高まる若者たちの不満~韓国最大野党に誕生した36歳の代表~

高まる若者たちの不満~韓国最大野党に誕生した36歳の代表~
「どんなに勉強しても、努力しても、うまくいかず、挫折感を覚えてしまいます」

厳しい受験競争や就職活動にさらされている、韓国の若者たち。さらに、高い失業率やマンション価格の高騰などで、若者たちの中で不満が一層高まっています。
こうした中、36歳のひとりの男性が、一躍、若者たちから脚光を浴びています。

(ソウル支局記者 佐々一渡)

消えない現状への不満

「普通の感覚が通じ、公正な世の中で、すべての国民が幸せでいられるというのが、私の素朴な夢でした」

こう話すのは、ソウル近郊の大学に通うキム・ウジュさん(22)です。

一方、韓国には、激しい受験競争を勝ち抜いても、希望した大企業に就職できない「超競争社会」とも言えるような現状があります。このため、近年の韓国における若年層の失業率は10%近くと、高止まりを続け、全体の失業率を大きく上回り、慢性的な就職難が社会問題とされています。

期待したムン政権

4年前の大統領選挙、こうした不満を抱えた韓国の若者たちが期待したのが、いまのムン・ジェイン大統領でした。

前回の大統領選挙の投票率、20代は76.1%、30代は74.2%でした。その前の選挙と比べると、20代では7ポイント、30代では4ポイント余り高くなったのです。

就任直後のムン大統領への若者の支持率は90%を超え、「自分たちの置かれた厳しい状況を改善してほしい」という若者たちの期待を一身に背負っての船出でした。

裏切られた期待

こうした期待に応えようと、ムン大統領も「『雇用大統領』になる」と訴えるなど、雇用対策に力を入れると強調してきました。

しかし、2020年の韓国における15歳から29歳の失業率は9%と、全体の失業率4%を大きく上回り、若者の就職難は、依然として改善していません。

さらに、ムン政権のもとで首都圏を中心にした不動産価格が高騰し、若者たちの新たな不満の火種となりました。首都ソウルでは、マンションの平均価格が2倍近くに上がり、日本円で1億円を超えています。このため、どんなに一生懸命働いても、マイホームには手が届かないという声が、若者たちの間で上がってきているのです。

キムさんも友人たちと話すたび「将来への不安」が話題に上るといいます。
キム・ウジュさん
「『私たちは、これから何をして暮らしていこうか』そんな話ばかりしています。私たちの人生の先行きが見えなくなってきています。どんなに勉強しても、努力しても、うまくいかず、挫折感を覚えてしまいます」

高まる不満

若者たちの間でムン政権への不満が高まる中、それに拍車をかけたのが、相次ぐ不祥事です。

中でも、ムン大統領の最側近とされた元法相をめぐっては、娘の名門大学の不正入学、家族ぐるみの不正な投資など、さまざまな疑惑が出てきました。
野党側が激しく反対する中、ムン大統領は法相への任命を強行しましたが、一連の疑惑をめぐって、法相はその1か月後に辞任に追い込まれました。

こうした中、ムン大統領に対しては、「公正・公平な社会」を掲げながら身内には甘いという批判が高まり、「ネロナンブル」ということばが盛んに使われるようになっています。このことばは「自分がすればロマンス、他人がすれば不倫」という意味の韓国語を短くしたもので、ダブルスタンダードを意味しています。

キムさんも、こうしたことを受けてムン政権に対して大きく失望した若者のひとりです。
キム・ウジュさん
「本当に一生懸命に努力をしても成功できない人たちがいるのに、親の力で成功する人たちがいる。だとしたら、私たち若者はどうしたらいいのでしょうか。いちばん、我慢ができない点です」

不満の受け皿に野党のホープ

こうした中、先月11日、ひとりの男性が韓国中の若者たちの脚光を浴びます。

1985年生まれの36歳。
イ・ジュンソク氏です。

アメリカの名門ハーバード大学を卒業後、ITベンチャー企業を設立。26歳で政界入りしますが、3度挑戦した国会議員の選挙はいずれも落選。

そのイ氏が、先月行われた韓国の最大野党「国民の力」の代表選挙で当選したのです。韓国の主要な政党の代表としては歴代最年少とされています。
韓国の政党の代表は、当選回数や年齢を踏まえて決まることが多く、ダークホースと言える存在だったイ氏。

なぜ、当選することができたのか。
それは最大野党「国民の力」が、イ氏に若者たちの不満の受け皿となることを期待したからです。

若者の獲得が勝負のカギ

韓国で来年3月に行われる大統領選挙。この選挙で結果を左右すると見られているのが、若者たちの票です。

韓国では現在、高齢層が36歳のイ氏率いる保守系の野党、働き盛りの中年層は今のムン政権を支える革新系の与党を支持する傾向にあると言われています。
一方、若い世代は無党派層が多いとされ、先月25日に発表された世論調査では、30歳未満の有権者の46%が「支持する政党がない」と答えていて、40代以上のおよそ2倍となっています。

つまり、与党も野党も、若者たちの得票を伸ばせる余地が大きく、若者の票を多く集めたほうが、勝利につながると考えられているのです。

36歳の野党代表に集まる期待

「私たちの最大の課題は、大統領選挙に勝利することだ。そのために、多様な候補や支持者らが共存できる党をつくる」

イ氏は、代表に選ばれたあとの演説で、大統領選挙を見据えて、こう訴えかけました。

韓国では、大統領選挙に立候補できるのは40歳以上のため、イ氏が立候補することはありません。ただ、最大野党としては、イメージを刷新して若い世代の支持の拡大を図っていく考えです。

前回の選挙でムン大統領を支持していたキムさんは、こうしたイ氏率いる野党への期待を高めています。
キム・ウジュさん
「これからの経済は、20代、30代が主導していくことになります。若者たちの声に耳を傾け、何を重視すべきなのか、政府や政党には、私たち若者のために、しっかりと働いてもらいたいです」

政権運営を誰に任せるのか

来年3月の韓国の大統領選挙をめぐって、与党はことし9月、野党はことし11月に、それぞれの公認候補を選出する予定です。

今後、若者たちは、今の閉塞感(へいそくかん)を打破してくれる政権運営を誰に任せるのか、厳しい目で見ていくことになりそうです。
ソウル支局記者
佐々 一渡
2003年入局
旭川放送局、
国際部、ウィーン支局をへて
2019年から現職