“もう黙るのをやめた” 消息絶ったウイグル族知識人 娘の訴え

“もう黙るのをやめた” 消息絶ったウイグル族知識人 娘の訴え
100万人を超える人たちが不当に拘束されていると指摘されている、中国の新疆ウイグル自治区。欧米などは収容施設での思想教育や強制労働、不妊手術の強要などが行われていると批判。アメリカは、民族などの集団に破壊する意図を持って危害を加える「ジェノサイド」が続いていると非難を強めている。これに対して中国政府は、一貫して「欧米などの指摘は事実ではない」と主張している。この人権問題、日本にも大きな関わりがある。日本に留学していたウイグル族の知識人たちが、帰国後、次々と行方不明になり、少なくとも9人と連絡がとれなくなっているのだ。彼らはなぜ、消息を絶ったのか。これまで弾圧を恐れ、口を閉ざしていたその家族や関係者が語り始めた。(World News部記者/白河真梨奈)

消息を絶った、日本留学経験のある9人

今年3月22日。
EUは、新疆ウイグル自治区のウイグル族などに対する強制収容などの深刻な人権侵害を理由に中国当局者に制裁を実施した。欧州による中国への制裁は1989年の天安門事件以来のことだ。

さらにこの日、アメリカ・カナダも足並みをそろえる形で中国への制裁に踏み切った。ウイグル問題で欧米諸国が一致して厳しい姿勢を示したのだ。世界が大きく動いた象徴的なものとなった。

その3日後、永田町である会合が開かれた。

日本で生活するウイグル族の人たち4人が、自民党の外交部会に初めて招かれ、現地の状況について訴えたのだ。

人口およそ2500万の新疆ウイグル自治区。そのおよそ半数を占めるのが、少数民族のウイグル族だ。多くの人がイスラム教を信仰し、固有の文化や言語をもっている。

ウイグル族の間では、中国政府の民族政策に根強い不満があり、2009年には中国政府への抗議デモが大規模な暴動につながった。その後、分離・独立の動きを警戒する中国政府は統制を強めてきた。

自民党本部で、日本ウイグル協会のアフメット・レテプ副会長は「大規模な強制収容が始まった2017年以降、著名な知識人がたくさんいなくなっている。その中には日本の各大学が育てあげた著名な知識人も入っている。外交ルートを使って、彼らの消息を確認してほしい」と訴えた。

日本ウイグル協会によると、日本で留学経験を持つウイグル族の知識人のうち、消息を絶ったのは少なくとも9人に上るという。
このうちの一人、著名な詩人のアブドゥカディリ・ジャラリディン氏。様々な賞を受賞した文化人だ。

ジャラリディン氏は2002年、石川県内の大学に留学。帰国後は新疆師範大学で教授を務めていた。

しかし、3年前、新疆ウイグル自治区の自宅で、突然、中国の公安当局に連行されてから連絡が取れなくなっている。

彼の長女が、いま、神戸に住んでいる。
ブルブルナズ・ジャラリディンさん(30)。

父親が拘束されたとき、ブルブルナズさんはトルコに留学していた。しかしトルコでも年々、経済協力などを通じて中国が影響力を強めている。不安を感じたブルブルナズさんは、子どものころ父親と一緒に滞在していた日本に来たという。

ブルブルナズさんは父親が拘束されるような理由は一切見当たらないという。
ブルブルナズさん
「父は政治的なことから距離を置いていました。彼は学問に専念し、決して、政治的でも宗教的でもありませんでした。父はいつも新しいことに挑戦するよう促し、みんなから尊敬され、愛され、多くの人とともに時間を過ごしていました」

外の世界を見ることを訴え続け…

大切にしているというウイグル語で書かれた父親の本を見せてくれた。

19年前、家族で石川県に滞在していた時の体験をまとめた1冊。日本の社会や文化を紹介し、ウイグルの人たちに外の世界を見ることの重要性を訴えた内容だった。
それは、ウイグル族の子供たちにもよく知られていた。
新疆ウイグル自治区には、少数民族の子弟が自分たちの言語で学ぶことができる民族学校があり、その小学5年生の教科書に掲載されていたのだ。

その一節にはこうあった。
(抜粋)
『人間は山を越え 谷を越えて、時々自分の目を覆っている景色を破らないと、目が見えていても何も見つけられなくなってしまう』
生まれ育った場所だけでなく、広い世界で前向きに生きることの大切さを伝え、多くのウイグル族の若者に外国に行くきっかけや勇気を与えてきたという。

