決勝の前夜。準決勝を余裕を持って突破した多田選手は1人ホテルの部屋で苦しんでいました。これまで経験したことがないような吐き気が襲ってきたのです。
「緊張で『オエッ』っていうのが何回かあって。それぐらい緊張していました」
大会1か月前に練習場で取材した時には「毎年注目してもらって慣れてきた部分もあるので、プレッシャーは本当に感じなくなってきている」と話していましたが…。
オリンピックの切符がかかった1発勝負のレースは例外でした。
1週間ほど前から緊張感は高まり、夜ベッドに入っても夜中の1時、2時まで寝付けない日々が続きました。
「寝る前にレースプランとか想像すると、その光景が頭に浮かんで緊張するするんですよ。アドレナリンが出過ぎてなかなか寝付けなくて、寝られないから精神的にもすごい疲労が来てきつかったです」

陸上 多田修平 重圧と不安を乗り越え 東京オリンピックへ
かつてないハイレベルな選手たちによる戦いとなった陸上日本選手権の男子100メートル決勝から3日。日本一の称号とオリンピックの切符をどちらも初めて手にした多田修平選手は晴れ晴れとした表情で内定選手の記者会見に臨んでいました。
その場にたどり着くまで多田選手がプレッシャーという名の敵と壮絶な闘いを繰り広げていたことはあまり知られていません。

高まる緊張
重圧に拍車をかけた“好調さ”
今シーズンの好調さが、逆に多田選手を追い詰める形にもなっていました。2018年以降、スタートの形に迷って走りのバランスを崩し、思うようなタイムが出ていなかった多田選手。
しかし、今シーズンは延期でできた1年という期間をうまく使って体幹を鍛え直し、世界クラスといわれるスタートに加え、課題だった後半の減速も改善されていました。
しかし、今シーズンは延期でできた1年という期間をうまく使って体幹を鍛え直し、世界クラスといわれるスタートに加え、課題だった後半の減速も改善されていました。

日本選手権まで3週間を切ったなかで行われたレースでは、4年ぶりの自己ベストとなる10秒01をマーク。
トレーナーが「絶好調」いうほどの好調をキープして大一番を迎えました。夢のオリンピックの舞台は少し手を伸ばせば届きそうなところまで近づいていたのです。そうした気持ちの変化が多田選手がこれまで感じたことがないというプレッシャーを生み出していました。
多田選手を近くで見てきた大阪陸協のスタッフはこう話します。
「本人もいけるかもしれない、勝てるかもしれないと思うから余計に緊張するんやろうね。本来はビビりな性格ですから」
過去オリンピック2大会に出場している百戦錬磨の山縣亮太選手でさえも「これまでの日本選手権のなかで1番緊張した」というレース。すべての選手が、それぞれのプレッシャーと闘っていました。
トレーナーが「絶好調」いうほどの好調をキープして大一番を迎えました。夢のオリンピックの舞台は少し手を伸ばせば届きそうなところまで近づいていたのです。そうした気持ちの変化が多田選手がこれまで感じたことがないというプレッシャーを生み出していました。
多田選手を近くで見てきた大阪陸協のスタッフはこう話します。
「本人もいけるかもしれない、勝てるかもしれないと思うから余計に緊張するんやろうね。本来はビビりな性格ですから」
過去オリンピック2大会に出場している百戦錬磨の山縣亮太選手でさえも「これまでの日本選手権のなかで1番緊張した」というレース。すべての選手が、それぞれのプレッシャーと闘っていました。
太ももにも不安が 決勝の舞台裏
実は多田選手は足に不安を抱えていました。
絶好調で大会を迎えましたが、その分、足が動きすぎて右の太ももに違和感が出ていたのです。加えて予選、準決勝とミスのできない緊張感の中でのレースが続き、体はガチガチになっていました。
「太ももが張って、少し間違えれば肉離れとかに繋がっていたかもしれなかったですね。決勝の前は足が重くて不安がありました」
絶好調で大会を迎えましたが、その分、足が動きすぎて右の太ももに違和感が出ていたのです。加えて予選、準決勝とミスのできない緊張感の中でのレースが続き、体はガチガチになっていました。
「太ももが張って、少し間違えれば肉離れとかに繋がっていたかもしれなかったですね。決勝の前は足が重くて不安がありました」

