“添い乳”で赤ちゃん窒息死相次ぐ 授乳に注意

“添い乳”で赤ちゃん窒息死相次ぐ 授乳に注意
お母さんの隣で、すやすやと眠る赤ちゃん。

その添い寝がきっかけで、小さな命が失われていました。

横になった状態で授乳するいわゆる“添い乳”をしている時に、赤ちゃんが窒息死する事故が相次いでいることが、滋賀県が行った実態調査で明らかになりました。

わずか数分間で失われる命。

リスクを知っていれば、救うことができたかもしれません。

(大津放送局 記者 松本弦)

「私が殺してしまった」自分を責め続ける母親

「呼吸が止まった赤ちゃんが来ます」

滋賀県の救急病院の小児科部長、伊藤英介さん(45)のもとに、去年、1人の赤ちゃんが運ばれてきました。

心臓はすでに完全に止まっている状態。

蘇生措置を行いましたが、全く反応はありません。

赤ちゃんは亡くなりました。

一緒にいた母親は「授乳をしたまま寝てしまって、気付いたときには自分の体の下に赤ちゃんがいた」と話していました。

伊藤さんはその時の母親の様子を今でも忘れられないといいます。
伊藤英介 医師
「母親は涙を流し、激しく取り乱していました。床に頭を打ちつけて『私が殺してしまった』と自分を責め続けていました。スタッフみんなで止めましたが、どんな言葉をかけていいのか分かりませんでした」

母親が“重し”となり、わずか数分で命が…

悲惨な事故はどうして起きてしまうのでしょうか。

伊藤さんが原因として目立つと指摘するのは、母親が寝転がって授乳する、いわゆる“添い乳”です。

母親は、体を赤ちゃんのほうに向けて横向きに寝そべり、赤ちゃんの頭を胸に抱きよせて授乳します。

このとき、母親の体は赤ちゃん側に少し傾いた状態になっています。
このまま眠ってしまうと、体が赤ちゃんにのしかかる形になります。

その際、赤ちゃんがまだお乳を飲んでいたり、顔を母親のほうに向けていたりすると、鼻や口が母親の体でふさがれ、息ができなくなってしまいます。

赤ちゃんが苦しくて顔を離そうとしても、大人の体重がかかれば身動きはとれません。

わずか数分で命を落とす危険性があるといいます。

伊藤さんはこうしたケースに何度も接してきました。

明らかになった“添い乳”のリスク

寝ている赤ちゃんが窒息死するケースはこれまでも報告されていました。

平成28年に消費者庁が行った分析では、全国で過去5年間に、0歳児が寝ている時に窒息して亡くなる事故は160件。

不慮の事故による死亡例全体の32%と最多でした。

「顔がマットレスなどに埋まる」

「掛け布団などの寝具が顔を覆う、首に巻きつく」
「家族の身体の一部で圧迫される」、添い寝が原因とみられるケースも5件報告されていました。

消費者庁の分析は「人口動態調査」の調査票に書かれている情報をまとめたもので、添い寝でどのように亡くなったのか、それ以上、詳しい状態までは分かりません。
一方、滋賀県では、去年から子どもの全死亡例を検証して再発防止につなげる「チャイルド・デス・レビュー」と呼ばれる取り組みが始まりました。

救急病院の小児科部長である伊藤さんもメンバーに選ばれ、亡くなった子どもたちの情報を、救急病院や警察、保健所など関係機関で共有。

死亡診断書を書いた医師からの聞き取りを行うなど徹底的に調べました。

すると添い寝で亡くなった赤ちゃんは、滋賀県内だけで過去3年間で5人にのぼっていました。

消費者庁の調査では、5年間に全国で5件。単純計算すると、1年に全国で1件のペースです。

しかし滋賀県の調査だけで、そのペースを大きく上回っていました。

さらに、滋賀県で亡くなった赤ちゃん5人のうち少なくとも3人が、授乳時の添い寝、“添い乳”が原因で窒息していたことが明らかになりました。

伊藤さんは、全国ではもっと多くの赤ちゃんが“添い乳”が原因で亡くなっているのではないかと考えています。
伊藤英介 医師
「滋賀だけで3年間で5人が亡くなっているとすれば、全国ではこの数倍、数十倍のお子さんが亡くなっている可能性もあると思います。今回、滋賀の調査で添い寝のリスクがはっきりしました。もし2、3年前に“添い乳”による窒息のリスクが広く周知できていれば、それで亡くなった子どもたちはいなかったかもしれません」

