“4割が収入ほぼゼロ” 文化芸術の担い手 ワクチン集団接種へ

演劇や音楽など文化芸術の担い手に対しワクチン接種を進めて活動の再開を支援しようと、文化庁は国立の劇場や美術館を会場に1万8000人余りに集団接種を実施すると発表しました。
文化芸術の担い手を巡っては、文化庁の去年秋の調査で「収入がほぼゼロになった」という回答が4割に上るなど、感染拡大の深刻な実態が浮き彫りになっています。

文化芸術の担い手への集団接種発表 背景は?

文化芸術の担い手をめぐっては感染拡大の影響で多くが公演中止を余儀なくされ、文化庁の去年秋の調査では「収入がほぼゼロになった」という回答が4割に上るなど深刻な実態が浮き彫りになりました。

活動再開に向けワクチン接種が期待されていますが、今月から始まった職域接種では1会場で1000人程度への実施が要件となっておりフリーランスや小規模団体が多い文化芸術関係者の接種は課題となっています。

こうした中、文化庁は集団での稽古が必要な劇団員など緊急に接種を受けたい関係者や国立の文化施設の職員に対し、東京の国立劇場と国立新美術館を会場に来月5日から順次、集団接種を始めることを29日発表しました。
職域接種の申請の受け付けは一時休止されていますが、国立劇場での接種分はすでにワクチンを確保しているということで、まずは希望があった156団体およそ4200人のうち、抽せんの結果78団体2000人余りが接種をうける予定です。

文化庁では1万8000人余りへの接種を予定していて「少しでも多くのアーティストが安心して活動を再開できるよう支援していきたい」と話しています。

4割が“ほぼ収入ゼロに”

新型コロナウイルスの感染拡大やたび重なる緊急事態宣言によって演劇や音楽など文化芸術の担い手は深刻な影響を受けています。
文化庁が去年9月から10月にオンライン上で行った調査では文化芸術を担う関係者から1万7196件の回答が寄せられました。

この中では中止や延期によって「すでに決まっていた仕事の機会がなくなった」と回答した人が80%、去年3月から8月までの半年間で「文化芸術活動の収入はほぼ0%になった」と回答した人は40%に上りました。

また不安に感じていることとしては「業界全体で明るい見通しが立たないことへの不安」が24%「文化芸術活動をこの先続けられるのか不安」が19%となっていて、感染拡大の影響が長引く中厳しい実情が浮き彫りになりました。

コンサートなど特に集客イベントへの影響大

特に集客を伴うイベントへの影響は大きく、ぴあ総研が先月公表した調査では、ことし2月までの1年間で公演中止や入場者制限などにより失われた売り上げはコンサートなどの「音楽」で3800億円、演劇やミュージカルなどの「ステージ」で1600億円に上りました。

これは感染拡大前の2019年の市場規模のうち「音楽」は90%「ステージ」は76%が失われた計算になるということです。

こうした状況を受け、文化庁は文化芸術を担う関係者への支援に早急に取り組む必要があるとして対応を検討してきました。

演劇関係者からは期待の声

演劇関係者からはワクチン接種への期待の声が聞かれました。

来月、国立劇場でワクチン接種を受けることになった東京を拠点に活動するミュージカルカンパニー「音楽座ミュージカル」は40人ほどの俳優が所属しています。

オリジナルの作品が高く評価され日本の演劇賞を数多く受賞してきたほか、全国の小中学校への巡回公演や障害のある人やひとり親家庭それに東日本大震災で被災した人を無料で招待するチャリティー公演も続けてきました。

しかし感染拡大以降、状況が一変しました。

去年は予定していたほぼすべての公演が中止や延期となり、経営基盤を支えてきた企業向けの研修もなくなりました。

所属する俳優たちとは個人事業主として公演ごとに契約していますが、経済的な困窮に陥らないよう公演がない中でも報酬を払い続けていて去年は年間の売り上げが4分の1程度に落ち込んだといいます。

職域接種は対象外も文化庁の接種に抽せんで決定

そうした中でも「持ちこたえてコロナ後も公演を続けてほしい」とか「ライブで見て元気を取り戻したい」という声がメールやSNSで寄せられていて、劇団では来月末から町田市のスタジオで観客数を100人に絞って7か月ぶりに公演を行うことを決めました。


ただ消毒や換気、検温などの感染対策を徹底していても集団での稽古は密にならざるを得ず、メンバーが議論しながら作品を作りあげる中で感染リスクをゼロにすることは難しいといいます。

一方で俳優たちは個人事業主のため職域接種の対象にはならず、ワクチン接種が課題となっていたことから、文化庁に要望していたところ来月からの接種に抽せんで決まったということです。

「ワクチンを打たせてもらえて本当に感謝しかない」

音楽座ミュージカルの俳優、高野菜々さんは「対面での芝居や大きな声を出すことを考えるとワクチンを打たせてもらえて本当に感謝しかない。感染が落ち着いた段階で地方に出向いて子どもたちにも公演させていただきたい」と話していました。

「ワクチンを打つことで来場者の安心につながれば」

また俳優でプロデューサーの藤田将範さんは「パフォーマンス上はディスタンスが取りづらいので感染症対策を徹底しても難しい面はあった。エンターテインメントは安心安全の場があって初めて成立すると思うので、ワクチンを打つことで来場者の安心につながればと考えている。コロナ禍は自分たちの存在意義を考える機会になった。改めて社会の役に立てる取り組みを模索していきたい」と話していました。

国立劇場で準備進む

文化庁が実施するワクチン接種の会場となる東京・千代田区の国立劇場の小劇場では、来月5日から文化芸術の関係者3200人の接種が予定されています。

客席数590の小劇場は休業期間を経て先月中旬から観客の人数を制限するなどの感染対策を講じたうえで、日本舞踊や文楽などの公演を再開しています。

国立劇場を運営する日本芸術文化振興会によりますと接種は公演がない来月5日から9日に行われる予定で、今後会場設営の準備を進めるということです。

設営計画では小劇場入り口のロビーに受け付けが設けられ、手続きを済ませたあと劇場の客席で接種の順番まで待機し、その後舞台上に設けられる接種スペースに移動して医療従事者から問診を受けワクチンの接種が行われることになっています。
日本芸術文化振興会の城田由二総務企画部長は「いつもは伝統芸能の公演を行っている場所ですが、職域接種の会場として文化庁と相談し準備を進めています。文化芸術、伝統芸能の担い手にワクチン接種を進めることでより安心して活動していけるのではないかと期待しています」と話していました。