しかし、こうした教科書が、問題視された。

今年4月2日、中国国営テレビは、あるドキュメンタリー番組を放送した。そこでは新疆ウイグル自治区教育庁の幹部ら3人が「子どもたちに分離主義を勧めた」と証言していた。3人は無期懲役の有罪判決を受けていた。
このうち、副庁長のアリムジャン・メンティミン氏は「小学校の教科書は、汎イスラム主義、汎トルコ主義だらけだった。歴史的偉人を登場させ、子どもたちに独自の文化や中国の外の世界へ向かうよう仕向ける意図があった」とカメラに向かって自己批判するように語った。

番組の最後では、現在の新疆ウイグル自治区の小学1年生の教科書が紹介され、中国国旗や国章、そして「私たちは中国人です」という声明が子どもの挿し絵とともに描かれていることが紹介された。

アメリカ政府は、中国当局がウイグルの文化を尊重するのではなく、民族の同化を推し進めようという姿勢が表れていると非難している。

知識人がなぜ

なぜ知識人が次々と行方不明になっているのか。

埼玉県に住む、ムフタル・アブドゥラフマンさん。
新疆師範大学でジャラリディン氏の授業を受けたこともあるという。自宅には、ジャラリディン氏の著書がいくつもあった。

アブドゥラフマンさんは、ジャラリディン氏も西洋の哲学の古典をウイグル語に翻訳するなど、現地の知識人の間で大きな影響力を持っていたことが問題視されたのではないかと考えている。
アブドゥラフマンさん
「ウイグル族の中にエリート階級が存在しない状態を作ることで、リーダーを失ったウイグル族が何もできない状態にすることが、中国当局の狙いではないかと思う」
中国の人権問題に詳しい東京大学大学院の阿古智子教授は同様の指摘をしたうえで、中国政府の焦りもうかがえると分析する。
東京大学大学院 阿古智子教授
「知識人というのは、小説、詩、音楽や映画を通して、私たちの心や思想に深く影響を与える存在。哲学的な思想とか学問などを通して、社会問題に取り組む方向も示してくれる。その一方で、中国共産党は、中国の特色ある社会主義を打ち出して、最近では習近平思想も広げようとしているが、人々の心になかなか浸透していない。中国政府は現状に焦りを感じて言論統制、知識人弾圧を強化しているのではないか」
私たちは、ジャラリディン氏が所属していた新疆師範大学に最新の情報を問い合わせた。担当者に尋ねると、「よくわからない」「学部のトップにかけてください」などとたらい回しにされ、何度も途中で電話を切られた。

ようやく責任者にたどり着いても、「調べられない、なぜ捜すのか。彼のことを知らないから、連絡はとれない」と、すぐに電話を切られてしまった。

ジャラリディン氏が今も大学に在籍しているか、基本的なことすら答えてもらうことはできなかった。

在日ウイグル族の人々の声

ウイグル族の知識人らの行方が分からなくなったまま、その確認すらままならない状況に、日本ウイグル協会や人権団体などが助けを求める声を上げた。ことし3月、オンラインで集会を開催し、行方不明となっている知識人らの釈放をもとめたのだ。

ジャラリディン氏の娘のブルブルナズさんも訴えた。
ブルブルナズさん
「父を思い出すと、大量の本の中に座り込んで読む姿が浮かんできます。本を読み、書くこと一筋で生きてきた人が犯罪者のような扱いを受けて苦しんでいることを思うと胸が痛くなります。時々、誰も私たちの声を聞いてくれないような気がします。私たちは孤立しているような気持ちになるのです・・」
日本にいても、訴えることには勇気がいる。

ブルブルナズさんの母親は新疆ウイグル自治区のウルムチに住んでいるが、2度拘束され、父親や娘に関連した事情聴取を受けている。自分が中国政府を批判したりすることで母親に不利益が及ぶのではないかという恐怖を感じてきた。

それでも、ブルブルナズさんは今回、公の場で発言することを決めた。
ブルブルナズさん
「もうこれ以上、黙って待つことはしたくない。身の危険は心配だけれど、世界の関心が高まっている今こそがチャンスだと思うから。父と同じように何百人もの著名な知識人が行方不明になったり、正当な理由がないまま実刑判決を受けたり、不当に拘束されている。すべての人が解放されて元の生活に戻るために世界中の人に声をあげてもらいたい」
6月上旬、イギリス・コーンウォールで行われたG7サミットでは、中国による新疆ウイグル自治区での人権侵害を念頭に、国際サプライチェーンにおける強制労働への根絶に向けて連携を強化すると首脳宣言で表明した。

中国に対する国際社会の目は厳しさを増している。

しかし、ブルブルナズさんのもとに父の消息についての情報は一切届いていない。
WORLD NEWS部 記者
白河真梨奈
2010年入局
千葉局、社会部を経て現所属
国内外の人権問題や教育問題などを中心に取材