海に沈む遺骨調査で旧日本軍とみられる航空機引き揚げ 鹿児島

鹿児島県の種子島沖に沈む旧日本軍のものとみられる航空機から遺骨を収集するための調査が始まり、24日までに海底に沈んでいた機体が引き揚げられました。遺骨の収集を目的に海に沈む航空機が引き揚げられるのは初めてです。

旧日本軍の「九七式艦上攻撃機」とみられる航空機は6年前、種子島の北およそ300メートル沖合の海底で見つかり、操縦席の部分に遺骨が残されている可能性があるとして、国が今月15日から収集に向けた調査を行っています。

周辺の海域は潮の流れが速く、調査は難航しましたが、23日までに、操縦席の前方の部分など機体の一部が引き揚げられました。

そして24日は、午前11時ごろから作業が始まり、ダイバーが海に潜ってロープで機体を固定したあと、操縦席がある胴体部分や主翼の一部などがクレーンでゆっくりと台船の上に引き揚げられました。

国の委託で今回の事業を行っている団体によりますと、これまでに遺骨は見つかっていないと言うことですが、機体の下にあった海底の砂も採取していて、25日以降、遺骨の有無について確認作業が行われるということです。

国から委託された日本戦没者遺骨収集推進協会の名雪文明さんは「海中での作業は終了した。あす台船の上で遺骨の確認作業を実施したい」と話していました。

厚生労働省は去年8月、海中の遺骨について「技術的に可能な場合には収容を実施する」とする新たな方針を示していて、遺骨の収集を目的に海に沈む航空機が引き揚げられるのは初めてだということです。

約30万人分の遺骨が海に眠る

第2次世界大戦では海外の戦地やシベリアなどで、およそ240万人が亡くなり、いまも半数近い112万人の遺骨が残されたままになっています。

このうち海上では旧日本軍の艦船や民間から徴用した輸送船など、およそ3000隻がアメリカ軍の爆撃などで沈没し、およそ30万人分の遺骨が海に眠っているとされています。

しかし、政府はこれまで海中での遺骨収集には陸地とは違って、技術面や安全面に課題があることや、いわゆる「水葬」の慣習から海は戦没者の安眠の場所であるという考え方があることを理由に『原則として収容を行わない』という見解を示していました。

このため収集される海中の遺骨は、浅瀬で人目に付く場合など『遺骨の尊厳が損なわれる特別な状況にある場合』などに限られていて、これまでに収集されたのは、去年3月末の時点でトラック諸島やフィリピンなどのおよそ670人分にとどまっています。

背景にはSNS投稿

陸地での遺骨収集が進む一方で、取り残された形になっている海中の戦没者遺骨。

こうした中、厚生労働省は去年8月、海中の遺骨について「今後は積極的に情報収集し技術的に可能な場合には収容を実施する」とする、新たな方針を示しました。

その主な理由として挙げたのが、観光で潜ることができるダイビングスポットの増加や潜水技術の進歩、そしてSNSの普及です。

近年はインターネット上にダイバーが撮影した、海中の遺骨の画像が投稿されるケースが相次いでいます。

5年前には中部太平洋のトラック諸島の沖に沈む貨物船「山霧丸」の内部で撮影された遺骨の動画が、YouTubeに投稿されていることが確認され、その後、2人の遺骨の身元が確認されました。

こうした状況について遺族などからは、観光ダイバーの目に遺骨がさらされる場合には遺骨収集を進めてほしいとか、遺骨の画像がSNSに掲載されるような近年の状況はつらいものがあるという意見が寄せられたということです。

このため厚生労働省は、遺骨を目にする可能性があるダイバーなどとの連携を進め、積極的に情報収集を行うとともに、在外公館を通じて海外のダイビング業者などに情報提供を呼びかけるとしています。

水中写真家「今も遺骨が残されている」

海底に眠る旧日本軍の艦船や航空機の撮影を続けている、水中写真家の戸村裕行さんは、トラック諸島=現在のチューク諸島沖の水深60メートルほどに沈む輸送船「愛国丸」の船内に、今も遺骨が残されているのを確認したということです。

戸村さんは「チューク諸島沖の海底には愛国丸以外にもたくさんの船が眠っている。以前は水深40メートル以上に沈む船に潜るのは危険だったが、時代を追うごとにダイビングのスキルや知識が向上し、今ではレジャー目的のダイバーでも水深40メートルほどまで潜ることができるようになった。このため一般のダイバーが遺骨を目にする機会も増えている」と証言します。

戸村さんは、これまでに世界各地の海中で150ほどの艦船や航空機を撮影してきましたが、ことしから厚生労働省に沈没の具体的な場所や遺骨の有無などについて、情報提供を始めているということです。
戸村さんは「一般のダイバーが海中で見つけた遺骨の写真を撮り、SNSに載せるような現状を心苦しく思っていた。海中の船や航空機は経年劣化で崩れ出してきており、遺骨ごとがれきの中に埋まってしまう可能性がある。人目に触れる場所で収集できる遺骨があれば、政府が責任を持って日本に戻してあげてほしい」と話しています。

遺族「遺骨を日本へ帰してあげてほしい」

愛知県知多市に住む桑山市郎治さん(78)の父親の重貞さんは昭和19年、機関士として乗船していた「愛国丸」がアメリカ軍の爆撃を受け、亡くなりました。

桑山さんは昭和59年に初めてトラック諸島を訪れ、これまでに4回慰霊を行いましたが、沈没の場所からもっとも近い島にそとばを立てて供養し、父親の遺骨の帰還については諦めかけていたといいます。

桑山さんは「現地のダイバーからは、まだ船の中にたくさん遺骨があると聞いていたが、自分の気持ちに区切りをつけないといけないと感じていた。海底に沈んでいる船は世界中にあるので、自分の父親の遺骨だけ引き揚げてほしいという気持ちはないが、人目に付く範囲で潜るのが可能ならば1つでも遺骨を日本へ帰してあげてほしい」と話していました。

遺骨の身元特定に課題

厚生労働省はまず、今月から調査を始めた種子島沖の航空機やトラック諸島沖に沈む「愛国丸」など4隻について、ことしの秋ごろまでに遺骨の引き揚げ作業を行うとしています。

「愛国丸」は、およそ650人分の船員名簿が残されているということで、陸地に比べてDNAなどの保存状態がよいとされる海中の遺骨収集が進めば、遺骨の身元特定につながることが期待されます。

ただ「愛国丸」の乗組員の遺族によりますと、今まで厚生労働省から身元特定のために必要なDNAの提出を求められたことはないということです。

また、海に沈む艦船や輸送船などはおよそ3000隻ありますが「愛国丸」のように、厚生労働省が乗組員の名前を確認できているのは、ごく少数だと言うことで、収集した遺骨をどのようにして遺族の元に戻していくのかが課題になっています。