陸上男子100m “9秒台で五輪落選”の2つの意味

105回の歴史を誇る陸上の日本選手権で史上最も注目を集めた男子100メートルがついに決着しました。
東京オリンピックの代表に内定したのは優勝した多田修平選手と3位の山縣亮太選手の2人で9秒台の記録を持つ小池祐貴選手、桐生祥秀選手、サニブラウン アブデル・ハキーム選手の3人は、内定の条件となる3位以内に入れませんでした。
3人目の代表は小池選手が有力で、ここ数年日本短距離界をけん引してきた桐生選手とサニブラウン選手は代表入りを逃しました。

世界レベルとなった日本のスプリンター

9秒台の選手がオリンピックのスタートラインにすら立てないという現実はまず第1に日本のスプリンターたちが、それだけのレベルに達したことを意味しています。

象徴する数字がオリンピックの参加標準記録、10秒05を突破した国や地域ごとの人数です。

世界陸連のホームページによりますと、今月22日時点で最も多いのがアメリカの20人。日本はいずれも決勝レースを走った山縣選手、サニブラウン選手、桐生選手、小池選手、それに多田選手の5人で、あのウサイン・ボルトさんを生んだジャマイカと並んで全体の2位に食い込む数字です。
この数字から、今回のレースが、数ある陸上大国の中でも世界屈指の代表選考レースだったことがわかります。

大一番の難しさ

その一方で、多田選手の優勝タイムは10秒15と世界的に見れば平凡なタイムでした。3位で内定した山縣選手のタイムは10秒27とオリンピックでは予選を通過するのも難しいものです。

一般的に勝負がかかるレースほどまわりを意識して力むためタイムが遅くなる傾向が強いですが、今回のレースでプレッシャーのかかる大一番で好タイムを出す難しさを改めて思い知らされました。
しかし、その中でも結果を出していく力をつけなければ、世界のファイナリストに近づくことはできません。

オリンピックのスタートラインに立った経験がある桐生選手も、全米大学選手権で9秒台を出したサニブラウン選手も自己ベストに遠く及ばない10秒2台後半のタイムで代表を逃しました。

日本短距離陣の強さを象徴するはずだったレースは、大一番で力を出し切ることの難しさを知るものとなったのです。

オリンピックの代表を選ぶ日本選手権は4年に1回で次は3年後。2024年にはパリ大会の代表選考会として開かれます。
日本選手たちがオリンピックの舞台で結果を残していくためには、こうしたプレッシャーのかかるレースの中で一定の結果を残し続ける能力が求められています。

その現実を突きつけられたことが、この歴史的なレースの持つ2つ目の意味でした。日本が真の陸上大国になるために避けては通れない道だったと言えるかもしれません。