日本ハム元監督 大島康徳さん がんで死去 70歳 通算2204安打

プロ野球の中日と日本ハムで強打者として通算2000本安打を達成し、日本ハムでは監督も務めた大島康徳さんが大腸がんのため、先月30日に亡くなりました。70歳でした。

大島さんは大分県出身。

昭和44年にドラフト3位でピッチャーとして中日に入団しました。

すぐに野手に転向して長打力のある右バッターとして頭角をあらわし、昭和49年と57年にリーグ優勝を経験しました。

そして昭和58年には36本のホームランを打ってタイトルを獲得しました。

昭和63年に日本ハムに移籍してからも主力としてプレーし、平成2年には通算2000本安打を達成して44歳で現役を引退しました。

26年間の通算成績は2638試合に出場して2204安打、ホームラン382本、1234打点でした。
引退後は平成12年から3年間、日本ハムの監督を務めたほか、第1回のWBC=ワールド・ベースボール・クラシックでは打撃コーチとして日本の優勝に貢献しました。
大島さんは、自身のブログで4年前に大腸がんのステージ4と診断されて手術を受けたことや肝臓に転移したことを公表し、治療を続けながらNHKの野球解説などを精力的に行っていました。

先月にはおなかに水がたまる腹水を取り除く治療を受けるために入院し、その後肺への転移を明らかにしていました。
大島さんは大腸がんのため先月30日、東京都内の病院で亡くなりました。

70歳でした。

大島さんブログ「この命を生ききる」

5日更新された大島さんのブログのタイトルは「この命を生ききる」。

ことし春ごろに記したことばを大島さんの妻が代筆して投稿されました。

「この先の人生何かやりたいことがあるか?と真剣に考えてみたけれど特別なことは何も浮かばない(笑) 高校を卒業してプロ野球選手としての人生をスタートし この年になるまで野球一筋、野球人として生きることができた。皆様のおかげです。どうもありがとう。そりゃ辛いこともあったけどそれ以上にこの世界にいなければ得ることができなかったであろうファンの方からの声援や感動や喜びをたくさんいただいた。貴重な経験もたくさんさせて頂いた。よき先輩、よき後輩 よき仲間、よき家族に恵まれ美味しいものをよく食べて旨い酒をよく呑んで大いに語らい大いに笑い楽しいことやりたいことは片っ端からやってきた。楽しかったなぁ…これ以上何を望む?もう何もないよ。幸せな人生だった 命には必ず終わりがある 自分にもいつかその時は訪れる その時が俺の寿命 それが俺に与えられた運命 病気に負けたんじゃない 俺の寿命を生ききったということだ その時が来るまで俺はいつも通りに普通に生きて 自分の人生を、命をしっかり生ききるよ 大島康徳」(全文ママ)

ソフトバンク 王貞治球団会長のコメント

大島康徳さんが亡くなったことについて、ソフトバンクの王貞治球団会長は「中日ではとても元気のいい選手という印象でした。日本ハムでも明るくて人気がありましたね。第1回WBCのときはヘッド格で打撃コーチを務めてくれました。選手たちとの距離も近く、コミュニケーションをよくとってくれて、選手たちをその気にさせてくれました。ご冥福を心よりお祈りいたします」と球団を通じてコメントしました。