対中国戦略 アメリカの“ラブコール”の先にあるのは?

対中国戦略 アメリカの“ラブコール”の先にあるのは?
「日本のアイデアをもっと聞かせてほしい」
アメリカの首都ワシントンで最近、よく耳にすることばだ。今、政府や議会関係者、そして専門家の間で「日本」が語られる機会が増えている。キーワードは「経済安全保障」。この分野で日本の貢献に期待する声が強まっているのだ。(ワシントン支局長 高木優 チーフプロデューサー 新井雅樹)

一変した空気 対中国で高まる日本への期待

半導体、AI、通信技術。
今、バイデン政権が最も力を入れているのが、これらの分野での研究開発、そして新たな供給網の構築だ。

その最大の理由は中国への対抗。国家主導で急速に技術を発展させ影響力を強めようとする中国に対し、アメリカは中国に依存しない供給網を築き、さらに技術力や製品などの普及でも主導権を握ろうとしている。

そこでアメリカが頼りにしているのが同盟国、中でも日本の力だ。

なぜか。それを端的に示した図がある。バイデン政権が対中国で重視する国際的な枠組みを重ねたものだ。保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のザック・クーパー研究員が作成した。
経済的結び付きの強いG7、日米豪印4か国のクアッド(QUAD)、主要な先端技術国の集まりのT-12(T=Technology)、民主主義という共通の価値観を持つD10(D=Democracy)。

アメリカから見ると、このいずれの枠組みにも入っている唯一の国が日本なのだ。バイデン大統領が最初の対面での首脳会談の相手に日本を選んだ理由も納得がいく。

日系企業がつかんだ手応え

日米の経済安全保障をめぐる協力を追い風に今、アメリカで日系企業が動きを加速させている。大手電機メーカーのNECだ。
東部ニュージャージー州プリンストンにある研究施設にこの秋、高速大容量の通信規格5G、そして6Gやビヨンド5Gなどと呼ばれるその次の世代の通信規格の研究開発拠点を立ち上げることを計画している。

アメリカで新たな投資に踏み切った理由をNECアメリカの高橋信介会長は次のように説明した。
高橋会長
「アメリカでは日本は同じ理念を持つ同盟国という位置付けがより明確になってきており、今がさらに飛躍するチャンスだと捉えている。革新的技術を受け入れる風土があるアメリカ市場で実績を積み上げていくことは、グローバル市場で先行することにつながる。そしてその技術はいずれ日本社会でも活用されていくはずだ」

アメリカ商務省の思惑

NECをはじめ通信技術を強みとする日本企業が今、頻繁にアプローチしているのがアメリカ商務省だ。

現在、次の世代の通信の規格の検討作業が進められており、その結果次第で日系企業も関わることができるかが決まってくるからだ。

商務省の通信分野の責任者は取材に中国を念頭に日本企業への期待を隠さなかった。
アメリカ商務省 レイ氏
「バイデン政権は5Gのセキュリティー(安全性)を最優先に考えており、そのテクノロジーは民主主義という共通の規範に基づかなければならない。今はまさに日本などの民間の革新的技術も結集しながら、安全性や弾力性、価格競争力のある通信規格を構築していかなければならない重要な時期にある」

加速する官民の連携

企業の「民」の動きとともにワシントンで活発化しているのが「官」の活動だ。企業が商務省に接触を試みていた頃、日本大使館の議会担当、北村吉崇参事官は議会上院で審議中のある法案の情報収集を急いでいた。

「アメリカ・イノベーション競争法」
中国に対抗するため次世代の通信技術や半導体などのハイテク分野の産業に巨額の予算を投じる内容だ。
北村氏はこの予算を日系企業の研究開発にも活用できれば、日米協力、同盟強化につながると考えていた。

しかし大きな課題があった。法案に「対象をアメリカ企業にかぎる」とも解釈できる文言が含まれていたのだ。さらに自国企業優先の色合いを強めようという動きも出ていた。

法案に日系企業にも道を開く表現を盛り込めないだろうか。議会への働きかけに動きだした北村氏がこの日、大使館の幹部とともに向き合ったのが、NECアメリカの高橋会長だった。

5月14日、日本大使館。
すでに法案を読み込んでいた高橋会長が指摘した。
高橋会長
「日米連携の機運を逃さないようにしたい。法案の要旨部分に『同盟国との連携』がうたわれている。これが実際にどうなっていくかを注視している」
中村仁威公使
「私たちから主体的に法案の筆をとっている人に話をしたい。彼らも気付かないことがあるだろうから、具体的に伝えようと考えている」

外交のリアル 舞台裏に密着!

