#救助要請 ツイートは他に手段がないときに。

▽余裕があれば#場所を付けると親切。
自分のプラバシーも考慮しましょう。

▽情報の拡散は元ツイートをリツイート/引用ツイートとしています。

災害時 SNSどう活用?

災害が起きた時にSNSをどう活用したらいいのか、山梨大学工学部の秦康範 准教授に聞きました。

秦准教授は、情報をリアルタイムに得るツールとしてSNSは有効だとしています。

今回の熱海の土砂災害でも、土石流の発生を捉えた動画がいち早く投稿され、拡散されたのはツイッターでした。

一気に拡散されれば、多くの人に危険を知らせ、避難につなげることができるといいます。

熱海の土石流 教訓は

今回の熱海の土砂災害で学べることはないかを聞くと、秦准教授はこれまで呼びかけられてきた注意点が改めて重要だと実感したといいます。

土石流が発生した熱海市の現場は、「土砂災害警戒区域」に指定されあらかじめ危険性が指摘されている場所でした。

土石流は谷筋を流れるので秦准教授はこの区域の中でも谷筋に近いほど被害が大きいことも改めて確認できたといいます。

また、土石流によって多くの木造住宅が壊れました。

鉄筋コンクリートの建物の多くは土石流の直撃を受けても残っていて、いざという時には頑丈な建物の2階以上で、崖や斜面から離れた部屋に「垂直避難」をすることの大切さを改めて感じたといいます。

そして、土砂災害の発生を予測することの難しさを指摘しました。

土砂災害の直前には「前兆現象」が起きることがあり、山鳴りや地響きなど異常な音がしたり、ぱらぱらと小石が落ちてきたります。

また、斜面に亀裂が走ったり、突然、水が噴き出したりすることもあるといいます。

こうした異変に気付いた場合はすぐに崖や斜面から離れて、安全を確保してほしいといいます。
秦准教授
「熱海でも、土石流が起きる前に、生臭い匂いや濁った水が流れるなど大なり小なり起きたと聞いています。前兆現象があったらいつ土石流が起きてもおかしくありません。一方で大切なのは、土砂災害は前兆現象がなくても起こることがあるということです。前兆現象がないから安心という訳ではありません。特に、土砂災害警戒区域に住んでいる人は、異変を感じたら毎回避難することを心がけてほしいです。土砂災害から命を守るには、何よりも、早めに安全な場所に避難しておくことが大切です」