社会人採用全国1位の佐賀県庁 “公務員はいらない”その狙いは

社会人採用全国1位の佐賀県庁 “公務員はいらない”その狙いは
“公務員”と聞いて、どんなイメージが浮かぶだろう。「公平公正」「まじめ」「手堅い」「安定志向」「頭が固い」…などなど。私自身、誤解を恐れずにいえば「お堅い人たちが前例を踏襲しながら淡々と業務をこなしている」という印象を持っていた。ところが、そんな印象は、がらりと変わった。佐賀県庁の採用の実態を知ってからは―
(佐賀放送局記者 国枝拓)

ベテランひしめく!?新人研修

“異変”に気付いたのはことし4月、佐賀県に採用された新人職員の研修を取材した時だ。

パリッとしたスーツを着た若者たちに交じって、「新人」と呼ぶには少々、違和感がある人たちがいる。しかも、結構な割合で。
「ことしで45歳。これまでさまざまな経験をしています。まず商社に7年…」

「入庁前は6年間、看護の仕事をしていました」

「建設会社では都内の地下鉄の駅を造っていました」
そう、彼らは民間企業などで勤務経験がある、社会人採用の職員たちだ。商社や金融、ITなど前職も多様なら、年齢も20代~40代と幅広い。

ことし入庁した行政職84人のうち28人が社会人採用者。実に3割以上を占めていた。

社会人採用者の割合は全国トップ

佐賀県は15年前から社会人採用を続けてきた。
当初は、職員の年齢の偏りを是正することが目的で、数人程度だったが、最近では多様なキャリアを持つ県政の担い手として20人前後を採用。

行政職全体に占める、およそ12%という割合は、全国の都道府県でトップとなっている。

「公務員になりたい人」はいらない

採用のパンフレットが、すべてを物語っていた。
「私は、公務員です」の公務員を横線で消し、キャッチコピーには「公務員という職種はない」という刺激的なフレーズ。

採用担当者の会議でも、公務員らしからぬ、ぶっ飛んだ発言が。
「はっきり言って『公務員になりたい人』はいらない」

「公務員になりたいのではなく佐賀県職員として何がしたいのか。明確なビジョンを持ったプロ意識のある人を採用したい」
背景にあるのは、古い“お役所”仕事では急激な社会の変化に太刀打ちできないという強い危機感だった。変化の激しい時代に対応し、県民が“いま”求めているサービスを提供するためには、民間などで培われた柔軟な思考が必要だというのだ。

思い切った選考で人材を呼び込む

アパレルブランド「コムサ・デ・モード」のプロデューサー(岐阜県出身)
ソフトバンクホークス球団の営業マン(長野県出身)
結婚情報誌「ゼクシィ」の編集者(佐賀県出身)
大手広告代理店「博報堂」のCMプロデューサー(福岡県出身)
ここに挙げたのは、取材のために会った社会人採用者たちの、前の職業だ。転職をきっかけに全くゆかりのない佐賀に移り住んだという人も少なくない。

彼らはなぜ、佐賀県庁を選んだのか?大きな要因の1つが、思い切った選考方法だ。
佐賀県庁の社会人採用の選考では、多くの自治体で課せられる一般教養などの知識を問う筆記試験がない(論文試験はあり)。

志望者は「アピールシート」と呼ばれる履歴書をたずさえて面接に臨む。最も重視されるのは、自分のそれまでのキャリアをPRする能力。

応募のハードルを下げることで、多様な人材のチャレンジを促している。

こうして採用された人たちが、そのキャリアをさまざまな場面で発揮している。

“イケてない”プレスリリースを改革

7年前に入庁した楢崎政彦さん(39)もその1人だ。

福岡県出身で大学卒業後、東京でレコード会社の「ポニーキャニオン」やSNS運営会社の「ミクシィ」に勤務。歌手のaikoさんやきゃりーぱみゅぱみゅさん、少女時代などのプロモーションを担当した。

そのPRの手腕を買われ、広報部門に配属された。
楢崎さん
「前職では、アーティストや音楽の魅力を多くの人に伝える仕事をしていましたが、今はそれを佐賀県に置き換えて、佐賀のいいものを広く伝えています。全く異なる業種への転職でしたが“伝える”という意味では地続きになっているんです」
楢崎さんが真っ先に手がけたのが、県主催のイベントや新規事業などをメディア向けに宣伝する「プレスリリース」の改革だった。“伝え方のプロ”としてタスクチームを立ち上げ、職員にノウハウを教える講座を開いた。
楢崎さん
「大手メディアには毎日2万本もの情報が届きますが、そんな中で古くさい行政文書は誰の目にも止まらない。大切なのは5秒間、目を通しただけで内容が伝わること。民間企業では当たり前のテクニックを、県庁に導入したんです」
左が長い間、佐賀県庁が踏襲してきた典型的なプレスリリース。

何が「売り」なのかはひと目でわからない。文字ばかりで、読み手をひきつけるための工夫がなされていない印象だ。

右が、楢崎さんの指導を経て現在、主流になっているリリース。

写真やイラストを用いたことで目にとまりやすく、ポップな文言やロゴを全面に押し出して「売り」を際立たせている。

民間の感覚を失わず

続いて、流通・貿易課に配属された楢崎さんは、得意のウェブ展開を生かして、コロナ禍で取引先を失った生産者の支援のため、スマートフォンのアプリを使った販路拡大の事業を立ち上げた。

企画から運用開始までわずか半月、行政としては異例のスピードだった。およそ80の生産者が、首都圏の消費者との販売網を開拓した。
事業に参加したアスパラガス農家はこう振り返る。
農家の男性
「お役所の仕事は時間がかかって前に進まないイメージがありましたが、今回の佐賀県はものすごくスピードが速かった。支援に助けられました」
楢崎さんは今後も民間の感覚を失わず、結果を出し続けたいと意気込む。
楢崎さん
「新しい事を始める際のスピード感や踏み出す一歩、その後の展開が、行政は民間企業ほど得意ではない。今は佐賀県の立ち位置、プレゼンスを上げていくことが僕の仕事だと思っている」
光武香織人事課長は、もとからいる職員も社会人採用の職員も、さまざまなスキルを持つ職員がともに働くことで互いに刺激を与え合う組織が理想だと考えている。
光武人事課長
「社会人経験者の採用によって、新しい佐賀県を作る上での強みや、組織力が上がっている。多様な経歴を持つ人を積極的に採用し、どんな世の中でも前進できる組織を作っていきたい」

スタンスは違えど民間の手腕を重視

全国に目を向けると、民間のノウハウを採り入れようという自治体は増えている。

兵庫県は、「社会情勢に的確に対応し、組織の活性化をはかる」ことを目指し、30年以上前から社会人経験者の積極的な採用を続けている。昨年度も40人を採用した。

また、東京都は10年余り前から、「証券アナリストの資格保持者」や「企業の財務評価の経験がある人」など、施策の実行に必要なポジションにピンポイントで社会人経験者を採用している。また、広報などの業務の一部をPR会社に委ねているという。

少子化や高齢化に歯止めがかからず、自然災害の規模も大きくなっている。特にこうした変化が顕著な地方では、公務員だ民間だと言っていられないところが早晩、出てくるかもしれない。

行政が、民間の手腕を活用しようという流れは今後も広がっていくと、一連の取材で感じた。
佐賀放送局記者
国枝拓
岐阜の公務員(教員)一家に育つ
新聞社を経て2009年入局
科学文化部で原発と文化取材を担当
2019年から現所属