“添い乳”のリスク 受け止めてもらう難しさ

授乳時の添い寝のリスクを啓発しようと考えた伊藤さん。

同じ病院の助産師にも協力を求めました。

しかし、一筋縄ではいきません。

母親たちは“添い乳”にはメリットがあるというのです。
助産師が母親から聞いた“添い乳”のメリット
▽添い乳をすると、赤ちゃんがよく寝てくれるので楽。

▽授乳を数時間おきにする必要があり睡眠不足になるが、“添い乳”をすれば自分も寝られる。

▽親子のスキンシップになり、愛着がわく。
現場からは、育児に追われる中で“添い乳”に慣れている母親に対して、リスクをきちんと受け止めてもらうのは難しいという意見も出ました。
香川留美 助産師
「初めて出産を経験したお母さんたちは、病院できちんと説明をすれば添い寝中の授乳にリスクがあることを認識してもらえるが、実際には添い乳が楽なので、第2子以降ではその経験を踏まえて添い乳をするようになってしまい、リスクがあるという認識に切り替えられなくなっていることがある」

“添い乳”は疲れていないときに

しかし、赤ちゃんが死ぬようなことがあっていいはずがない。

伊藤さんはこれまでより一歩踏み出しました。

伊藤さんの勤める病院では、これまで育児用のパンフレットに、疲れているときは子どもと一緒に横になって“添い乳”をすることを勧めていました。

しかし、この表現を削除。
いまは、“添い乳”は疲れていないときにだけ行い、決してそのまま寝ないように指導しています。

“添い乳”のリスク 家族全員で共有を

さらに伊藤さんは、母親向けの育児教室でも注意喚起を始めました。

ポイントは「家族全員でリスクを共有すること」です。
添い寝の事故を防ぐために
▽ベビーベッドを利用して、赤ちゃんを一人で寝かせる
▽ミルクで育児をしている場合には、夜間の授乳はパートナーに代わってもらう

子どもと一緒に横になる場合には
▽疲れているときに授乳をしない
▽家族にもリスクを知らせ、定期的な見守りと母親が眠ってしまった場合の声掛けを徹底する
▽眠気を催す薬を飲んだ後は、一緒に横にならない

寝具による窒息も起きていることから
▽柔らかい布団やマットはうずもれて窒息するおそれがあるので、かたいものを使う
▽大人の掛け布団は重いので、子ども用の軽い布団を使う
実際の対策は簡単ではありませんが、伊藤さんは、決して母親のワンオペ育児にさせないことが重要だと指摘します。

パートナーの側も夜間授乳を代わりに行うなど、家族の事情に応じてみんなで育児をし、赤ちゃんを守ってほしいと訴えています。
伊藤英介 医師
「育児をするお母さんたちは、僕が想像するよりもずっと体力を消耗していると思います。あらかじめ家族にもリスクを知ってもらって、もし眠ってしまったら声をかけてもらうなど、周囲のサポートも大切です。愛情をもって接しているのに、つい眠ってしまって子どもが亡くなるというのは、悲しいことだと思います。子どもの命を守るために、まずは添い寝のリスクを知ってほしい」

悲しみを繰り返さないために

「愛情をもって接しているのに、子どもが亡くなるのはあまりにも悲しい」という伊藤さんの言葉は、今回の取材を通して最も心に残っています。

授乳時の添い寝によって、最愛のわが子を失った母親の後悔は、想像するだけで苦しくなります。

全国ではいったい何人の子どもが添い寝中に窒息で亡くなっているのか。

まずはその全体像を早急に明らかにし、産婦人科や保健センターなど、育児にかかわる関係者が一丸となってリスクの大きさを伝え続けること。

子どもを守るためにも、母親を守るためにも必要だと感じています。
大津放送局 記者
松本 弦

平成30年入局。事件や事故、いじめ問題など子どもを守るための取材にこだわる。