キャリアをあきらめない 「越境テレワーク」という働き方

キャリアをあきらめない 「越境テレワーク」という働き方
ある日、夫が海外赴任となったら。妻であるあなたは仕事を辞めて、ついていくしかないと思いがちでしょうか。
しかし、そんな悩みが解消していくかもしれません。新型コロナの影響で急速に広がったテレワークが、海外からでも仕事を続けることを可能にし、女性たちのキャリア形成の支えにもなろうとしています。(大阪放送局記者 中本史)

“越境テレワーク”始まる

東京・渋谷に本社のあるAIを使った音声解析サービスを提供しているレブコムで、製品の責任者を務める重城聡美さん(33)。

同僚たちとのオンライン会議に出席していますが、実はシンガポールからの参加です。

現地で働く夫、1歳の子どもとシンガポールで暮らしながら東京本社の仕事をしているいわば「越境テレワーカー」です。
重城聡美さん
「これまでは仕事がある場所に住まなければならなかったけれど、国境を越えたテレワークが可能になり、自分にとってベストな住む場所を選ぶことができたのは非常によかったです」

仕事をあきらめる駐在妻たち

日本企業のグローバル展開にともない、海外駐在など外国で暮らす人は2019年で89万人。1990年の2.4倍に増加しています。

一方、共働き世帯では多くのケースで妻が、家族か仕事かの選択を迫られがちです。

札幌市内に住む33歳の女性のケース。
夫がタイのバンコクに駐在するのにともない、ことし7月に仕事をやめます。

ウェブマーケティングの仕事を6年続け、自信もついてきたころですが、子どもがまだ4歳と小さく、自分がキャリアをあきらめるしかないと言います。
女性
「夫の駐在が何年になるかわからず、会社に残ることは難しかった。日本に帰ってきたときのブランクも大きくなるので、次の仕事に就けるのか不安です」
こうした女性たちにとって、企業が海外からのテレワークを認めると、キャリアを継続できる一助となります。

企業にとっては“面倒”?

ただ、海外からのテレワークを認めるのは企業にとって簡単なことではありません。

大阪に本社のある美容関連の設備メーカー「タカラベルモント」は、6月、「越境テレワーカー」の第1号を派遣することにしました。
この会社の広報室長、平岡三季さん(41)。

イギリス人男性との結婚が決まり、ロンドン郊外に移住することになりました。

平岡さんは去年6月に管理職に抜てきされ、最年少の広報室長となったばかりの、期待の人材です。

会社としては海外で暮らすことだけを理由に仕事を断念して欲しくなかったといいます。

課題1 海外から対応できない!

新型コロナの影響でテレワークの経験が積み重ねられたこともあり、当初はスムーズに話が進みました。

しかし、平岡さんの場合、広報室長という立場上、記者会見などの対応にもあたらなければならず、リアルに日本にいなくて仕事が本当に回るのかという懸念が残りました。

そこで会社は、平岡さんが担っていた外部とのやりとりについては、思い切って部下たちに任せることで乗り切ろうと考えました。

課題2 時差は8時間!

さらなる課題は時差との戦いです。
ロンドンと日本の時差はサマータイムが導入されている今は8時間です。

ロンドンの午前7時が、日本で午後3時。
日本の就業時間が終わる午後6時まで、3時間程度しかありません。

この間に、6人いる部下からそれぞれ抱えている案件の報告を受けて指示を出す必要が出てきます。

これまで以上に効率的な仕事の進め方が求められます。

そのために平岡さんは、これまでそのつど部下が管理職にうかがいを立てて仕事を進めていたやり方を変えて、部下たちそれぞれもある程度自分で判断し、最後の決断を管理職である自分が行う方法に変えることにしました。

課題3 ビザはどうやって取得?

そして、海外で働くにはビザの取得も課題になります。

当局に問い合わせるなどして情報収集を進め、イギリスで働く平岡さんの場合、現地の子会社の仕事も担うことで就労ビザが出たということです。

企業側の事情は?

こうした課題を乗り越えるのは企業にとって大きな負担ととらえられがちです。

それでもあえて会社が越境テレワーカーの導入に踏み切った背景には、平岡さんには女性管理職のロールモデルになって欲しいという思いがあるといいます。
冨谷明宣取締役
「恥ずかしながら、当社の女性の管理職の割合は5%ぐらいと非常に少ないのです。次に続く女性の管理職をとにかく増やしていきたいのです。また、新しい働き方に挑戦することで変化に強い会社にしたいという思いもあります」

公私ともに充実

6月中旬、ロンドンに着いた平岡さんはさっそく仕事を始めていました。

朝5時には起きて、6時、7時には日本とオンラインでつなぎ、短い時間に的確な判断と指示ができるよう前日の準備を万全にして臨んでいます。
パートナーと一緒に暮らしながら、これまでどおりの仕事を続けられることに、平岡さんは満足しています。
平岡三季さん
「せっかくこういった新しいライフスタイルを認めてもらったので、プライベートも、仕事もどちらも充実させていきたいです。“こんな選択もあるんだ”“あきらめなくていいんだ”と女性たちが思ってくれるとうれしいです」

企業に求められるのは

こうした企業の新たな動きについて、早稲田大学政治経済学術院の白木三秀教授は、多様な働き方を認めることが企業の強みにつながる時代に入っていると指摘します。
白木三秀教授
「雇用形態や働き方についても様々な形を認めていくという、いま企業に求められている“多様性”の一環です。キャリアを継続したい女性たちがこうした企業を選ぶようにもなり、人材が豊かになることで、周囲の評価、投資家たちの評価も上がってくるでしょう」

本当の多様性をめざして

さらに、経済学者の野口悠紀雄さんは「越境テレワーク」を女性だけでなく外国人も見据えて活用するべきだと説きます。
野口悠紀雄さん
「日本はこうした働き方で20年遅れています。アメリカでは2000年代にはインドにコールセンターを設置していて、国境を越えた働き方は当たり前です。アメリカは国際的な分業を進めることで、多様性を実現し、生産性をどんどん高めていきました」
「日本は言葉の壁もあって大きく遅れをとっています。コロナの影響で日本でもようやくテレワークで仕事ができるという意識に変わったので、これを機会に越境テレワークを広げていくべきです。現地子会社や支店を作らなくても、外国人の人材をピンポイントで雇用できる。本当の多様性を実現するために日本企業のトップたちの意識を変えないといけないと思います」
コロナ禍で日本に出現した「越境テレワーク」。

プライベートとキャリア、両方をあきらめたくないという女性たちの強い願いが新たな働き方をつくりだしているといえるでしょう。

もちろん、どの企業、どの職種でも導入できるという簡単なものではありませんが、今後、日本は少子高齢化に働き手の減少が避けられません。

「越境テレワーク」のような柔軟な働き方が女性や外国人などのチャンスを広げ、人材の多様性につながって企業の力になる。

日本の働き方はそんな好循環が生まれる入口にいるように取材を通じて感じました。
大阪放送局記者
中本 史
平成16年入局
沖縄局、首都圏センターを経て現所属
医療や暮らしを担当
2児の子育て中