この協議の2時間後。北村氏は大使館の一角でオンライン会議にのぞんでいた。

モニターの相手は議会上院でハイテク関連の政策に強い影響力を持つ民主党のワーナー上院議員の側近だった。
北村参事官
「日本はアメリカへの最大の投資国だ。これまでもハイテクなどに多大な投資をしてきた。そこでだが今回の法案でもっと国際共同事業の重要性を強調してもらえないだろうか。そうしてもらえると日系企業にとっても非常に心強い」
ワーナー上院議員の外交担当補佐官
「あなたの指摘は的を射ている。(議会で)しっかり受け止められるだろう。具体的に話を聞かせてほしい。日本などにとっても経済的に成り立つ形にできないか検討したい」
私たちは冒頭の取材のあと部屋の外に出たが、協議はその後も続いた。

終了後、北村氏は詳細への言及を避けたが「日本企業なども念頭に置いて議論してほしいと伝えている。そうなれば(日米双方に)ウィンウィンだと思う」と話した。

水面下で進む日本政府のアメリカ議会への働きかけ。通常は表に出さない交渉の舞台裏を明かした理由は何だったのか。北村氏はこう話していた。
北村参事官
「ワシントンで議会関係者と話していると、同盟国の日本の技術力への期待の高さをひしひしと感じる。しかしそのことは国内ではほとんど知られていない。日本の今後に悲観的な声を聞くこともあるが、日本企業は世界で活躍している。そのことを多くの人に知ってもらい企業の飛躍をさらに後押ししていくことが、国の未来につながると考えている」

結実した水面下の交渉

取材から3週間後、議会上院は「アメリカ・イノベーション競争法」を可決した。

5年間で総額2500億ドル、日本円で27兆円近くの国家予算を先端技術の研究開発や供給網の構築などに投じる内容で、下院で可決すれば成立する見通しとなる。

その法案には経済安全保障の分野で日本など高い技術力を持つ同盟国との協力を強化していく内容が盛り込まれていた。水面下の交渉が実を結んだ瞬間だった。

日本企業は踏み絵を踏まされる?

経済安全保障の新たな分野で協力の強化を目指す日米。だが、その協力には今後、課題も待ち受けている。

アメリカとの関係が密接になればなるほど、日本の政府や企業の責任も増す。とりわけ最先端技術の分野では、中国側に情報が漏れないよう非常に厳しいセキュリティー対策を求められる可能性があるからだ。

企業内でごく限られた人しか先端技術にまつわる情報に触れることができなくなったり、研究所に中国籍の研究者を置けなくなったりして企業活動に制約が出るおそれがある。

またバイデン政権は半導体などの供給網の構築で中国との切り離し、いわゆる「デカップリング」を進めようとしている。アメリカと中国の双方で事業を展開する日本企業は米中どちらをとるのか、いわば踏み絵を踏まされる展開もありえる。

より小さな庭に より高いフェンスを

アメリカ政府の対中強硬姿勢に歩調を合わせることで、中国市場での競争力を失いはしないか?日本企業の中で今、そうした懸念が出ている。

だがそれをいちばん懸念しているのは、実は先端技術を持つアメリカ企業なのだという。
トランプ前政権時代には中国との取引で、あまりに広い範囲にフェンス(規制)を設けて制限した結果、アメリカの半導体メーカーなどはそれまで頼っていた中国市場での事業に大きな制約を受け、結果として国際競争力に影響を及ぼした。それが今後も拡大するのではないかというのだ。

そこでバイデン政権が今、検討を進めているのが、「Smaller Yard,Higher Fence(より小さな庭により高いフェンスを)」という政策だ。
先端技術の中でも中国と競争する重要な分野をより細かく特定し、締め出す範囲をできるだけ小さくする。その代わりにその範囲内の技術は中国に渡らないよう、より厳格に管理するという発想だ。

世界の主導権を握るチャンス

一方でこれは日本にとってチャンスにもなりうる。

アメリカのより高いフェンスの中に入ることができれば、半導体、AI、EVといった先端技術分野で開発を加速させ、アメリカとともに世界の主導権を握ることができるかもしれないからだ。

その意味でバイデン政権が進める経済安全保障での取り組みで、日米の新たな協力態勢を構築できるかどうかは日本の先端技術の将来にも大きな影響を与えることになるかもしれない。
ワシントン支局長
高木優
1995年入局
国際部、マニラ支局、中国総局(北京)などを経て、
2021年3月から2度目のワシントン駐在
ワシントン支局 チーフプロデューサー
新井雅樹
1995年入局
主に国際問題をテーマとした「NHKスペシャル」などの番組制作にあたる
2018年7月からワシントン支局