迎えた決勝のレース。トレーナーの必死のケアで状態を戻してアップに向かいます。しかし、不安を拭いきれずレース直前の練習ではほとんど走ることができませんでした。
プレッシャーとけがの不安。
大一番を前に自分を見失いかけていた多田選手を救ったのが佐藤真太郎コーチでした。東京オリンピック出場を目指して2019年から二人三脚で取り組んできた2人。
多田選手の不安を理解していた佐藤コーチがかけたことばは、ほんのひと言でした。
「よしいい感じだ、いってこい」
信じてついてきたコーチのひと言で多田選手のスイッチが入ります。
さらに後押ししたのが地元大阪の温かい拍手でした。
ふだんであればおよそ5万人を収容できるスタジアムですが新型コロナの影響で観客の上限は10分の1の5000人。しかも、感染対策で声は出せません。
聞こえてきた地元のヒーローに向けられた拍手は、コロナ禍でなかなか聞くことができなかった音。それが最高の追い風となりました。
プレッシャーとけがの不安。
大一番を前に自分を見失いかけていた多田選手を救ったのが佐藤真太郎コーチでした。東京オリンピック出場を目指して2019年から二人三脚で取り組んできた2人。
多田選手の不安を理解していた佐藤コーチがかけたことばは、ほんのひと言でした。
「よしいい感じだ、いってこい」
信じてついてきたコーチのひと言で多田選手のスイッチが入ります。
さらに後押ししたのが地元大阪の温かい拍手でした。
ふだんであればおよそ5万人を収容できるスタジアムですが新型コロナの影響で観客の上限は10分の1の5000人。しかも、感染対策で声は出せません。
聞こえてきた地元のヒーローに向けられた拍手は、コロナ禍でなかなか聞くことができなかった音。それが最高の追い風となりました。
覚悟の決勝
スタートラインに立った多田選手。あとは走るだけでしたー

「すごい不安がありましたが、この足がどうなってもいいという気持ちで走りました。本当にがむしゃらでしたね」
重圧とけがへの不安を乗り越えて優勝した多田選手。レースの1時間後に聞いたインタビューでこう語りました。
「周りの人たちがいなければ、本当に自分自身1人で抱えて、迷走して、またどん底に落ちるという、そういうパターンになっていたと思う。本当にいろいろな方々に支えられている。感謝の気持ちでいっぱいですね」
28日の会見で、お気に入りのカフェでひたすら休んで充電してきたことを明かしてくれた多田選手。しかし、大会の話になると「メンタルが削られた」と本音がぽろりとこぼれました。
次に向かうのは地元開催の東京オリンピックです。
「100メートルでは決勝進出、400メートルリレーでは金メダル」と明確な目標を掲げました。
重圧とけがへの不安を乗り越えて優勝した多田選手。レースの1時間後に聞いたインタビューでこう語りました。
「周りの人たちがいなければ、本当に自分自身1人で抱えて、迷走して、またどん底に落ちるという、そういうパターンになっていたと思う。本当にいろいろな方々に支えられている。感謝の気持ちでいっぱいですね」
28日の会見で、お気に入りのカフェでひたすら休んで充電してきたことを明かしてくれた多田選手。しかし、大会の話になると「メンタルが削られた」と本音がぽろりとこぼれました。
次に向かうのは地元開催の東京オリンピックです。
「100メートルでは決勝進出、400メートルリレーでは金メダル」と明確な目標を掲げました。

日本中の拍手を背にスタートから飛び出して、周りをあっと言わせるような多田選手らしい走りを再び見せてくれるか。
男子100メートルは7月31日に予選が、8月1日に準決勝と決勝が予定されています。
男子100メートルは7月31日に予選が、8月1日に準決勝と決勝が予定されています。